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しおりを挟む自宅から西へ3キロ弱。
遥の軽自動車が停まる駐車場の来客用スペースへ車を入れて、長岡は彼女を伴いシェアハウスへと入った。
玄関と大きな台所とテレビを置いたリビングは共用、遥は廊下を真っ直ぐ進んで自室の扉を開ける。
「…へぇ…手ごろな大きさだな」
「光熱費も込みだから楽で……あった、お財布…」
「一応中も見とけよ、身分証明書とかあるか?」
「大丈夫…うん…」
「どれ運んだらいい?指示して」
遥は仕事用の服や化粧道具を入れたドレッサー、衣装ケースに入った冬服などを指して長岡に運ばせた。
「小さいもんは軽に、さっさと済ませようぜ」
「うん、なんか夜逃げみたいね」
「夜逃げだよ」
運んでは連れ立って戻り、物音で住人が何事かと覗きに来たが作業着の長岡が睨めばそそくさと隠れていく。
「あとは…退去前の確認とか管理会社としたりすんだろ、その日も呼べよ。俺が無理なら会社の整備士寄越すから…屈強な奴をさ」
「うん…ありがとう」
「よし…レンタル倉庫経由して…うちまで運転できるか?」
「大丈夫……あ、」
「なに、」
遥の目線の先に長岡が振り返れば、共用リビングから若い男がこちらの様子を窺っているのが見えた。
「…まさかあれ?」
「うん…押し入って来たひと…早く帰ろ、」
「おう」
長岡は顔が強張った遥の肩を抱き、そのリビングの前を通って玄関へ歩く。
遥に先に靴を履かせて待っていると、長岡の背中に小さく
「チッ…ブスが…」
と吐き捨てる声が聞こえた。
「あぁ⁉︎」
ケルホイといいコイツといい、背が高いだけの男にビビるようなヤワな奴が遥をコケにして気分が悪い。そうか遥は男運が悪いんだったな、長岡はくくと嗤ってリビングの男へぬるりと近寄る。
先日のケルホイに詰め寄った時は駐車場で暗かったから不審な恐さを醸していたが、蛍光灯の下では長岡はひょろひょろのもやしっ子…しかしくりくりの前髪から覗いた鋭い眼差しに男は怯み固まっていた。
「お前、誰の女に手ぇ出してんだよ、ハルカは俺んだ。あとな、ブスじゃねぇ。ハルカは中の上だ」
「ちょっと、前より下がってる‼︎」
「ん、帰ろーぜ…ハルカ、帰ったらいっぱい抱いてやるからな」
「きゃ♡」
方便と分かっていても、遥は長岡の土壇場の雄みにキュンとときめく。
そしてぽかんとしている男や「なんだなんだ」と部屋から出てきた住人の視線を感じつつ長岡は靴を履き、
「お前らはぁ!せいぜいここでぇ!いかがわしいパーティーでもぉ!してろよ!みなさーん、ここのシェアハウスはぁ!乱交が日常化してるそうでーす‼︎ヤりたい放題ですってよー‼︎」
とほとんど寝静まった住宅街へ向けて大声を放った。
「AVみたいなこと!してるんですってよぉー‼︎もう建物名は『パコパコハウス』とかにしたらどうですかねぇー‼︎……ふー…ハルカ…なに、泣いてんの?」
「恥ずかしい、早く帰ろ‼︎」
「ん、じゃあなぁ‼︎パコパコハウスのみなさーん‼︎」
「直樹ぃ‼︎」
二人はそれぞれの車に乗り込んで、長岡はまた必要以上にエンジンを蒸して悠々と、遥は逃げるようにして車道へと出る。
その後レンタル倉庫にて落ち合ったら長岡は遥からめちゃくちゃに怒られ、しかし泣いて「ありがとう」と言われいい気分になった。
この日から二人は同居を開始、とりあえず期間は3ヶ月…めぼしい物件が見つからない遥は引っ越しシーズンが落ち着いてから改めて部屋を探すことにする。
家賃は折半で料理は遥が、その他の家事…主に掃除は長岡が取り仕切って上手くやっていた。
遥はこうなっても手を出されないので女性としての魅力を疑ってしまうも、美味しそうにご飯を食べて感想を伝えてくれて、まるで何年もこうしていたかの様な居心地の良さにどっぷりハマってしまっている。
キス、ハグ、長岡から許可が貰えればたまに飲酒してフェラチオなどして、もはや「ときめき」など思考の彼方へ追いやること2ヶ月…二人の生活は堂に入り、彼は遥の保護者の心持ちで過ごすことが増えた。
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