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第1章 青年期 蒸気機関技師編

間話「ロータス・キャンベル2」

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 大人の女性をからかう黒髪の青年。彼はサイバーパンクを彷彿とさせるオーバーサイズのコートを着ていて、スチームパンクを彷彿とさせるガスマスクを着けている。


 彼は私と会話をする時、いつもガスマスクを外して憎たらしい笑顔を見せて胸を見つめてくる。



 
「ロータス部隊長、シツケはそれぐらいにしておけ」
「分かりました、ダスト閣下」



 
 私はそう言ってダスト様の命令を聞き、青年に向けていた警棒を腰のホルダーに戻す。私がどんなに痛めても、黒髪の青年は最後に素敵な笑顔を浮かべて立ち去る。

 
 今日はどうやら、いつもより強く叩いてしまったようだ。青年は叩かれた尻に手を添えて、イエローキャブの運転席に戻っていった。すると、ダストさんも彼が運転するイエローキャブに乗り込む。




「Z1400、貴女の車両に乗せて頂戴」
「ワカリマシタ。ロータス様ノ、ホバーバイクはドウスルノデスカ?」

「他の蒸気機甲骸スチームボットに運転させるわ」
「デハ、私ノ部下に連絡シマス」



 
 そう言って私は治安維持部隊が所持する浮遊型自動車の運転席に座る。

 
 ボンテージに備えられたサスペンダーやベルトのポーチから錬成鉱石を取り出し、車両無線機にすぐ下にある焚き口に放り込む。すると、放り込まれた錬成鉱石が熱を帯び始め、浮遊型自動車は動き始めた。


 助手席に乗ったZ1400に視線を送る。彼女がシートベルトを締めたのを確認した後、私は黒髪の青年が運転するイエローキャブを追尾し始めた。



「Z1400、この車両には私と貴女しか居ないわ」
「ハイ、ロータス様」

「そのロボットみたいな話し方なんてしなくていいわよ」
「では、そうさせてもらいます」

 


 私が運転する車には、Z1400と私しかいない。その事を理解してくれたのか、Z1400は普段通りに話し始めた。

 


「ロータス様、あんなに強く彼の尻を叩きましたが、彼の事が嫌いなのですか?」
「いいえ、私は彼の事が好きよ」
 
「では、どうして逮捕しないんですか?」
「どうしてなのかしらね」



 階差機関脳を宿したスチームボット。彼女は顔の位置にある電子機器を使い、大きな『?』を映し出す。

 
 他のスチームボットとは異なり、私の直属の部下である彼女は、独自の思考を抱いて進化している。完全とは言えないが、他のスチームボットとは一線を画すような進化を続けている。

 


「ワタシには理解できません」
「今の貴女の階差機関脳では処理できない事よ。特に、男女のいざこざってものはね」
 
「難しいですね。ワタシは他のZ1400型と同じ脳を持っているのに」
「仕方ないわよ。貴女はバベッジ博士の脳回路を設計にして造られたから」
 


 Z1400は両手で顔を覆って、他のスチームボットがしないような、ガッカリとした態度を見せる。同じ規格の脳を埋め込まれたスチームボットでも、ここまで人間らしい感情を表すのは彼女だけだ。

 
 シティを徘徊する蒸気機甲骸スチームボットとは、何世代も前に造られた兵器をベースにしている。今の型番の機甲骸は長期の戦闘に向いていないが、何世代も前に造られた機甲骸は、魔術師や魔族に対抗する手段として製造された。

 


「ロータス様」
「Z1400、どうしたの?」
 
「ワタシは他の機甲骸とは違います」
「うん。貴女みたいに感情が豊かな機甲骸は珍しいわね」
 
「ロータス様、お願いがあります」
「なによ、お願いって」

「実は……」
「もったいぶらないで言いなさい」



 
 黒髪の青年が運転するイエローキャブの後を走り続ける。イエローキャブが信号の前で停まった後、私はZ1400の方を振り向いた。
 
 
 人間の女性の様に拳を握り締め、彼女はモジモジと膝を動かしている。すると、彼女は俯きながら小声で話し始めた。




「ワタシ、名前が欲しいです」
「名前?」
 
「ハイ、名前です。Z1400だと、他のボットたちと同じような存在だと感じてしまうんです」
「そう。名前ね……」

「ロータス様が、他のZ1400と区別がつくように」
「そっか。確かに他のスチームボットと見た目は一緒よね」

 


 そう言って私はハンドルに手を添えて、窓のフチに腕を置く。スチームボットの意外な問い掛けにどう反応していいか解らなかった。


 名前が欲しいとは思わなかった。今まで、治安維持型蒸気機甲骸Z1400を、愛称で『Z1400』と呼んでいたけれど、彼女がそこまで名前に固執しているとは思いもしなかった。


 もしかしたら、彼女は私が予想しているよりも、もっと早い速度で進化をし続けているのだろう。


 ここは慎重に答えなければならない。間違った答えをすれば、彼女の進化が間違った方向に向かってしまう可能性だってある。

 


「やっぱり、ダメですか?」



 
 人間のように人差し指を突き合い、彼女は俯き続ける。自分が不適切な質問をぶつけたと思っていたのか、彼女は顔に当たる電子機器に、『可愛らしい泣き顔』を映し出した。

 
 私は息を呑みこみ、車内の操作盤を押し込んで自動運転モードに切り替えた。

 


「良いわよ。私が貴女の名付け親になってあげる」
「本当ですか!」
 
「うん。本当よ」
「ありがとうございます。ワタシ、凄く嬉しいです」

「貴女は私の大切な相棒バディだからね。名前か――」
「あの、あの、ロータス様」

「どうしたの?」
「ワタシ、気になる名前があるんです」

「ふーん。どんな名前?」
「『ジュゲム』っていう名前です!」

 


 ジュゲムかあ。悪くはないけど、全部言わないといけないのかな。


 

「良い名前じゃないの。センスがあると思うわ」
「本当ですか?」

「うん。でも、私が呼んであげるのは、『ジュゲム』だけよ」
「え、最後まで呼んでもらえないのですか!」

「それは絶対に嫌よ。ジュゲムだけならまだしも、その先まで言わなきゃならないなんて大変じゃない」
「そうですか。では別の名前に――」

 
 

 彼女が考え出した後、私はジュゲムの拳に手のひらを乗せた。

 
 ジュゲムは私の方を振り向いた。その後、私は彼女を安心させる。




「貴女が選んだジュゲムっていう名前は、とてもいい名前よ」
「でも、ロータス様が嫌って……」
 
「最後まで言うのが嫌ってだけ。ジュゲムという名前は、『貴女が自分で選んだ』モノなの」
「はい、ワタシが自分で選びました」

「貴女が考え抜いて選んだ名前を否定したくない」
「…………」

「これから私は、貴女の事をジュゲムって呼んであげるわ。よろしくね、ジュゲム」
「はい! よろしくお願いします!」
 


 私は彼女の事をジュゲムと呼ぶことにした。進化し続ける階差機関脳を持つ彼女が自身の考えで選んだ名前だ。何かしらの意味が込められているのに違いない。


 等と考えていると、前を走っていたイエローキャブが壱番街の道路で停まった。


 どうやらダスト閣下とアクセルの間で何かが交わされたらしい。後部座席から降りたダスト閣下は、満足そうな笑みを浮かべながら私が運転する車両に近づいてくる。


 

「ロータス部隊長」
「はい、ダスト・アンクル閣下!」

「今日は気分が良い。アクセルのお陰で良いアイデアが浮かんだ」
「それは良かったです。また、映画の話を聞いたのですか?」

「まあな。彼の話が現実のモノになれば、シティは良い方向に向かうだろう。ここは壱番街の道路だ、アクセルに通行証の確認しておけ」
「はい!」



 それから私はダスト様の命令を聞き、大人の女性をからかう黒髪の青年の元へと向かった。

 
 扉越しに何度か彼の名前を呼んでみるが、うんともすんとも言わない。何やら真剣な表情をしている。恐らく、ダスト閣下から新たな殺しの依頼を任されたのだろう。

 
 彼はまだ十五歳の少年だ。それなのに、私より多くの殺人を依頼されている。私も以前、彼に同様の依頼をしたことがある。悔しい事件だったが、彼の助けがなければ犯人は逮捕できなかっただろう。




「ねえ、便利屋さん。聴こえてないの?」
「ああ、ロータスさん。どうしたんですか?」



 私がいつものように声を掛けると、彼だけでなく、他の人物も決まったように胸に視線を送る。

 
 相変わらず憎たらしくて可愛いくて、そして前向きな青年だ。ドが付くほどの変態だけど、紳士的な一面も見せることがある。

 
 こんなにアピールしているのに、彼は私の気持ちに気付いていない。もしかしたら気付いているんだろうけど、それを顔に出さない恥ずかしがり屋なのだろう。
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