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「くあー……ふぅー……で?ケルホイ証券の男とはどうだったの?」

空きっ腹に冷水を流し込み、長岡は堪らない表情で対面の遥を見遣った。

「………連絡、つかないの」

「ふーん?」

「昨日から……体調悪いのかな、どうしよ、職場とか突撃したら嫌われるかな?」

彼女はカサカサと、スマートフォンのカバーに挿した名刺を取り出して長岡に掲げる。

「んー、そのオフィスが在ればできるだろうけどね」

「は?在るよ、名刺に住所だって書いてあるもん」

「うん、だからさ…そこにそのオフィスが在ればな?」

「なに…あんた、何か知ってんの⁉︎」

遥が急に立ち上がれば木製の椅子がガタンと床を打って、ハッと我に返った彼女はバツが悪そうに静かに座り直した。

「ソイツのことは知らねぇよ。でもそのケルホイ証券さぁ、県内の事務所は神戸に集約移転してっから、ソイツ…嘘ついてんじゃね?」

「え、でも前にカーナビで検索したらケルホイ証券支社って出てた」

「古い地図情報ならあり得るよ…お前はナビ更新しろよ」


 実際、地図作成会社が定期的に歩き回って調査はしてくれているが、媒体によっては未更新のまま…数ヶ月から数年前の情報で時が止まっていることもしばしばである。

「え、じゃあ神戸に転勤になっちゃって、連絡取りにくくなっちゃったってこと?新幹線で通ってるのかな?やだ、神戸とかハイソ~、私も呼ばれるかな、住みた~い」

「おめでたい奴だな…俺の知る限り、ケルホイが移転したのは3年は前だよ。駅前のビルだろ?あの横の歯医者に通ってたから覚えてる」

「は?古い名刺だってこと?」

遥はペラペラとそれを裏返したり縦にしたり、物理的な古さを探す。

「いや…だから……詐称されてんだよ」

「え、は?嘘?」

「そもそも偽名かも知れねぇぞ?ほら、見して」

 偽名、その男は全国的にも多い苗字で、名前もその年代に多そうな…実にベーシックな姓名であった。

「……」

「ここ、角にインク汚れあんだろ?営業の顔なんだからちゃんと印刷会社に名刺を発注すんだよ、お前も知ってんだろ?うちだって営業さんは印刷所に発注してる。こんな手落ち普通ねぇよ…家のプリンターでやってんじゃねぇかな?なんか画質も粗い」

 確かに指摘通りの黒ずみがあり、名刺プリントキットとかそんなもので印刷したようにも見える。

「……」

「んー…あ、ほら、企業ロゴの下の…キャッチコピー読んでみろ」

「なに………『This is a joke product.』………はぁああ⁉︎」

 『これはジョーク商品です。』、これは紛れもない玩具、こども銀行券とかのたぐいのものである。

「一応保険張ってたみたいだな、常習だろ」

「はぁ⁉︎はあぁ⁉︎」

「落ち着け、まぁ…1回のデートで済んだならマシだろ。金銭盗られた訳じゃなし」

「ウソ……?だって…仕事の話とか…リアリティあって…」

 額の血管が浮き上がって切れそうな遥だったが、

「お前、証券詳しいの?」

と真顔で尋ねられればしおしおとその勢いを失った。
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