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「どう思うって…同僚だろ…」

会社まで運転しながら、長岡は先ほどの遥の言葉を思い返す。

 彼においては家族以外で他人と同居したのは初めてだし、一般人でここまで体を自由にしている女性も初めてだ。

 なのだけれどやはり恋愛に結びつかない。

 長岡の思う恋愛は身を焦がすようなドキドキと雷に打たれたようなトキメキ、そしてむしゃぶりつきたくなるような情欲を掻き立てられる…そんな動的なものが恋愛感情だといまだ思い込んでいる。

 それがあるならば恋人になって抱いたっていい、しかし無いのだから決定的な一線を越えるわけにはいかないのだ。


 始業してからも、長岡はぼんやりとその件について考えていた。

 事務所との境の大きなガラス窓からは電話応対をする遥が見えて、いつもより気合の入った髪型も化粧も他の男のためだと思うと胸にチリチリと嫌な痛みを感じる。

「長岡、どないしてん、怖い顔して」

「あ、車崎くるまざきさん…そっちこそ、どうしたんすか」

 話しかけてきた彼は整備士の先輩で、彼は月末付で退職するために先月から有給の消化に入っていた。

「ん、道具とか確認しに……なに、遥ちゃん見てんの?」

「…違いますけど」

「ふーん、なんやおめかししてへん?デートでもあんのかな?」

「さぁ…」

案外鋭い人だな、長岡は工具を磨きつつ目線を落とす。

「なぁ、長岡も次リーダーとかなるやろうから頑張れよ」

「どうでしょうね…俺は人望とか無いし」

「でも責任感はあるやろ?仕事もきっちりしてるし。この店やと板金はお前が一番の腕前やと思うてるよ」

「…車崎さんが特別下手なんすよ、不器用」

「言うねぇ」

 軽口を叩いても乗ってくれる良き先輩、長岡は寂しさを隠すように普段より多めに喋った。

「車崎さん、守谷もりやと…同棲してんすよね、」

「うん、ラブラブよ」

「幼馴染みでしたよね、」

「うん、小さい時から知ってる」

「何が…どうなったら…恋になるんすか?」

「は?……好きやったら恋とちゃうの?」

哲学の話かな?難しい論理に自信の無い車崎は細い目を丸くして首を傾げる。

「いや、一目惚れとかじゃなくて、既に知ってる相手を好きになるキッカケとか…ドキドキするんでしょう?ときめいたり…俺、そういうの分かんねぇんすよ」

「ん?んー…決め手ってこと?んー…なんやろ…気付いたら好きやってんな…」

「なんかドカンと自覚する出来事とかなかったんすか」

「えー…あっても憶えてへん……うん、そんなもんちゃう?まぁ会社辞めるって決めてから、お試しで1週間付き合うて貰ってな…強いて言うならそれがキッカケ…着火剤やろか?そっからお互い好きが爆発してもうて即同棲よ、ラブラブよ、ひゃはは」

 長岡と遥にとっても同僚である整備士・守谷秋花しゅうかは一見クールなタイプである。

 その彼女も車崎の言う通り恋に溺れているのだとすれば…その恋の沼に足を踏み入れた決定的な理由が何なのか、長岡は知りたい。

「守谷も…車崎さんのこと前から好きだったってことですか?」

「いや?俺が告白するまで意識したことない言うてたよ?悲しいけどね」

「それが…ラブラブになるんすか…」

「うん、ラブラブ………まぁ心のな、ハートの問題やから…お前賢いから色々考えてまうんやろな、一緒に居って落ち着く、みたいのもラブの始まりやと思うけどね、頑張りや」

こそこそとそんな話をして後輩の肩をポンと叩き、車崎は工場こうば長の方へと歩き出す。

 残された長岡は「うーん」と唸り、これまでの遥との生活を振り返ってみた。
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