上 下
138 / 218
向かえ!大団円

【閑話】前世のざまぁ

しおりを挟む
キャンディッシュ邸の一室で、生まれたばかりの女の子を抱きながらギゼルは言った。

「…ロンバードから聞いたんだけど、ミリエッタさんにも日本で暮らしてた記憶があるって、本当かい?」

それは自分に日本での記憶があると言ったのと同じだった。
だからミリエッタも隠す事なく言った。

「ええ、そうですわ。
 前世では弁護士をしておりましたの」
「…弓枝ゆえさゆり、という名前に聞き覚えは…」
「弓枝さゆり…どなたですの?」
「前世で、僕の妻だった人」
「そうですの…残念ながら、覚えは御座いませんわ」
「…そうか」

少しばかり変わった苗字だ。
聞いたことがあれば覚えているのではないか…という期待は外れた。
だが…。

「ですが、弓枝尚義なおよしという方のことなら少し覚えておりましてよ?」
「えっ……」

それは、ギゼルの前世での名前だった。

「もう世界が違いますもの、守秘義務も無いでしょうから…知る限りで、お教えしましょうか」
「あ、ああ、うん……」

***

前世のミリエッタがいた法律事務所に、一人の依頼人がやってきた。
その告訴は変わった内容だった。

「優秀な社員を失った、損害賠償…?」
「ええそうです。
 息子をイジメから守る為にと、一月前に会社を辞めましてね…こちらは大変に困っておるわけです」
「その…弓枝さんに、ではなく?」
「ええ、彼が弊社を辞める元凶になった人間に」

弓枝氏はこの地に戸建てを購入しており、また勤続20年以上である事も含め、そのことが無ければ辞める意思など持たなかったであろう事がはっきりしている…と、依頼人は言う。

「息子さんが高校受験に失敗して、〇〇高校に通う様になって半年ほどで辞めたんですがね…」

持ち家がある場合、転職するとしたらそこから通える範囲で探す人が大半だ。
それなのに、弓枝氏は家を売って縁もゆかりも無い土地へと引っ越していったらしい。
転職先も定まらないまま、逃げるように…。

「勿論、必死で引き留めました。
 いっそ辞めるなら独立して、うちの仕事を請け負って欲しいとも頼みました。
 それでも弓枝さんは、もう二度とこの街に近づきたくないんだ、と言って去ってしまったんです」

弓枝氏の言葉は、会社に不満があるようにも聞こえた。だから問題を取り除けば考えを変えてくれるかもしれない…と、依頼人は調査を始めた。

「そうしたら、毎日のように電話をかけてきていた人間がいた事が分かりました。
 会社の前で弓枝さんに絡んでる男を見た人間もいました。
 …それが息子さんの通っていた高校の教師だと知って、こいつか…と、思いました」
「つまり、その教師が原因だと…」

依頼者は大きく頷いた。
そして、分厚い封筒と数枚のSDカードを見せた。

「証拠はあります。証言もあります。ご近所だった方が何人も、家の周りで騒ぐその教師を目撃しています」
「……騒いでいた内容は、何と?」
「不登校は甘えだ、根性無しだ、親の教育が悪い、だから虐められるんだ…と」
「最悪ですね」

弓枝氏は優秀な人材だった。

就職氷河期真っ只中でなければ到底採用出来なかったであろう人材で、通常業務の傍ら、社内の受発注から出退勤、経費精算から顧客管理までのシステムは勿論、アホな営業が取ってきた他所の会社の在庫管理システムまで作り上げてしまった。

「弓枝さんを失って、本当に大打撃なんです。
 そのアホな営業…私の事ですけど、私が仕事を取った会社さんが大層弓枝さんの仕事を気に入って、色々な所へ広めて下さったんです。
 そうしたら会社の業務内容になってしまうレベルで売上が立ち始めて、遂にはそれ用の人材まで採用を始めるほどになりました。
 それでも、弓枝さんがいればそれだけで大丈夫という安心感がありまして…弓枝さんが定年になるまでに人材が育てば良いと、鷹揚に構えていた、というか…」

ただ下請けでバーコードリーダーの部品をこさえていた時代から、いつの間にか中堅IT企業へなりつつあった会社のキーマン。
定年後も当然再雇用する気でいたし、何なら一生働いてくれないか…なんて、思っていた。
なのにまさか息子の為に、会社を辞めるだなんて…

いや、それぐらい優しい人物だったからこそ、アホな営業の無茶な話を、彼の土下座に免じてこなしてくれたのだ。

依頼人は言った。

「…損害賠償請求額、10億。
 びた一文まかりません」

そうして、今まで前例のない裁判が起こされた。
高校教師のイジメを、保護者でも生徒でもない人間が訴える…という、珍しい裁判が。
当然注目は集まり、全国ニュースになった。
請求金額が高すぎる、という批判に、依頼人はこう答えた。

「教師という立場にありながら、担当するクラスで起きたイジメを窘めるどころか、助長し、尻馬に乗るクズに、自分のした事の重さを考えさせるには妥当な金額だと思いますがね?」

彼ははっきりと示したのだ。
教師だけがイジメをしたのではない。
クラス全体で一人を虐めていたのだ…と。

さすがに裁判で10億という金額は認められず、賠償金は数千万円まで下げられた。

だが、それで全てが終わることは無かった。

SNS上で高校の名前、教師の名前、同じクラスだった者の名前が流出し…

教師は職を失い、多額の借金を背負った。
再就職もままならず困窮し、そして、その借金を背負ったのは生徒たちのせいだ…と教師は彼らを訴え、泥沼化。

そうやって彼らは、残りの人生を棒に振った。

弓枝氏が与り知らぬところで、社会的制裁は下されていたのだ。




ミリエッタは語った。

「…裁判の途中で弓枝さん親子が、事故でお亡くなりになったことを知りました。
 依頼人の方は…とても、悲しんでいらっしゃって。
 それでも、弓枝さんの功績を守るのだといって、必死で働いておられました。
 私が死ぬ直前でしょうか、社長になられた…と、お聞き致しましたわ」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

男装の麗人と呼ばれる俺は正真正銘の男なのだが~双子の姉のせいでややこしい事態になっている~

さいはて旅行社
BL
双子の姉が失踪した。 そのせいで、弟である俺が騎士学校を休学して、姉の通っている貴族学校に姉として通うことになってしまった。 姉は男子の制服を着ていたため、服装に違和感はない。 だが、姉は男装の麗人として女子生徒に恐ろしいほど大人気だった。 その女子生徒たちは今、何も知らずに俺を囲んでいる。 女性に囲まれて嬉しい、わけもなく、彼女たちの理想の王子様像を演技しなければならない上に、男性が女子寮の部屋に一歩入っただけでも騒ぎになる貴族学校。 もしこの事実がバレたら退学ぐらいで済むわけがない。。。 周辺国家の情勢がキナ臭くなっていくなかで、俺は双子の姉が戻って来るまで、協力してくれる仲間たちに笑われながらでも、無事にバレずに女子生徒たちの理想の王子様像を演じ切れるのか? 侯爵家の命令でそんなことまでやらないといけない自分を救ってくれるヒロインでもヒーローでも現れるのか?

幽閉王子は最強皇子に包まれる

皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。 表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。

ハッピーエンドのために妹に代わって惚れ薬を飲んだ悪役兄の101回目

カギカッコ「」
BL
ヤられて不幸になる妹のハッピーエンドのため、リバース転生し続けている兄は我が身を犠牲にする。妹が飲むはずだった惚れ薬を代わりに飲んで。

転生令息は冒険者を目指す!?

葛城 惶
BL
ある時、日本に大規模災害が発生した。  救助活動中に取り残された少女を助けた自衛官、天海隆司は直後に土砂の崩落に巻き込まれ、意識を失う。  再び目を開けた時、彼は全く知らない世界に転生していた。  異世界で美貌の貴族令息に転生した脳筋の元自衛官は憧れの冒険者になれるのか?!  とってもお馬鹿なコメディです(;^_^A

転生貧乏貴族は王子様のお気に入り!実はフリだったってわかったのでもう放してください!

音無野ウサギ
BL
ある日僕は前世を思い出した。下級貴族とはいえ王子様のお気に入りとして毎日楽しく過ごしてたのに。前世の記憶が僕のことを駄目だしする。わがまま駄目貴族だなんて気づきたくなかった。王子様が優しくしてくれてたのも実は裏があったなんて気づきたくなかった。品行方正になるぞって思ったのに! え?王子様なんでそんなに優しくしてくるんですか?ちょっとパーソナルスペース!! 調子に乗ってた貧乏貴族の主人公が慎ましくても確実な幸せを手に入れようとジタバタするお話です。

麗しの眠り姫は義兄の腕で惰眠を貪る

黒木  鳴
BL
妖精のように愛らしく、深窓の姫君のように美しいセレナードのあだ名は「眠り姫」。学園祭で主役を演じたことが由来だが……皮肉にもそのあだ名はぴったりだった。公爵家の出と学年一位の学力、そしてなによりその美貌に周囲はいいように勘違いしているが、セレナードの中身はアホの子……もとい睡眠欲求高めの不思議ちゃん系(自由人なお子さま)。惰眠とおかしを貪りたいセレナードと、そんなセレナードが可愛くて仕方がない義兄のギルバート、なんやかんやで振り回される従兄のエリオットたちのお話し。完結しました!

精霊の港 飛ばされたリーマン、体格のいい男たちに囲まれる

風見鶏ーKazamidoriー
BL
 秋津ミナトは、うだつのあがらないサラリーマン。これといった特徴もなく、体力の衰えを感じてスポーツジムへ通うお年ごろ。  ある日帰り道で奇妙な精霊と出会い、追いかけた先は見たこともない場所。湊(ミナト)の前へ現れたのは黄金色にかがやく瞳をした美しい男だった。ロマス帝国という古代ローマに似た巨大な国が支配する世界で妖精に出会い、帝国の片鱗に触れてさらにはドラゴンまで、サラリーマンだった湊の人生は激変し異なる世界の動乱へ巻きこまれてゆく物語。 ※この物語に登場する人物、名、団体、場所はすべてフィクションです。

将軍の宝玉

なか
BL
国内外に怖れられる将軍が、いよいよ結婚するらしい。 強面の不器用将軍と箱入り息子の結婚生活のはじまり。 一部修正再アップになります

処理中です...