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第1章 青年期 蒸気機関技師編

10「闘争と逃走」

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 乳頭と呼ばれる位置から数センチほど斜め左に、星型のアザやホクロのようなものがある。鏡を駆使しなければ、本人には存在さえ知られないだろう場所にそれがあった。




「えっと、私はホムンクルスです」
「生まれて初めて生で見た」
 
「え?」
「いや、何でもないよ」
 

 

 念押しするように彼女は話を続ける。

 
 亜人だろうが人間だろうが、機械人形や人造人間だって構わない。彼女の告白に気を取られながらも、僕はたわわなメロンを目に焼け付けていた。

 
 以前、蒸気機甲骸スチーム・ボットの胸を揉む機会があった。そういった目的で作られていない為なのか、人形の胸部の人工皮膚はコンドームのような肌触りをしていた気がする。


 

「あのー。私の首輪って、外せるのでしょうか?」
「シッ。それ以上動くな」
 
「は、ハイ!」
「そのままじっとしていて下さい」



 
 エイダさんの首に掛けられた拘束器具。彼女の告白が本当であれば、拘束器具は人間用に作られたものではないはず。
 

 拘束器具がどんな状態にあるのか解らない。多少の揺れには反応しないらしいが、強い衝撃を受ければ何かしらの状態に変わるだろう。


 等と考えていたその瞬間、僕は能動的に副腎からアドレナリンを放出させる。過酷な環境下やホバーバイクレースといった、常に死を目前とした状況に身を置いていた僕だからできた芸当だ。


 人間は生き延びるために、『闘争ファイト逃走フライト』を強いられる事がある。そのホルモンの過剰な分泌により、僕はゾーンと呼ばれる神の領域に足を踏み入れた。


 
「あの変態さん。やっぱり、ジャックオー・ハンドマンさんに仕事を依頼します」
「いや、師匠は暫く帰ってこない。それに、それほど精密な機械を師匠が分解できるとは思えない」
 
「そうなんですか。じゃあ、依頼料も上がりますか? 私、あまりお金を持ってなくて……」
「依頼料は分割支払いで構わない。だから、この依頼は僕に任せてくれないか?」


 

 差し迫った事態を理解してくれたのか、エイダさんは「お願いします」と言って何度か頷いた。すると、彼女の首の動きに反応して、機械の首輪から『カチッ』と音が鳴った。


 何かの作動音と共に、首輪の内側に数本の針が現れた。


 

「だから、動くなって言っただろおお!」
「だって、だって……」



 
 不味い事態になった。

 
 あの『カチッ』という音は、拘束器具の何かが作動した音で間違いないはずだ。彼女が首を動かした事によって反応したのだろう。



 
「ど、どうすれば良いんでしょうか?」
「大丈夫だ。こういう時は、『素数を数える』と良いって、プ○チ神父が言っている」
 
「その神父様、生きているんですか?」
「さあ、どうなったんだろうね」



 
 僕がそう言うと、彼女は『ダメじゃないですか』と言って、叫びながら天井を見上げた。すると、その動きに連動して、再び拘束器具から『カチッ』と音が鳴った。


 

「バッキャろう! あと一回でも頷いてみろ。僕はキミが泣くまで殴り続ける!」
「もう泣いてますう。助けてくださいい」



 
 エイダさんの頬に涙がこぼれ落ちる。僕は彼女の頭を両手で掴み、瞳をジッと見つめた。



 
「大丈夫だ、問題ない。キミはアルファベットが分かるか?」
「ハイ……」
 
「じゃあ、Aから順に数えてくれ。僕はキミが数え終わるまでに、首輪を外してみせる」
「分かりましたあ……」



 
 エイダさんが、『A』と言った直後、僕は『闘争ファイト』を選んで左手に視線を送る。手首に巻かれた腕時計のリューズを巻き上げ、アームウォーマーを作動させた。

 
 ウォーマーの効果で徐々に左腕が暖められていく。彼女が、『E』と言い終えた時、僕は彼女に問い掛けた。



 
「エイダ・バベッジさん。貴女の胸のサイズは?」
「教えません」
 
「キミは神を信じるか?」
「悪魔しか信じません」
 
「キミは転生者なのかい?」
「転生者? それって何ですか?」



 
 彼女の情報を纏めると、胸のサイズは秘密で、神ではなく悪魔を信じているとのこと。転生者かどうかを聞いたが、彼女は目を丸くして答えた。



 
「あの、この質問って意味があるんですか?」
「別にないよ。知りたかっただけ」
 
「それでは、アルファベットを数えますね」
「うん。『G』から順に言ってください」



 
 僕はアームウォーマーに備えられた機械を起動させるため、ウォーマーに現れたクランクを回し始める。すると、クランクが回された事によって、僕のウォームアーマーから工具が現れた。

 
 携帯工具入れとして存在するウォームアーマー。姿を現した工具入れからピンセットを取り出し、僕は丸椅子に座る彼女へ顔を寄せる。


 

「恥ずかしいかもしれないけど、そのまま首をこっちに寄せてほしい」
「分かりました、服は着ても構いませんか?」
 
「いや、そのままにしてほしい」
「恥ずかしいんですけど……」
 
「気持ちは十分に理解できる。だけど、どの反応で装置が作動するのか分からないから、そのままで居てね」
「これってどんなプレイですか……」


 

 僕の差し迫った表情を見た彼女は、目を瞑りながら頬を赤く染め、僕の言う事を聞いてくれた。

 
 彼女のたわわなメロンから視線を上げて、彼女の拘束器具に目を凝らす。

 
 エイダさんの首に巻かれた鋼鉄製の拘束器具。その内側には針があって、外側には液体を包み込んだ瓶のようなモノが設置されている。

 
 何らかの衝撃を受けた時点で、液体が針を通して体に注入される仕組みになっているのだろう。

 

 
「この拘束器具は、誰に着けられたの?」
「この首輪はアンクルシティに降りる前、治安維持部隊に着けさせられました」
 
「え、エイダさんは上の階層から降りてきたんですか?」
「話が長くなりそうなので、別の機会にお話しをしたいです」



 
 上階層から降りてきたのか。

 
 壱番街から五番街まで存在するアンクルシティ。だとしたら、彼女は上階層の治安維持部隊に追われて、あてもなくてこの店を頼ったのだろう。
 

 

「そのまま髪を上げ続けて、絶対に動かないでね」
「はい!」



 
 良い返事だ。僕が言っていた、「顔を動かさないように」という指示にも従ってくれている。口にはしていなかったが、自分が窮地に立たされている事も理解できているようだ。

 
 アームウォーマーから姿を現した小型のピンセット。僕は師匠が使っていたルーペ付きのゴーグルを額から目に落とし、ピンセットを拘束器具の隙間に忍び込ませる。

 

 
「次はMです。本当にあと少しで首輪が外れるのでしょうか?」
「集中させてほしい。裸を晒すのは屈辱的だけど、もうすぐで外せるからな」


 

 そう言ったはいいが、エイダさんの首元にハメられた拘束器具は、これまでに修理したモノよりも精密な機械だった。

 
 ほんの少しの失敗。もし、機械内の神経伝達組織にピンセットが触れれば、何らかの反応を起こして首に針が刺さるだろう。

 
 僅かなミスを犯しても、彼女の首輪はそれを見逃さないはず。


 どれほど集中したのか分からない。ホバーバイクレースや殺しの依頼でも、ここまでアドレナリンが体中を駆け回ることはなかった。



 
「それじゃあ、ジッとしててね。首輪を外してあげるから」


 

 僕はそう言って拘束器具の配線をピンセットで挟む。すると、それに反応したのか、先ほどよりも大きな音を鳴らして、首輪が締め付けられ始めた。




「アクセルさん、機械が――」
「大丈夫だ。針は僕が押さえてる。絶対に頭を動かすな」




 こうなりゃ力づくで外してやる。

 
 咄嗟にピンセットを床に放り投げ、首輪と首の間へと指を押し込む。僕はそのまま火事場力で、鉄の拘束器具を引きちぎった。


 

「もう平気だよ。多分、他の同業者だったら、間違いなくキミは死んでいたかもしれない」
「本当に、本当にありがとうございます。どうやってこの御恩を返せば……」

 

 
 拘束器具をエイダさんの首から外し、僕はその首輪をカウンターに乗せる。その直後、給湯の為に沸かせていたポットから蒸気が噴出した。


 

「「ビックリしたあ!」」

 

 
 僕と同じような反応をするエイダさん。極度の緊張から解放されたお陰なのか、僕はその場でへたり込んだ。
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