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第9章 青年期 人格破綻者編

82「革命的な黒い水着」

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 ワルキューレ不動産から数十分ほど歩くと、五番街でも富裕層や貴族といった者たちが住む区画内に入った。この区画はスラムや区画外に居る者たちから『アイランド』と呼ばれている。蒸気機関骸スチームボットや殺傷能力のある武器を所持した治安維持部隊が徘徊している事や、何をするにしても不便を感じないからだ。


 タワーブリッジを彷彿とさせる建築様式の高層集合住宅のフロントに進み、僕は建物の専任コンシェルジュに声を掛ける。年老いたコンシェルジュの男性は、「到着が遅かったですね、アクセル様。『ルミエル・セレッサ・アデライン様』がビルの最上階にある娯楽施設で待っております」と言ってきた。




「娯楽施設ですか。いつの間にそんな施設が……」
「施設が竣工したのはつい先日です。アクセル様は三ヶ月間も昏睡していたそうですね」

「あーなるほど。僕が寝ている間にそんな施設ができたんですね」
「はい。アデライン家は娯楽施設の施工に蒸気機甲骸スチームボットを利用しましたので、施設の施工自体は数週間で完成させました」

「たったの数週間ですか。随分と突貫工事ですね」
「驚くことも無理はありませんが、ボットは人間ではないので」




 どんな娯楽施設を作ったのかは分からないが、スチームボットに施設の施工を任せるのは理にかなっている。彼らは人間を模した体であるのに、人間とは違って睡眠をとる必要や食事をする必要がない。疲れもしないのだから、昼夜を問わず仕事に専念できる。


 政府が発案した蒸気機甲骸スチームボットという存在は革命的だ。彼らのお陰で街には平和が訪れてきているし、治安維持部隊にスチームボットが組み込まれた事で、部隊員が負傷することも少なくなった。


 僕は年老いたコンシェルジュに向けて右腕を差し出す。するとコンシェルジュは持っていた機械で、僕の腕に刻印されたコードを読み取ってくれた。


 コンシェルジュは「確認がとれました。エレベーターまでご案内いたします」と言って、エレベーターまで見送ってくれた。


 それからエレベーターに乗って少し経った後、僕は高層集合住宅の最上階に到着したエレベーターから降りる。降りた直後、僕は目の前に広がる光景に驚いた。たったの数週間で作られたとは思えないような、広々とした常夏の空間とテーマパーク、プールやアトラクションといったモノが目の前にあった。

 
 目の前の光景に圧倒されながら進んでいくと、コンシェルジュの女性たちに声を掛けられた。




「この娯楽施設は、招待者や住居者に認められた人物のみの入場に制限をかけております。お帰りください」
「僕は『便利屋ハンドマン』で働く、アクセル・ダルク・ハンドマンです。身元を疑うのなら、まずはフロントのコンシェルジュに連絡をとってください」




 僕はそう言って渋々、右腕に刻印されたコードを見せつける。するとコンシェルジュの女性たちは、「失礼しました。ルミエル様のお客人だったのですね。ナオミをお連れしますので、そこでお待ちください」と謝ってくれた後、僕の体を念入りにチェックし始めた。


 黄色いコートを脱がされた僕は、その場でトランクス以外の衣服を脱ぎ捨てる。新たに改良を施した改造アームウォーマー・バージョン7も取り上げられ、防護マスクである二匹の機甲手首ハンズマンを組み合わせた『フェイスガード』も外すよう指示を受けた。


 どうやらこの娯楽施設を守る警備員たちは、想定できる危機に対して厳重な警備態勢をとっているらしい。


 暫くそのままパンツ一枚で居ると、「遅かったですね、アクセル様」という声が後ろの方から聞こえてきた。僕は後ろを振り向いて声のする方へと体を向ける。僕に声を掛けてきたのは、ルミエルさんのメイドを務める『ナオミさん』だった。




「ナオミさん。遅れてしまって申し訳ありません」
「構いませんよ。ルミエル様はアトラクションに夢中ですし、お嬢様は他のメイドが見ているので」

「そうだったんですね。それにしても……凄い水着を着ていますね」
「そんなに似合っていませんか?」

「いや、凄く似合っているというか……おっぱいが溢れそうですよ」
「私は今年で還暦を迎えます。アクセルくんの様子からすると、私もまだまだ女性としても現役のようですね」




 ナオミさんが着ていた水着に目が釘付けになっていると、遠くの方から「お待ちしておりましたよ、アクセル様」と言うルミエルさんの声が聞こえてきた。


 彼女は僕がトランクス一枚でいるのに困惑していたらしく、「コンシェルジュの方々が御迷惑を掛けて申し訳ございません」と謝ってきた。




「大丈夫ですよ。この娯楽施設で水着は売っているんですか?」
「はい。招待者向けの売店があるので、ご案内しますね」




 それから僕はルミエルさんとナオミさんに案内してもらい、娯楽施設のお土産屋さんと思わしき売店に寄る。自慢の黄色いコートや身ぐるみを剥がされてしまったため、僕はトランクス一枚の姿で売店に入った。


 その道中、彼女連れの招待客や御家族で来ていた人たちとすれ違ったが、トランクスが水着と思われていたのか、そこまで注目は浴びなかった。


 売店に到着して早々、ルミエルさんとナオミさんは、「水着の費用は私たちが持ちます」「アクセル様にはこの水着が似合いますよ」と言って、黒い何かを渡してきた。


 ルミエルさんから黒い何かを受け取り、僕はそれを広げて全体を見渡す。彼女が渡してきた黒い何かは、『妖精と夏が胸を刺激しそうなトチ狂った黒いテープ状の水着』だった。




「ルミエルさん。この水着はなんですか?」
「富裕層の間で流行っている水着です」

「念のため聞いておくが、どうしてレボリューション的な水着を持ってきたんだ?」
「レボリューション? 確かにその水着は他の水着とは違って個性があって素敵ですけど、革命的ではありませんよ」




 ルミエルさんは目を輝かせて、僕がレボリューション的な水着を着るのを期待している。自分の財布はコンシェルジュに奪われたままだ。それに水着の費用を持ってもらう以上、我が儘を言う訳にもいかない。


 僕は革命的な黒い水着から値段のついたタグを取り外し、「いいでしょう。この水着を着てあげます。トランクス一枚でいるよりかはマシですからね」と言って、その場で着替え始めた。


 トランクを下ろした直後にナオミさんから「着替えるなら更衣室でお願いします」と言われたが、僕は音速の早さであっという間に着替え終わる。初めて革命的な黒い水着を着るせいなのか、多少手間取ったがそれはよしとする。


 等と考えていると、ルミエルさんが「早速ですが、この娯楽施設内の地図を見てください」と言って、肩に掛けていた鞄から紙を出してきた。




「この娯楽施設はそこまで広くありません。無事に私を見つける事ができれば、報酬は倍にしますからね」
「ルミエルさん、太っ腹ですね」

「いつもは私の家で『かくれんぼ』をしていますし、今回は施設内でのかくれんぼですからね。アクセル様にとっても報酬が高いとヤル気があがりますよね?」
「その通りだね。じゃあいつもの目隠しを用意してくれ」



 
 僕は娯楽施設の地図に目を通した後、その地図を彼女に返した代わりに目を隠す布切れを受けとる。布切れで両目を覆い隠して「では、これから一時間の間、僕はルミエル様を探し続けます」「今日はすぐに見つけ出しますよ」と言って、目隠し状態のまま数を数え始めた。


 ルミエルさんと僕は、月に三度このような『かくれんぼ』を繰り広げている。定期的な上にやる価値の無い依頼だが、一日あたり金貨一枚の報酬を頂けるので、仕方なく依頼を受け続けている。制限時間の間に彼女を見つける事ができれば、報酬は更に金貨一枚追加される。それに今回に限っては、更に報酬は倍になるらしい。


 ルールは至極簡単なモノだ。決められた時間内でルミエルさんの体に触れる事。数分毎にルミエルさんが手を叩いて、距離と方向を示してくれるので、僕は目隠しをした状態のままそれらのヒントを利用して、ルミエルさんを見つけにいく。


 これだけなら『タダでお金が貰える簡単な依頼』だと思えるが、今回に限ってはそうではなかった。


 僕は目隠しで視覚を奪われた状態のまま、よく知りもしない娯楽施設で彼女を見つけなければならない。かくれんぼで決められたルールの都合上、ルミエルさんは僕から数十メートル以内に居続ける事になっている。手を叩く音や声の届く範囲内で隠れるのが、彼女に課せられたルールだ。


 それから数を60まで数えた後、僕は一回目の手を叩く音と「こっちですよ、アクセル様」という声に耳を澄まして、『幸運を祈れグッドラック』と呟いた。
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