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第9章 青年期 人格破綻者編

89「私利私欲」

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 それから三ヶ月という時間が経った。ナオミさんから時折り来る電話によると、僕が提示した三つ目の条件は無事に守られているようだ。この間、何度か政府による反政府組織殲滅作戦といった戦いがシティ内で起きたが、ルミエルさんはひとつ目に提示した条件も聞き入れてくれているらしい。


 壱番街で発行される官報や新聞といった記事には、『消えた災厄の魔術の行方は?』『数ヶ月ぶりにアンクルシティに平和が戻る』『あの天才児がホバーバイクレースに参戦?』等といった文言が綴られている。テレビのニュース番組でも、魔術師の出現という情報は流れていない。


 この三ヶ月の間、僕の周りで色々な事が起きた。僕はジャックオー師匠から直々に、『便利屋ハンドマンの店長』として勤めるよう正式なオファーを受けた。


 目を見開きながら、僕は「正気ですか?」「熱でもあるんですか?」と質問を投げかける。ジャックオー師匠は、「キミには色々と借りがあるからね。私は暫くの間、ルミエルさんと一緒に行動するから、店に居る事が少なくなる」と言って、僕に便利屋ハンドマンを任せてくれた。


 僕は回転式荷物棚に置かれた黒タイツに手を伸ばし、音速の速さで全身を黒タイツで包み込む。嬉しさのあまり、僕は偽マフ○ティーを彷彿とさせる激しいダンスを時を忘れて踊り続けた。




「師匠、本当にありがとうございます!」
「良かったね。まあ、魔術学校への入学手続きも済ませておいたから、ちゃんと通うんだよ」

「はい? 魔術学校?」
「うん。本当は先に錬金術学校へ通わせたかったけど、リベットが通う魔術学校なら金さえ払えば良いからさ。先に魔術学校の方を選んでおいたんだ」

「ちょ、ちょ、ちょっと待ってください」
「これからダストさんに会いに行くんだ。何か他に用でもあるのか?」

「僕って店長に昇格したんですよね?」
「まあな。エイダを選んでも良かったけど、キミの方が勤続年数が多いから仕方ないもんな」

「じゃあ、どうして店長になったのに学校に通わないといけないんですか?」
「そりゃあ、魔術分野にも業務を展開しようと思っているからさ。私はルミエルさんに同行するから通えないし、エイダだってホムンクルスだから魔術は発動できない。アリソンやマーサは他の依頼で忙しいんだ。だからキミを店長に選んだんだよ」

「それなら仕方ないですね。給与はどれぐらい上がったんですか?」
「…………」




 最後に僕が重要な事を訊ねると、師匠は何も言わずに店を出て行こうとしていた。僕は音速の速さで先回りをして、廊下に続く扉を開けようとする師匠の目の前に立つ。


 師匠に向けて「給与は?」「給与は上がったんですよね?」「ちゃんとした社員って事は、ボーナスも出るんですよね?」「有給休暇もありますよね?」等とボソボソと言うが、彼女は僕の言葉を無視して扉を開けて店から出ていった。


 これが三ヶ前に起こった出来事だ。その日以降、ジャックオー師匠は滅多な事が無い限り、店に顔を出さなくなった。時折りナオミさんから電話が来るが、彼女は「ジャックオーさんはルミエルさんと一緒に行動していて忙しいようです。給与の事についてのお話なら、本人に直接交渉した方がよろしいかと思います」と言って、僕の話を全く聞いてくれなかった。


 次に二ヶ月前に起こった出来事を語る。僕が店長に就任してから一ヶ月が過ぎた頃、便利屋ハンドマンの屋根裏で飼っているネズミが店に訪ねてきた。


 僕はシャワー室の天井から訪問してきたお客さんに向けて、「久し振りだね、ファーザー」と言う。すると太ったネズミは、近くに居たアリソンさんの元に近づき、僕に何かを伝えようとしていた。




「アリソンさん。ファーザーは何て言ってるの?」
「俺は貴方たちの通訳係ではありません」

「なるほど。ファーザーがそんな事を……」
「今のは俺の言葉だ。俺をネズミとの通訳係にするな! それと、早く獣人語を学んでこい!」




 従業員からお叱りを受けてしまった。彼女の気持ちは痛いほど理解できる。獣人族であるアリソンさんとマーサさんは、多種多様な動物と意思を疎通させるのに『獣人語』という言葉を用いている。特殊な発声器官を持つ獣人族だから意思の疎通が簡単なのだが、純人族といった僕でも練習すれば習得できる言語であるらしい。


 僕がアリソンさんに謝ると、彼女は「今回は見逃してやる。ファーザーは『ビルの中に居る全ての害虫を駆除しました』と言っているぞ」と言った。


 その後も僕はアリソンさんを介して、ファーザーと会話を続ける。




「ありがとう、ファーザー。少し体が逞しくなったんじゃないか?」
「お礼を言いたいのは私の方です。我らの救世主であるアクセル様が『携帯固形食料』を恵んで下さなければ、私たちは健康な体でいることができなかったでしょう。そのお陰で『ジャイアント・ブラック・ローチ』を素手で倒せるようになりました。これからも我らは、救世主アクセル様を奉り続けます」

「レーションを気に入ってくれたようで嬉しいよ。思っていたよりも大きくなって驚いたけど、これからもビルの害虫駆除はキミに任せたからね」
「お任せください。救世主様」




 ファーザーはそう言った後、包装紙に包み込まれたレーションを咥えて、シャワー室の天井裏へと戻っていった。


 僕はアリソンさんに感謝を言った後、通訳してくれた事に対して報酬を払おうとする。だが、アリソンさんは「その銅貨は何の金だ?」と言って、靴の裏を摺りながら後ずさっていった。


 彼女に向けて意味ありげな笑みを浮かべながらも、僕は「通訳をしてくれたから、そのお礼だよ」と言って銅貨を差し出す。するとアリソンさんは、「俺は通訳をしただけだ。お金なんて要らないよ」と言い、出掛ける準備を始めた。


 彼女の態度や絶妙な距離感からすると、アリソンさんは未だに『腹パンの一件』を気にしているようだ。便利屋ハンドマンの店長となった今、僕はこれまでに行った蛮行を改める必要があるし、ハラスメントに対して厳しく言わないといけない立場になった。


 それから一ヶ月が過ぎた現在、僕は店の店休日にリベットとロータスさんを連れて、五番街の区画街に存在するダム処理施設へと向かう。二人に目隠しをさせた状態のまま後部座席に案内すると、ロータスさんが「何処に向かってるの?」と訊ねてきた。




「着いてからのお楽しみです」
「こんな面倒な小細工まで用意して、何を見せようとしているのかしら」

「二人がビックリする場所です」
「ふーん。もしかしてリベットさんも一枚噛んでいるの?」




 ロータスさんがそう訊ねると、リベットは「実は私も知らないんです。アクセルくんが裏でコソコソ、ルミエルさんとやり取りをしているのは知っているんですが……」と答えた。


 イエローキャブを走らせて数十分が経つと、目的地である元ダム処理施設に到着した。僕が視線を向けた先には、ダム処理施設に併設された立派な御屋敷が建てられている。


 二人の目隠しを順に外していくと、彼女たちは「立派な豪邸ね。どんなコネを使ったのかしら」「凄いお屋敷ですね。コレってもしかしてアクセルくんの新しい家なんですか?」と言い、僕に視線を送ってきた。



 
「その通りだ。僕は今日からこの屋敷に住み始めます」
「まあ、建物の外観は及第点をクリアしているわね」
「アクセルくんの事だから、どこかのビルの部屋でも借りるのだと思ったよ」

「どうせ二人が家に転がり込んでくるのは知ってるし、三人で住むのなら広い方が良いと思ったんだ」
「勘の良いガキは嫌いじゃないわ。褒めてあげてもいいわよ」
「五番街からもそう離れていませんし、ピッタリの物件ですね」




 それから僕はアームウォーマーを操作して、屋敷に備えられた広々としたガレージの扉を開く。続けてアームウォーマーを操作すると、僕が乗ってきたイエローキャブはガレージの中へと吸い込まれていった。

 僕がルミエルさんに突き付けた三つ目の条件は、『男のロマンを凝縮させた屋敷を作って欲しい』といった、私利私欲に満ちた条件だった。ルミエルさんのコネとワルキューレさんの営業力がなければ、この完璧な屋敷は建てられる事もなかったに違いない。
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