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第2章 青年期 見習い錬金術師編
15「銀貨ガチャ」
しおりを挟む僕はなんとかスチームボットの大好きホールドから抜け出した。
手のひらに残るコンドームの臭いとゴム乳の感触。多分、揉んだ感触はすぐ忘れるだろうが、匂いの方は数日は落ちないだろう。
「はあ、はあ、死ぬところだった」
「蒸気機甲骸の上で腹上死なんてやめてちょうだい」
乱れた衣服を整えてロータスさんを睨み付ける。すると、彼女は恥じらいながら紙切れを渡してきた。
紙切れには、『プライベートの連絡先』『待ち合わせ場所』『その日の予定』等が書かれている。どうやら本当に僕の童貞を奪いにくるつもりらしい。
「自分で渡したくせに、どうしてそんなに恥ずかしがるんですか」
「えっと、仕方ないじゃない。とりあえず、今日は帰るとするわ」
ロータスさんはそう言って蒸気機甲骸たちを引き連れ、建物の廊下に通じるドアを開けて出ていった。
「クソッ垂れ。コンドームの匂いが全然取れねえじゃねえか」
パーカーの袖口で手のひらを擦る。何度も何度も擦ってみたが、ボットレディのゴムおっぱいの匂いが染み付いていて取れなかった。
仕方なく、僕は暴れられたせいで散らかった部屋の掃除を始める。ホウキやチリトリのある二階へ上がろうとしたが、何やら変な声が聞こえた。
誰かと話すわけでもなく、「えっと」「あれってもしかして」「変態さんは噂通りの変態さんだった」等という、独り言が聞こえる。
「何してるんですか」
「あ、あの、変態さん……」
なるべく気づかれないようにベッドへ近づき、毛布を被ったエイダさんと視線を合わせる。すると、彼女は僕の存在に気づいたようだ。
彼女は毛布で顔を覆い、モゾモゾと動き続けた。
「えっと、何してるの?」
「あ、ああ、あの、本当にごめんなさい。私、我慢できなくて……」
我慢できなくて。っておい。まさか――。
僕の脳に浮かんだ二つの光景。ひとつ目はベッドがイカ臭い匂いで満ち溢れていて、僅かだが湿った空気が漂っているモノ。
二つ目は……。
等と考える前に、僕は彼女が覆っていた毛布を引き剥がした。すると、そこには廃オイルらしき液体がベッドに拡がっている。
おねしょ……ではない。匂いからすると、廃オイルで間違いないようだ。もしかすると、彼女は本当に人造人間なのか?
「本当にごめんなさい。トイレがどこにあるのか分からなくて」
「仕方ない。これは僕が悪いんだ」
毛布を被って体を隠すエイダさん。液体が何であったとしても、彼女がベッドの上で漏らしたのには変わらない。
僕は回転式荷物棚のクランクを回して、タオルや麻布といった物を用意する。ベッドの上で泣き続けるエイダさんの手を掴み、一階へと案内した。
独立式のボイラーや機械時計、壁に沿うように置かれた鉄パイプを沿って歩いていくと、トイレやシャワー室といった場所に着いた。
「こっちは水洗式のトイレ。隣の部屋は、お風呂場になってる」
そう言って僕は持っていたタオルを彼女に差し出す。
「汚れた服は洗濯してあげるから、ゆっくりシャワーを浴びていいよ」
「何から何まで、本当にごめんなさい」
首の拘束器具の件は彼女のせいだが、今回のオイル漏れ事件は僕のせいだ。ロータスさんに気を取られ過ぎて、エイダさんの事をすっかり忘れていた。
一生の不覚。今後このような事が起きないよう、エイダさんに部屋の事を紹介しなければならない。
Z1400との馴れ合いで散らばった工具を拾い上げ、持っていたチリトリとホウキでゴミを集める。再利用の価値があるそれらを拾い集め、僕はそれらを一斗缶の中に放り込んだ。
一斗缶には、『リサイクル』という文字がペンキで描かれている。
「ねえ、エイダさん。お湯加減は平気そう?」
「はい! とても温かくて気持ちいいです!」
そっか。それはよかった。ボイラーが上手く稼働しているようだ。
棚に置かれたエイダさんの私服を洗濯カゴに放り込み、僕は再び二階へ向かう。ベッドに染み込まないようにシーツを剥ぎ取り、それを別の洗濯カゴに放り投げた。
回転式荷物棚のクランクを逆回転させると、荷物棚が縦に回って女性用の下着やコルセット、ブラウスや髪飾りといった物たちが姿を現した。
それらは僕が買った作業着のひとつだ。華族が使うようなカツラや婦人向けの帽子、メイド服からロータスさんが着ているような軍服までもが揃っている。
ターゲットに近づくためには、どんなことだってする。それが、ハンドマンのやり方だ。
「エイダさんはGカップか。僕の予備にはそれに対応できるものがない。仕方ないな、師匠の棚から借りておくか」
僕は腰のポーチから数枚の銀貨を手に取り、師匠の作業台に備えられたクランクに視線を送る。目を凝らすと、そこには貨幣の投入口があった。
師匠と僕はお互いに仕事道具を貸し借りする事がある。その時はいつも、貸し借り代という名目でガチャを回さなければならない。
クランク一回転につき、銀貨一枚。どんなブツが出てきても、クランクを回す毎に一万円が吹っ飛ぶ、とんでもない大金のガチャだ。
投入口に銀貨を嵌め込み、回転式荷物棚のクランクを一回転させる。すると、ただの本棚が壁に押し込まれ、本棚のあった場所に回転式荷物棚が現れた。
「荷物棚を出すのに銀貨一枚。棚を回すのに銀貨一枚。本棚を戻すのに銀貨一枚」
何が出るのか分からないというのに、僕はエイダさんの胸を覆うドレスを求めるために、三万円のガチャを回した。
「頼む、SSSランクが来てくれッ!」
エイダさんが祈っていたように、僕も神に祈りながら手のひらを合わせる。すると、その思いを汲み取るように荷物棚が回転した。
動きを止めた荷物棚に現れたのは、フリルや刺繍が施されたゆったりとしたメイド服だった。金額に換算すると金貨一枚ぐらいの価値がある。
Aランクか。まあ、仕方がない。エイダさんに裸で居られるよりはマシだ。
僕はそれらを回転式荷物棚の中から手に取り、クランクの投入口に銀貨を嵌め込む。何度かクランクを回すと、武器や変装道具といった物が置かれたカゴが入れ替わり、元の本棚が姿を現した。
それから間を置くことなく、一階から「えっと、変態さん。私の服は――」等といった声が聴こえる。どうやら彼女はシャワーを浴び終えたようだ。
「ああ、エイダさん。汚れた服は洗濯中です」
「そうなんですね。色々と申し訳ないです」
「気にしないでいいよ。着られそうな服を持っていくから、そこで待って」
「はい、何から何まで申し訳ありません」
僕はそう言って自分の回転式荷物棚に視線を送る。
棚に並べられた未使用の女性用パンツを手に取り、メイド服とパンツを持ってエイダさんの元へと向かった。
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