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第9章 青年期 人格破綻者編
88「デキル男」
しおりを挟む僕が視線を向けた先には、腕を組んで壁に寄りかかる騎士の風貌をした災厄の魔術師の姿がある。ルミエルさんの話によると、あの鎧の塊は『魔導骸』と呼ばれるパワードスーツのようなモノであるとのこと。
幼女の体も同じ魔導骸というモノで作られているらしいが、修復機能や戦闘能力においては特別製の幼女の体が勝っているらしい。魔導骸というのはスチームボットとは異なり、魔力核と呼ばれる核から発せられる魔力エネルギーを消費して動く魔導具だと、ルミエルさんは言っている。
騎士の鎧に向けた視線を幼女の方へと戻し、僕は彼女に向けて「魔導骸が魔導具なのは理解できた」「恥ずかしいんだけど、魔導具って何なんだ?」と訊ねる。すると白髪の幼女は口を開こうとしていたが、彼女の声を遮ってリベットが説明を始めた。
「アクセルくんって、本当に魔術に興味が無いんだね。魔導具っていうのは、魔族や亜人族が使う道具の事だよ。これぐらいは神学校でも習ったんじゃないの?」
「興味が無くて悪かったな。僕には魔術や錬金術を発動できる才能が無いんだ。それに神学校に通ったのは、たったの五年だ。まあ、その五年間も勉強なんか殆んどした事がないけどな」
僕がそう言い返すと、リベットは「未来の旦那さんが、おバカさんなのはダメだよね。これから色々と教えて上げるから覚悟してね」と言って哀れんできた。
ジャックオー師匠やベネディクトさんに続いて、リベットにも魔術の才能が無いと見抜かれるとは思わなかった。嘆かわしい話だ。穴があったら入りたい気分でもある。字が汚いのはバレていないようだが、それも時間の問題なのかもしれない。
等と考えていると、再びルミエルさんが口を開いた。
「魔導具の説明はリベットさんにお任せします。まずはコチラの魔導具に映る光景を見てください」
「何だよ……この鏡は……」
ルミエルさんは何もない空間に裂け目を作り、その中に手を突っ込むや否や鏡のような何かを取り出した。僕の身長と同じぐらいな大きい鏡は、僕たちの真上に浮かんでルミエルさんが指を弾く毎に何かを映し出している。
白髪の幼女が鏡に向けて指を鳴らすと、十六世紀の中世を彷彿とさせる風景が鏡に映った。彼女がさらに指を弾くと映像が切り替わり、鏡には赤い外套を羽織った少女たちがスチームボットのような機械と戦う姿が映し出された。
赤い外套を羽織った少女の服装には見覚えがあった。エイダさんが初めて便利屋に訪れた時も、彼女は少女たちと同じ赤い外套を着ていた気がする。
エイダさんに向けて「もしかしてあの外套って、エイダさんが着ていた奴と同じ物か?」と訊ねる。すると彼女は、「何だか似ていますね。気のせいだと思いますよ」と言って、僕から顔を逸らして何処か遠くを見ていた。
カウンターに置かれた角砂糖入りの瓶から角砂糖を摘まみ、僕は明らかに動揺しているポンコツホムンクルスに向けて角砂糖を投げつける。何度も角砂糖を投げつけたのだが、彼女は悠然とした様子で何も言わなかった。仕方ないので、僕は彼女の背後から胸を揉んでみる。すると僅かだが『ビクッ』と肩を揺らして反応があった。
「これ以上、私の乳を揉むのなら、セクハラで訴えますよ」
「こっちだって揉みたくて揉んだんじゃない。仕方なく揉んであげただけだ。質問に答えろ。どうして映像に映った少女たちも、キミと同じ外套を着ているんだ?」
「ここまで見せられたら隠しきれませんね。私は地上からアンクルシティに逃げてきました」
「逃げてきたって……どういう事だよ」
「私は地上にあるホムンクルスの部隊の隊長を務めていました。でも、戦いが嫌になって逃げたんです」
「逃げたって……脱走兵って事か?」
エイダさんは小さく頷き、アンクルシティに着く前の事を話し始めた。彼女の話によると、エイダさんは地上を守るホムンクルスの部隊の一員であったようだ。彼女は何十年、何百年も敵が送り続ける魔導骸と戦ってきたらしい。その敵というのは、『魔大陸』という大陸から送られてきた軍隊であったそうだ。
エイダさんの部隊が戦っていった相手は自立型戦闘魔導骸という名の、『戦闘に長けた怪物』であるらしい。他にも多くの種類のアーカムと戦い続けたが、彼女が最後に戦ったアーカムというのは、これまでの自立型戦闘魔導骸とは異なった機体であったそうだ。
これまでに戦った事がない機体と戦った、エイダさんを含めたホムンクルス部隊。彼女たちは脳内に保管された戦闘データを基に弱点を突き止めながら、錬金術や蒸気機関銃といった物を用いて戦い続ける。しかし、その機体の圧倒的な移動速度と強力な炎魔術を目にして、ホムンクルス部隊は撤退を余儀なくされた。
それでもエイダさんは撤退命令を聞かずに、敵の機体と戦い続けたらしい。精錬連鎖錬金術といった高度な錬金術を用いながら戦いを続けて三日が過ぎた頃、彼女はその機体を破壊する事に成功した。
僕はエイダさんに「勝ったんだろ?」「それの何がキミに負い目を感じさせているんだ?」等と訊ねる。彼女はひと呼吸置いた後、「私はその後、動かなくなった機体からチップを拝借したんです」と答える。
「魔導骸の人工知能チップを盗んだのか。それでどうなったんだ?」
「魔導王の情報を得ようと、機体に残されたチップをその場で解析したんですが、そこで問題が起こりました」
「何だよ、問題って。焦らさずにさっさと言えよ」
「先輩にはデリカシーってモノが無いんですか?」
「あるよ。これでも一応、女の子には優しくする変態紳士だからね」
「話を続けます。結果から言うと、チップに含まれた情報の解析は失敗に終わりました。私はその機体を破壊できたのに、多くの仲間や部下、守るべき人間を死なせてしまいました」
エイダさんは僕に手のひらを向けて、僕が以前やったように手のひらを機械的なモノに展開させた。その後、彼女は手の甲にあたる部位に差し込まれたチップを取り外し、僕に渡してくれた。
彼女に「これが魔導骸のチップか?」と訊ねると、エイダさんは小さく頷いて「今まで騙してて本当にごめんなさい」と言ってきた。
項垂れて涙を流すエイダさん。ホムンクルスとはいえど、エイダさんは涙を流す普通の生き物だ。これまでにどんな過去があったとしても、便利屋ハンドマンに勤める以上は詮索するつもりはなかった。だけど、エイダさんは自ら自分の過去を語ってくれた。
負い目を感じる事は言いにくかっただろうし、彼女は周囲に人が居るのに温水プールで腕を蒸気機関銃に変化させた。恐らく、あの場に居た招待客は政府に通報して、エイダさんを地上に戻そうとするに違いない。
僕はエイダさんの手のひらを人の手に戻した後、彼女に向けて「キミは逃げたんじゃない。戦う場所をアンクルシティに変えただけだ」といった、頭がボーッとするような臭くてカッコいい台詞を吐いてみる。すると彼女は僕の黄色いコートに顔を押し込んで、ねちょねちょした鼻水を拭ってきた。
「鼻水を拭うのなら、ティッシュがあるだろ」
「こっちの方が近かったので……つい……」
「まあいいよ。それでこのチップに保存された情報っていうのは?」
「何度か解析をしようとしたんですが、出来ませんでした」
肩を落しながらティッシュを取りに行くエイダさんを見送り、僕は指で摘まんだ白いチップをルミエルさんに向ける。案の定、ルミエルさんは「彼女はホムンクルスです。そのチップの情報を解析できないのは仕方ないことですよ」と言い、チップに手を伸ばそうとしていた。
僕はチップを取ろうとする白髪の幼女の額に指を置き、「チップは渡してもいいけど、いくつか条件がある」と言う。
「条件は三つある。全てに応じてくれば、チップはキミにあげてもいいよ」
「どんな条件ですか?」
「ひとつ目は、『これ以上、意味の無い殺人を犯すな』って条件だ」
「貴方という存在を見つけ出しましたし、これ以上の無闇な人格破綻者の捜索は諦めてあげます」
「じゃあ二つ目の条件だ。二つ目は『キミが知っている世界の情報を僕にも教える』っていう条件だ」
「構いませんよ。貴方には元々協力を要請するつもりでしたし、情報も共有する予定でしたから」
「じゃあ、じゃあ……」
「考えてなかったんですか? 条件は三つですよね。最後の条件はなんですか?」
憎たらしい幼女だ。ひとつ目の条件は、シティを守るために必要な条件だから咄嗟に思いついたが、二つ目の『情報共有』については適当に言ってみただけだ。三つも条件を出せる『デキル男』だと思わせたかったが、肝心の三つ目の条件については何も考えてなかった。
僕は三つ目の条件を考えながら、ルミエルさんに馬鹿だと思われないように店の中を歩き回る。こちらに視線を送るアリソンさんやマーサさんから視線を逸らし、防護マスクを抱えた師匠や鼻をかみ続けるエイダさんから視線を逸らした後、僕はリベットとナオミさんに視線を送った。
二人は調理場に置かれたゴミの片付けをしており、「こんなにゴミが溜められただなんて……」「掃除はちゃんとするべきだよ、アクセルくん」等と言って、僕と師匠が散らかした調理場の整理をしている。
二人の姿にベネディクトさんとカトリーナさんの姿を重ねた後、僕はルミエルさんに三つ目の条件を提示した。すると彼女は、「本当にそんな事が三つ目の条件で良いんですか?」と聞いてくる。
「いいよ。三つ目の条件は特に大事だから、それを守ってくれれば後はいいや」
「分かりました。全ての条件を守る事をお約束します。建築には数ヶ月ほど時間が掛かりますからね?」
僕は小さく頷いた後、手のひらを向けてきた幼女に白いチップを差し出した。
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