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第2章 青年期 見習い錬金術師編

14「甘いシロップ」

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 独立式ボイラーの上で温められたポットに手を伸ばす。来客用のティーカップを棚から手に取り、ロータスさんに紅茶を淹れてあげた。


 
 
「ロータスさん。紅茶でいいですよね?」
「うん。ありがとう」
 
「砂糖とミルクは必要ですか?」
「角砂糖は一つ、ミルクは要らないわ。味付けは私に任せなさい」




 朝の八時過ぎだというのに、彼女はそう言って酒を飲み続ける。スキットルの中には安物の酒が入っていたようだ。

 
 レザー調の黒い軍服に身を包んだロータス部隊長。彼女の体の至る所には、街の治安維持を遂行するのに必要な防具や武具といった物がある。
 

 嘔吐棒と呼ばれる警棒や、棒の先端から電流を流す警棒。強調されたボディラインの腰には、パーツを入れ換える事で性能が変わる変形機構銃がぶら下げられていた。

 


「そんなに仕事を辞めたいんですか?」
「うーん。分かんない」

「意外でした。ロータスさんも悩むんですね」
「意外ってなんなのよ。私だって普通の人間なのよ。文句のひとつぐらい吐いてもいいでしょ」


 

 僕の問い掛けにそう答えたロータスさん。表情は曇っていて、何かに気をとられている様子をしている。

 
 ロータスさんは独裁者ダストの精鋭部隊に所属する部隊長だ。常に気を張らないといけない立場だし、街に蔓延る犯罪に対応してばかりで、プライベートな時間が一切ない。

 
 嫌われていると分かっていながらも、彼女は市民の見本となるような態度で居続けなければならなかった。



 
「そういえば、ケーキを作ったんですよ」
「ケーキ?」




 僕がそう言うと、ロータスさんは目を輝かせた。


 
 
「はい、ロータスさんが好きなチョコレート味のケーキですよ」
「私のために作ってくれたの?」



 
 ロータスさんの為じゃあない。政府から配給されたレーションを基に作ったから、リベットにあげる予定だったものだ。

 
 でも、こういう時は正直に答えてもしょうがない。リベットには、新しく別のケーキを作ってあげよう。

 
 冷蔵庫から切り分けられたチョコケーキを取り出し、生クリームを皿の上に乗せる。ほんの少しのブランデーシロップを垂らしてソレッぽく仕上げてみた。


 フォークを添えてロータスさんにケーキを渡すと、彼女は泣いて喜んでくれた。



 
「美味しいですか?」
「うん。甘くなさすぎて美味しい」
 
「気に入ってくれてよかったです」
「ねえ、アクセル。どうしてキミはこんなに優しいのに、変態バカみたいに振る舞うの?」

 
 

 紅茶を啜り、彼女はケーキを食べ終える。一個では足りなかったらしく、僕は冷蔵庫の中か切り分けられたケーキを二個ほど持ってカウンターに戻った。


 

「どうしてなんでしょうね」
「いつもいつも。私をからかってくるのに、こういう時ばっかり大人振るんだから」



 
 ロータスさんは今年で二十九歳になる。そして、僕が転生者であることを知らない。

 
 肉体的な年齢で見ると彼女の方が年上だと思えるが、精神年齢は僕の方がだいぶ上だ。女性が繊細な生き物だという事は知っていたが、あんなに強気なロータスさんも弱音を吐くとは思わなかった。


 

「美味しいですか?」
「うん、すごく美味しい。あのさ、この前言ってたデートのことだけど……」
 
「あれ、そんなこと言ってましたっけ?」
「言ったでしょ!」


 

 そう言ってロータスさんはカウンターを叩く。エンエンと泣きながら叩き続ける彼女の姿は、少しだけ子供のように思えるほど可愛かった。

 
 確かにロータスさんが言った通り、僕は彼女をデートに誘った。誘ったと言っても、からかうための冗談にすぎない。


 そもそもアンクルシティでデートなんか出来るわけがない。二人で歩いているところを住人に見られれば、依頼人たちに変な誤解を与えてしまう。


 

「冗談ですよ。ロータスさんの恥ずかしがる顔が見たくて言ったんです」
「酷い。来年には三十歳になっちゃうのよ。顔に火傷の跡がある女だし、貰ってくれる人なんて貴方だけなのに」


 
 
 精鋭部隊の部隊長をしているロータスさん。それに対して、僕は五番街に住む貧困層の一人でしかない。

 
 数年前に、『便利屋ハンドマン』の名を広めるためにホバーバイクレースに参加して、僕は何度もチャンピオンにもなったことがある。

 
 そのお陰で、『便利屋ハンドマン』に弟子入りする事ができたし、彼の名は一気に広まった。それに連れて、『アクセル・ハンドマン』という名も街中に広まった。



 
「本当に私の事が好きじゃないの?」



 
 ロータスさんはそう言って固まってしまった。何かに絶望したようにガッカリと肩を落としている。

 
 仕方ない。こうやって励ますのは良くないけど、彼女が元気になるのならそれでもいいのかもしれない。

 
 僕は潤んだ瞳を向けるロータスさんを見つめる。
 
 赤い瞳や透き通った桃色の長髪。手入れする暇もないほど忙しいのか、彼女の髪は少しだけボサボサになっていた。



 
「ロータスさん」
「なに?」
 
「目をつぶって下さい」
「うん」



 
 ひと呼吸を置いて僕は手のひらを広げる。腰のポーチから髪クシを引き抜き、彼女の絡まった前髪を解いてあげた。
 

 その後、僕はカウンターに置かれた彼女の手のひらを握り締める。すると、ロータスさんが目を開けてきた。


 

「ロータスさんは綺麗な女性です。魅力的なおっぱいの持ち主です。貴女の事を男性が放って置くとは思えません」
「本当に?」
 
「はい。『最速の男、アクセル・ハンドマン』が保証します」
「じゃあさ、じゃあさ、来年の誕生日までにイイ人に巡り会えなかったら、責任とってくれる?」



 
 クソッ垂れ、なんて日だ。そういう方向から攻められるとは思わなかったぞおい。

 
 いや、予想はしていたが、ここまでロータスさんが僕の事を気に入ってただなんて思わなかった。



 
「はい、その時は僕が迎えにいきます」
「約束してもらえない?」
 
「約束ですか?」
「うん。約束」

「もち、勿論かまいませんよ……」
「じゃあ、小指を出しなさい」


 

 僕は彼女の言う通りにして小指を突き立てる。すると、ロータスさんは小指をいやらしく絡めてきた。

 
 それからというもの、彼女はシコシコと指を動かし、お決まりの、「指切りげんまん~」等と言って、僕の瞳を睨み付ける。見つめるのではない。睨みつけてきたのだ。


 最後に彼女は、「覚悟しておきなさい。貴方の童貞はいつか私が処理してあげるから。それまでは絶対に貞操を死守すること」と言って、数日後にデートをする約束をした。

 
 ひと呼吸置いた後、周囲に居た女性型のスチームボット達が拍手をしてきた。その内の一人、Z1400という型番のスチーム・ボットは、不思議そうに首を曲げて僕に近づく。



 
「ロータス部隊長、彼ノ心音ガ加速シテイマス。興奮状態ニアルヨウデス」
「Z1400、今日の事を記録しておきなさい」
「待て、Z1400。記録をするな!」


 

 一年も経てば忘れられる。はず。いつかロータスさんとエッチ出来る可能性が高まるのは嬉しいが、結婚となると話が変わってくる。

 
 ここでZ1400に記録されれば、ロータスさんは必ず結婚を迫ってくるはず。そんな事になれば、僕の酒池肉林という夢がついえてしまう。


 何か他に気を取られるような事を吹き込まなければ――。

 
 僕は咄嗟にカウンターから身を乗りだし、腕の操作盤を開けたスチームボットの元へと飛び込む。すると、飛び込んだ衝撃でZ1400を押し倒してしまった。

 
 僕は無我夢中で記録を阻止しようとする。

 しかし、体の上に飛び込んだ僕に、Z1400は足を交差させて体に引き寄せてきた。


 

「た、助けてえ」
「Z1400。その足の組み方は、大好きホールドと言って、私やアクセルみたいな関係じゃないと許されない体位よ」
「御教授感謝イタシマス。新シイ拘束技に『大好きホールド』を記録シマシタ」


 

 コンドームの匂いがするゴム乳に顔を押し込まれる。身動きが一切出来なかったが、僕は死に物狂いになって抜け出そうとした。
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