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ハロウィン・ナイト
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しおりを挟む『ピンポーン♪』
ボタン式のチャイムをポンと押せば電子音が引き戸の向こうに響き、ペタペタと床を踏み鳴らして梶くんが出迎えに来る。
「おう、いらっしゃい」
「ひとりハロウィン?」
「別に仮装ちゃうよ」
今夜の彼はさながらヴァンパイア、革のライダースの襟を立て、Tシャツの首元にジャボの様に白いタオルを噛ませていた。
そして口元には真っ赤な血…ではなく美味しそうなケチャップがたっぷりと付いている。
「飛び散んの嫌やから…ナポリタン食うててん…」
「上着は?」
「寒いから着てんねん…いちいち突っ掛かんなよ」
帰宅直後の食事時にお邪魔したからこうなっただけ、梶くんは恥ずかしそうにライダースを脱いで去年プレゼントしたマイクロフリースのパーカーを羽織り直した。
「食う?」
フォークにふた巻途中のスパゲティを軽く持ち上げこちらへ見せるも、首を横にふれば
「ん、」
と笑ってズルズル一気に啜って頬張る。
ちょうだいと言えば前は嫌な顔をしたからもうその手には乗らない、好きなだけ食べて満足するといい…そのために大盛りを選んだのだろうから。
「美味い…ちょっとニンニク効いてんねんな、美味い」
今日は疲れているのか、酒よりも質量で腹を満たした彼は獣の様に大きなゲップをかました。
「あー、ええな、サイコー」
そう本心から口走る唇は紅く、化粧をした様に鮮やかに…それを舐めとる舌も挑発的で艶かしい。
誘ってる?思わせぶりなだけ?じぃと刮目すれば
「なんやねん、」
とこちらに提案させようとするのだから狡い男だ。
「呑むかと思ってつまみ持ってきた」
鞄からサラダチキンやチーズかまぼこを取り出すと、
「ヘルシーやね、ええね」
とお褒めの言葉をくれて、彼は部屋の隅の段ボール箱から酒の缶を取り出してこちらへも一本くれた。
「命拾いしたね、何も持ってへんかったら悪戯されてたで、自分」
ひひっと笑って開けた酒をひと口、その動いた喉仏を目で追い、それをアテにこちらも酒を…と思ったが衝動的に悪戯心とやらが湧き上がる。
「よばれよ」
と男が手を伸ばした先のチキンをサッと掴んで遠ざければ、
「あ?」
と目を剥いた彼はこちらを半笑い半怒りで睨んできた。
「トリック オア トリート」
ノってくれるかとそう軽快に告げてはみたが梶くんは冷めた目で一瞥して酒をもうひと口、そして
「菓子は持ってへんよ、悪戯して、」
と諸手を広げる。
ニィと上がった口角の、周りに残るケチャップの色素がハッキリと見える距離まで近付いたら最後、彼は
「トリック オア トリート」
とその唇を空で動かして、チキンを落とした手ぶらの私の腕をガシと掴んだ。
おわり
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