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第2章 青年期 見習い錬金術師編
17「失われた古代兵器AAAアルティメット・アームストロング・アームキャノン」
しおりを挟む自身の水色の髪をイジるエイダ・バベッジさん。それから数時間が経ち、彼女は床の掃除を終えて、僕が用意した丸椅子に座っていた。
作業台の上には、エイダさんの首にハメられていた拘束器具がある。義手の再整備を終えた僕は、拘束器具の装置をパーツごとに分解して卓上に並べていた。
「ヨシ、なんとなくだけど、エイダさんの首にハメられていた装置のことが理解できたと思う」
「本当ですか?」
「うん。この拘束器具に備え付けられた赤い結晶と黄緑色の液体の事だけど、一種の錬成物質で間違いないと思う」
「結晶と液体ですか。確か、私に首輪を着けた治安維持部隊の人も、同じような事を言ってた気がします」
おい。知ってたのなら先に教えてくれよ。教えてくれりゃあ、あんなに驚かないで済んだのに。
卓上に並べられた分解された拘束器具を見つめ、彼女は何かに怯えるように肩を振るわせていた。
「心配しなくてもいいよ。首輪は外れたんだし、液体だって体内には入ってないはずだから」
「そう……ですよね」
「どういう作用が働くのか分からないけど、液体の方は”知り合い”に分析してもらうよ」
「変態さんにも分からないことがあるんですね」
「僕はただの蒸気機関技師だからね」
「そうですか。やっぱり、他の技師に頼まないで良かったです」
針や液体が入った小瓶を卓上の脇に置き、僕はバラバラに分解された拘束器具を組み立て始める。すると、僕の様子み見ていたエイダさんは、お腹をさすり始めた。
僕はメイド服を着たエイダさんを見つめる。
彼女のメイド服は意外と似合っている。もう数時間も経てば洗濯物が乾くだろうし、その頃にはジャックオー師匠も帰ってくるかもしれない。
今日は彼女を店に泊めとく予定だが、彼女は明日以降の事を考えているのだろうか。
師匠が帰ってきたらエイダさんの事を相談しなければならない。従業員の増加の件や、エイダさんが住み込みで働きたいということ。
「アクセルさん。他に仕事はありませんか?」
「今のところ、エイダさんに任せられる仕事はないかな」
ひと休憩とるために僕はそう言って、作業台の引き出しから携帯食料を取り出す。すると、彼女は何かを期待するような眼差しを向けてきた。
「エイダさん。もしかして、お腹が空いているんですか?」
「す、空いてません」
彼女はそう言い返してそっぽを向く。だが体は正直だったらしく、さすり続けていたお腹から、『グーッ』という音が鳴った。
「嘘をつくな。体は正直みたいだぞ」
「誤解しないでください、変態さん。今の音は、『アルティメット・アームストロング・コマンドー・デストロイ・アームキャノン』が起動した音です」
「長い名前の兵器だな。それが起動するとどうなるんだ?」
「お、お腹が空きます……」
エイダさんに、「究極兵器でもなんでもねえじゃねえか!」とでも、ツッコもうとしたけど、やめておいた。それは今度にしておく。
ホムンクルスは素直な性格をしていないらしい。腹が減ってるなら、直接そう言えばいいのに。
「ほらよ、このレーションは幾らでも食べていいよ」
「仕方ありませんね。そこまで言うなら食べてあげますよ」
そう言って僕は引き出しの中からレーションを取り出す。すると、エイダさんはハムスターを彷彿とさせるようにレーションを両手で持ち、カリカリと音を立てながら食べ始めた。
人造人間は機械と生き物が融合した生物兵器だと言われている。
彼女の体の構造を理解していない以上、僕は彼女の発言から答えを導くしかない。空腹を感じるということは、やはり人間の体組織と構造は変わらないのだろう。
体が動く原理は解っていないが、体内には動力源となる臓器が存在していて、それに蓄えられた力を消費して体を動かしているに違いない。
「エイダさん」
「どうしたんですか?」
「僕の質問に答えて欲しい」
「胸のサイズは教えませんよ。勝手に想像して下さい」
「別に構わないよ。僕の目測によると、キミの胸のサイズは『Gカップ』で間違いがなさそうだから」
「流石ですね、変態さん。何度か見ただけでサイズまで特定するなんて。変態の風上にも置けない人物でしたか」
「あのね。僕はいつか、キミの体を分解して隅々まで調べたいと思ってる」
「物騒な事を言いますね。ほとんど初対面な相手なのに、アナタはどんな女性が相手でも同じ事を言うんですか?」
「言わないよ。多分、ここまで人にお願いするのは初めてかもしれない」
「そんなに真剣な顔でお願いしても、嫌な事は嫌ですよ」
何度か同じようなやり取りを交わすが、エイダさんは一向に僕のお願いを聞いてくれなかった。
当然のことだと思う。「体を分解して中身を見せろ」、だなんて、彼女が言った猟奇的殺人犯がする発言でしかない。
魔術師との戦いで活躍したホムンクルスという存在。ジャックオー師匠が手に入れた資料でしか判断できないが、彼女の体は錬金術師が追い求めた、『究極の兵器』であるのは間違いない。
等と考えていると、エイダさんが椅子を動かして寄ってきた。
「それより、アクセルさん」
「なんだい?」
「荷物棚に置かれた優勝トロフィーって、『ホバーバイクのレース大会』で手に入れたモノですよね?」
「まあね。適当に走ってたら貰えたんだよ」
僕がそう言うと、彼女は「適当に走って一位が取れる訳がないじゃないですか」「アクセルさんは、ホバーバイクの運転が上手なんですね」「次の大会には参加しないのですか?」等と言って褒めてくる。
彼女は期待しているようだが、僕はその期待に応えるつもりはない。ホバーバイクなんて絶対に乗ってやんねえ。
僕はそれから、五年前に行われたホバーバイクレースでの出来事を教えてあげた。
賄賂を受け取り、一位の座を譲った事。『焦土石と錬成水』の錬成反応で強制的に煙を上げ、オーバーヒートを起こしてバイクを走らせる事が出来なくなった、と観客たちに思わせた事。
ある程度の貯金が貯まり、レースで得られた賞金をジャックオー師匠へ授業代として払った事。
レースの優勝トロフィーは回転式荷物棚に置かれている。それらのトロフィーには、『上階層への移住権授与』という文字が刻み込まれていた。
「エイダさん、僕はコレまでの十五年間。一度も上の階層に行ったことがありません」
「だと思いました」
「僕の質問に答えてくれますか?」
「はい。上階層の事ですよね?」
「うん。キミが居たという上階層は、どんな場所だったの?」
「アクセルさんが思っているよりも、良い世界ではありませんよ」
僕の質問に答えてくれたエイダ・バベッジさん。彼女曰く、「上階層には王都という国がある」とのこと。僕が想像した王都のイメージは、大空が広がる平和な国だった。
だけど、エイダさんの話によると、それは幻想でしかないそうだ。上階層は、『ベアリング王都』と呼ばれる場所であるらしく、そこにはアンクルシティのように、下水道や人気のいない所に魔物が住んでいるとのこと。
「なんだかガッカリした」
「どんなのを想像してたんですか?」
「まあ、大空が広がっているような平和な国ってところかな」
「そうでしたか。ガッカリさせて申し訳ないです」
「気にしないでいいよ。僕はアンクルシティが大好きだから」
「行ってみたいと思わないのですか?」
「どうなんだろうね。興味はあるけど、行きたいとは思わないかな」
「どうしてですか?」
エイダさんの質問に、「僕はアンクルシティが気に入っているし、僕を頼ってくる人もいる」「その人たちのためにも、僕はこの階層に居続けたい」と答える。
外の世界がどうなっているのかは分からない。それが解ったところで、僕の価値観は揺らぐ事がなかった。
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