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2019・新春
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しおりを挟む正月セールが落ち着きつつある平日のこと。
飛鳥がパソコン教室を辞めてふた月、後任の講師の振る舞いに法人事業部所長・清里潤は頭を悩ませていた。
正確には悩んではいないのだが、どうにも日々ストレスが募る、鬱憤が溜まる、その為どうでもいい事にさえ突っかかって行ってしまう。
つまりはイライラしていたのだ。
「すみませーん、所長、いいですかぁ?」
「はい、なんですか…」
新しい講師・空知良夢は小柄な女性で、仕事は出来るが何というか…合わないのだ。
「その、上の用紙、取ってもらえますか?手が届かなくってぇ…」
「あー、はいはい…これ?はいどうぞ、」
潤は備品を入れたスチールロッカーの上へ手を伸ばし、紙で包まれた印刷用紙を1束取ってやった。
「わ、すごーい、所長だと余裕ですね、しかも片手で…力持ちなんですね、すごぉい、」
箱入りならまだしもA3の1束250枚、確かに軽いものではないが片手で下ろすくらい彼女の言う通り潤には余裕である。
「…これくらい…」
穏やかな潤でもイラッとしてしまう程に苦手なタイプ、良夢は自身の体格や弱さを主張する、「小柄な私アピール女」であった。
「次も困るだろうから、足元に置いておいてください」
「はーい、そうします。届かなくって私が困りますもんね、ふふ」
はて、教室の備品ですと先日渡したこの用紙、あの場所に置いたのは彼女自身だったはず。
「うんしょ、うんしょ、」とアニメのような声を出しながら指先で高い所へ追いやっているのを潤は横目で見ていたのだ。
「…そだねー」
潤は小学生の頃から身長が高く毎年クラスの列では最後尾、中学の運動会のフォークダンスでは数合わせで男子役に回された事もある。
高校生になって成長は止まり現在と同じ167センチ、周りの男子がメキメキと大きくなってきて、その頃初めて男女の体格差というものに触れたのだ。
「ほら、私って小さいじゃないですかぁ、世の中の家具とかって大きく作られ過ぎですよねぇ、思いませんかぁ?」
「…そだねー、じゃ、カウンター戻るから」
「はーい、ありがとうございまーす」
良夢は身長147センチ、潤とは20センチも差がある。
潤は昔からこのような…身長を引き合いに出してマウントをとる女子とは少なからず縁があったので、対処法は心得ているつもりである。
身長・服の号数・指輪の号数・彼氏のスペック…自分の努力でどうにもならない事で優劣を比べるのは実に愚かなこと、潤は「反応しない」ことで彼女たちをふんわり遠ざけてきた。
彼女のために自分を貶めることなどしない、逆に威張りもしない、一定の距離を保つことがお互いの為なのである。
・
この本店の女性スタッフで今一番小柄なのは良夢に間違いないが、彼女が来るまでにその座に居たのは黒物のコーナー長・笠置唯であった。
彼女は153センチ、明るくてハキハキと受け答えのできる3歳年下の同僚である。
潤が本店に転勤してきてからすぐの歓迎会で初めて個人的に会話をした時、唯の第一声は
「自分、べっぴんさんやなぁ」
であった。
小柄な唯に何を言われるかと正直構えていた潤は面食らい、「ありがとう」と思わず礼を返してしまう。
それを聞いた唯は歯を見せて笑い、「気が合いそうだから」と同僚の刈田美月との仲も取り持ってくれて仲良くなり、以来公私ともに交流している。
美月も165センチの中々の長身で、自分の見目の美しさには自信を持っており自虐や謙遜はしない女帝タイプの美人である。
ちなみに内面は初心で卑屈だったりしてそのギャップが可愛らしいのだが、その良さが男性にはなかなか分かってもらえないらしい。
「ミツキちゃんもったいないね、こんなにいい女なのに」
「でしょ?なんでクリスマスにひとりなのかしら…はぁ」
「気の利くええ女やのにな、ほんまに」
昨年のクリスマスはそんな事を話しながら3人で鍋を囲んだ。
自分に自信を持つ、生まれ持った自分の身体に誇りを持つ。
他者と比べず品位を落とさず…高潔な女性になりたいものだと潤は常々志している。
なので決して「私背が高いからねー、貴女は小さくて羨ましい」などと言わないし、相手の自慢に乗る事もしない。
靴のサイズを比べられようが手の大きさを比べられようが、イラッとするだけでそれ以上の感情は持たないよう心がけている。
しかし心がけるだけで、抱いてしまった感情は浄化せねばならないので、唯や美月に吐露しては共感してもらってスッキリさせているのだった。
彼女たちはパソコン教室に用事は無いし店内でエンカウントすることもほぼ無い。
徒党を組んで良夢を虐める…なんてことにならないように、潤なりの配慮はしているつもりである。
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