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第4章 青年期 地下水道都市編
31「同業者の刺客」
しおりを挟むそれから僕を含めた五人は、エイダさんと僕を先頭にして地下水道都市へと向かった。
列の真ん中には、Z1400シリーズの蒸気機甲骸とジャガーノートさんが居る。最後尾にはジャックオー師匠が居て、小型の投影機に映し出されていた地図を確認していた。
無線やスチームボット達に電波を送る中継基地局から歩いて、大体三時間ほどの時間が経った。酸素は進むにつれて薄くなっているし、汚泥の臭いは濃くなってきている。
「一旦、ここで休憩をとりましょう。ジャガーノートさん、それでも構いませんか?」
「ああ、そうしてくれると私も助かる」
「疲れていませんか?」
「この程度で疲れる訳がない。どうせ、あと数十分で地下水道都市に到着するのだろう?」
「いいえ、ジャガーノートさん。まだ十数時間は掛かります」
「嘘でしょ。三時間も歩いたのに、まだ歩かなきゃいけないの!」
ジャガーノートさんは地下水道都市へ初めて行くらしい。
いや、そもそもこういった地下迷宮に潜行するのも稀な機会だったらしい。僕を含めた『便利屋ハンドマン』が準備した装備よりも、圧倒的に準備不足だと思える軽装をしていた。
彼女はバックパックも持っていなければ、水道内のガスを浄化する予備の吸入缶を持っているようには見えない。
もしかすると、ジャガーノートさんは普段、こういった魔物討伐を任されず、地上の安全な場所で仕事をしているのだろう。
「変態さん、何かが近づいてきています。気を付けてください」
「分かりました。エイダさんは僕のバックアップをして下さい」
僕はそう言ってエイダさんの前に立ち、変形機構式デリンジャーを腰のホルダーから取り出す。ホログラフィックを投影するアームウォーマーを操作すると、地図が現れた。
地図には地下水道都市へ続く最短のルートが描かれている。地図に目を凝らしていると、僕たちを指し示す赤い点に、黄色く点滅した点が近づいてきていた。
「魔物……じゃあない。アレは散らばった『機甲手首』だ」
「ビックリしました。三時間も歩いているのに魔物に遭遇しないので、魔物だと思ったのですが」
「気味が悪いわね。こんなに静かなんてあり得ないわ」
機甲手首は軽快なステップを魅せながら、僕が差し出した手に飛び乗ってくる。彼に、「お疲れ様」と言うと、ハンズマンは親指を上げてサムズアップしてきた。
エイダさんは驚いていたようだが、師匠は気味が悪いと言っていた。
ジャックオー師匠の言う通りだ。確かに気味が悪い。
機甲手首を不気味に思っている訳ではない。魔物と遭遇しない事が不気味に感じた。
地下水道管の最終地点にある地下水道都市には、師匠でも手を焼いてしまう魔物がうろついている。
ゴーレムと呼ばれる意志を持った石の集合体や、スライムといった特殊な鉱石を心臓に持つモンスター等々、剣では歯が立たない魔物がうろついてもいい頃だ。
「気味が悪いですね、師匠」
「ああ、実にな。バイオレットさん、近くの中継基地局に居る兵士に連絡が取れますか?」
「機甲骸が動ける以上は連絡が取れるでしょうけど……」
下水道内の壁面に寄りかかって、ジャガーノートさんは口ごもった。
確かに蒸気機甲骸が動く以上、地上からの電波は中継基地局を介して届いているはずだ。連絡が取れない訳ではないのだろう。
手のひらで踊り回るハンズマンに僕はサムズアップを送る。すると、ハンズマンは手のひらから腕を伝って肩に乗ってきて、頬を叩いてきた。
「妙に馴れ馴れしい手首ですね。何かあったんですか?」
「分からない。エイダさんみたいに口がある機械じゃないし、彼には何かを伝えようとする手段がないからね」
「『手首なのに手段が無い』って、上手い事を言いますね。狙って言ってるんですよね?」
「違うよ、ポンコツ錬金術師。それ以上言うなら、ここでお前を分解するぞ」
僕がエイダさんにそう言うと、肩の上で小躍りしていたハンズマンが、彼女に向けて中指を立てた。
馬鹿にされて随分と御立腹なようだ。彼に言葉を伝える機能があるのなら、エイダさんに「ポンコツ」「乳デカ女」等と言い返していたのかもしれない。
「エイダさん、キミのバックパックの中に『焦土石』と『浄化石』が入っている。他にも携帯食料や発電装置が入っているから、それを出してもらえるかな」
「分かりました。でも、そんな物を取り出して何をするんですか?」
バックパックを下ろしてくれたエイダさん。彼女から鉱石が入った缶を受け取り、僕は別々の缶から浄化石と焦土石を取り出す。
汚泥や汚水が取り囲む空間に浄化石を放り投げ、水が錬成水に浄化されたのを確認した後、焦土石を四方に投げつけた。
「防護マスクを外して大丈夫ですよ。臭いも浄化されたはずですし、酸素も生み出されていきますから」
「ありがとう、アクセル。私はマスクを被ったままでいるよ」
「え、こんな場所でマスクを外せるの?」
「変態さん、これは錬成反応ですか?」
エイダさんの言う通りだ。僕は焦土石と錬成水の掛け合わせて、人工的に爆煙を発生させて酸素を作り出した。
僕は窮屈に感じる分厚い防護マスクを首に掛ける。師匠は相変わらずマスクを装着したままだが、ジャガーノートさんは防護マスクを外して驚いていた。
ポンコツホムンクルスも驚いていたが、彼女は焦土石と浄化石を組み合わせた反応を、『簡易的な錬金術』だと知っていたようだ。
「うん。浄化石で汚水を浄化して錬成水に変化させて、その錬成水に焦土石を浸して酸素を作ってるんだ」
「変態さんは、錬金術も使いこなせるんですね。錬金術師の私でも思い付かない発想です」
「褒めても何も出ないよ。それに、僕は錬金術師じゃあない。ただの借金を抱えた変態紳士だし、人妻や未亡人、あの世に片足を突っ込んだババアだって看取る寛容な男だよ」
「ヒェッ……」
エイダさんは自分の事を『錬金術師』だと言っていたが、それは班の中にスチームボットや兵士が居るからなのだろう。
僕は彼女から渡された缶から携帯固形食料を取り出し、肩に乗っていた機甲手首に持たせる。彼は肩から飛び降り、指先を器用に動かしてジャガーノートさんの元へと向かっていった。
「ジャガーノートさん。あと30分ほど休憩したら、また数時間ほど歩きます。今のうちにレーションを食べてください」
「魔物の討伐が長期的なモノだとは思わなかった。軽装できたのは判断が甘かったからだ。迷惑を掛けて申し訳ない」
意外だ。ジャガーノートさんの態度が軟化するとは思わなかった。ジャックオー師匠と渡り合える様な速度で反応をしていたし、ロータスさんのように気が強い女性だと思っていた。
もしかしたら、本当は好きな人の前だと、甘々でデレデレで本当の姿をさらけ出すチョロい女性なのかもしれない。
等と考えながら口を開けて呆然としていると、爆煙に紛れて何かが視界を横切り、ジャックオー師匠の元へと向かっていった。
常時、アドレナリンを放出していたから体が反応できたが、油断していたら反応出来なかっただろう。
「『幸運を祈れ』」
僕はそう言ってアドレナリンを強制的に放出する暗示をかける。特殊な変形機構を持つブーツに手を添えると、噴出口から圧縮された蒸気が飛び出してきた。
蒸気の放出を推進力として利用して、地面を蹴り上げて天井に張り付いた。
目を凝らすと、師匠の義手に向かっていく物体が刃物だと分かった。もう少し反応が遅ければ、ジャックオー師匠の義手が傷付いていたかもしれない。
僕は開けた空間の天井を蹴り上げ、師匠の腕に押し込まれる刃物を蹴り飛ばした。
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