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第1章 青年期 蒸気機関技師編

07「全身黒タイツのカボチャ野郎」

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「はい、イエローキャブの営業許可証の件は見逃してあげるわ」
「オッシャー! 本当に大好きです、ロータスさん」

 

 
 本物の通行証と偽造した営業許可証を返してもらい、僕はロータスさんの方を振り返る。

 
 彼女は、女性兵士と思えないような蒸気機関技術が施された黒いピンヒールを履いている。豊満な体を包み込むレザースーツ、胸には治安維持部隊の部隊長である証のバッジが付けられている。

 
 彼女の足先から頭までを舐め回すように視線を送る。すると、彼女はそれに気付いたようだ。


 

「ジロジロ見ないでもらえるかしら」
「アハハ。すみません」
 
「撃たれたいの? それとも蹴られたいの?」
「どっちもいいかもしれませんねえ」

 

 
 ニヤケ顔が止まらなかった。

 ロータスさんの冷たい視線が心地よく感じる。



 
「どうせだったら、そのヒールで僕の尻を踏んでくれませんか?」
「絶対に嫌よ。お尻の穴が二つになってもいいの?」
 
「それもいいかもしれません」
「気持ち悪っ……」



 
 ドン引きしているロータスさん。彼女は、「寒気がする」と言って、イエローキャブの後方に停めていたホバーバイクへ向かった。

 
 カツカツと音を鳴らし、足を交差しながら彼女は戻っていく。

 
 僕はサイドミラーに映る彼女の後ろ姿を見て、さらに興奮してしまった。


 

「歩く姿もセクシーだなあ。後ろから抱き着いたら、驚かれるかなあ」



 
 いかん。妄想はこれぐらいにしておこう。もし抱き着いたら、本当に銃で撃ってくるかもしれないしな。

 
 操作盤のパネルを順に押していき、僕は自動運転から手動運転に切り替える。その後、壱番街を後にして店へ向かった。

 
 数十分ほど車に乗って空路を走っていると、『便利屋ハンドマン』というネオンの看板が見えてきた。

 
 タワーブリッジを彷彿とさせる建築様式の建物。何十階もある建物には、他の人たちも住んでいる。店に近づくと、僕の車に反応して車庫のシャッターが上がった。


 

「師匠ー。依頼が終わったんで戻りましたー」


 

 そう言いながら、僕は器用に片手で運転しながらケツから車を車庫に入れる。何度か師匠の名前を呼んでみたが、反応がなかった。

 
 聴こえるのは、常に稼働し続ける暖房ボイラーや蒸気機関式家具といった物の音。どうやら師匠は出掛けているようだ。


 

「仕方ない。頼まれた依頼の準備でもしておくか」


 

 車庫から店内に通じる鉄製の扉を開き、僕は機械に囲まれた部屋を通り抜ける。緩やかな階段を登っていくと、工具箱や一斗缶、錬成水が入れられた透明の瓶が並ぶ作業台が目に入った。

 
 作業台のすぐ側には、回転式の荷物棚がある。クランクを回すと、台が回って他の荷物が現れる仕組みだ。その回転式荷物棚には、数年前に手に入れたホバーバイクの優勝記念品カップが乱雑に置かれている。



 
「さてと。じゃあ、機関義手の修理でもするか」


 

 工具箱から工具を幾つか手に取り、回転式荷物棚から修理依頼品の義手を持ち上げる。

 
 それから小一時間、ダストさんから頼まれた『暗殺の依頼計画』を練りながら、義手を修理し続けた。



 
「この義手。子供用なのにやけにデカイな。親のおさがりなのかな」



 
 スラムに住む住人から頼まれた義手の修理依頼。僕が働く『便利屋ハンドマン』は、スラムに住む住人には相場の最低価格で修理を請け負う。

 
 ネジの錆び落としや分解清掃オーバーホール、オイル交換でさえも、依頼料金は一律、大銅貨三枚で仕事をする。日本円にして僅か三千円。


 

「よし、あとはオイルの交換だけだな」


 
 
 勿論、依頼する人物の中にはそれを払えない人もいる。そういう客層に対しても、ジャックオー師匠は依頼を断らない。期限を設けず、分割での支払いも許可する寛容な人物だ。

 
 義手を修理している間、代用の義手さえ与えてしまう懐深い考えを抱いている。

 
 その結果、依頼料金を踏み倒されて、痛い目を見ることが多々あった。



 
「この義手は指先に神経があるのか」
「アクセル。ただいまー」


 

 作業台からルーペ付きの眼鏡を手に取り、機関義手の指先に目を凝らす。指の関節にピンセットを押し込むと、それに反応して機関義手が動き始めた。

 
 どうやら神経伝達系統に問題があるようだ。



 
「この義手はダメだな。同規格の神経伝達系統スペアは店にない」
「ねえ、アクセル。ただいまー。ご飯は?」



 
 ピンセットを作業台の工具箱に戻し、回転棚のクランクを回す。すると、依頼された義手の上位規格部品が姿を現した。

 
 僕は同居人の声を無視して、修理作業を続ける。そうでもしないと、次々と舞い込む義手や義足の修理依頼を消化出来ないからだ。

 
 手を動かしながら目だけを横に動かし、視線だけを同居人の方へと向ける。彼は煤煙で汚れた燕尾服を脱ぎ始め、自分の作業台に置いていた真っ黒のタイツを手に取った。


 

「ほらほら、このタイツがあれば、例のアレになれるよね」
「仕方ない。コイツの方針だし、グレードが上がるけど義手に組み込むか」



 
 カボチャ型のマスクを被った同居人。彼は手に取った黒タイツに足を通し、鼻唄を歌いながら踊り始める。

 
 陽気に踊り続けるカボチャ頭のジャックオー師匠。彼は全身を黒タイツで包み込み、指をパチンッっと鳴らしながら、ドラマーのように腕を振り回す。

 
 どうやら気に入っているらしく、ここ数週間ほど彼は僕が教えた何の意味もないダンスを躍って現れている。


 
 
「やあアクセル君。変なところを見られてしまったようだね」
「いえ、別に変だとは思いませんよ」
 
「ふーん」
「それより師匠。どうして僕のデスクで踊っているんですか?」
 


 
 僕の専用作業デスク上に立ち、軽快なステップで踊る師匠。彼が躍り回る卓上には、依頼者から頼まれた修理品が置いてある。
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