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22・悠一side・ヘルプコール
しおりを挟む「成田くん!」
さて昼メシでも行くかとカウンターへ下がった時に聞こえたのはお得意様・葛城吾郎さんの声、瞬時に彼女が付随してはいないかと期待して振り向けば、望み通り香澄ちゃんがそこに居て…俺は柄にも無く泣きそうになってしまった。
付き合いは時間じゃなくて深さだな、俺たちは出逢ってから半年程度だし二人きりで会った回数も3回だけときている。
でも1ヶ月前にあれだけ燃え上がったセックスを無かったことにはできない、逆に時間を置いたことで思い出は美化されつつあり、彼女の存在は俺の中でとんでもなく大きなものになっていた。
あれからあの忌々しい女はたまに俺を訪ねて退勤まで店内で粘り、渋々な俺とファミレスへ向かい弟へ電話をして…俺はそれが終わるまで1時間ほど待ってなくてはならない。
側から見れば俺たちはカップルに見えているのだろうか、片方は長時間通話中で片方は死んだ魚の目をしてストローで空のグラスに吸い付いているというのに。
気が済んだら女は勝手に帰り、俺に残されたのはそこの支払いと地味に高額な電話代と脂の付いた携帯電話で…全く気が滅入るし頭がどうにかなってしまいそうだ。
香澄ちゃんは俺に聞きたいことも無いのか手紙はあれっきりだったし、俺の休み前に同僚に手紙を託しても「来なかったよ」と休み明けに返却されるという惨めさで、このままだと心が荒んでしまう。
そんな中で訪れたハッピータイム、サプライズが過ぎるわと涙は引っ込んで、俺はしっかり仕事をした。
「そうですね、ここ…はい、そうです」
「うん…ありがとう、よーし…じゃあシャットダウンしたら帰ろうか」
「うん」
説明をしている間も香澄ちゃんはチラチラこちらを見ては少しはにかむだけで、バッグのネヤガワラキーホルダーは外されているし会話もアイコンタクトも秘密の暗号みたいなものも無い。
まさかあの女との仲を疑われているのか、マルバツの返事では不鮮明だったのか…それともよくよく考えたらセックスが楽しくなかったし固執するほどの男でもないと見限られたのか、俺の卑屈がずんずん大きくなって足元がふらついた。
「大丈夫ですか?」
「あ、はい…」
「ご飯、食べてますか?」
「あんまり…」
「これ…読んでください」
彼女は大判だがそれでも小さい付箋をぴっとカウンターの机へ貼って椅子から降り、
「…では」
と寂しげに笑って吾郎さんと出口の方へと歩いて行く。
それを剥がした俺は彼女たちがエスカレーターの向こうへ消えていくまで見送って、無線をひと言入れて昼休憩へと入った。
『今の状況がいつまで続くか分かりませんし、家などがバレるのが正直怖いです。そちらが落ち着くまで、私からの連絡は断ちます。』
「…………は」
手紙を読んで、読み返して、縦読みやアナグラムを疑い斜めにしたり裏返したりしても文面の意図する内容に変わりは無かった。
これは事実上のお別れということだろう、そりゃあ変テコなストーカーが付いている男なんか危なくて付き合ってられないよな、彼女の言うことはもっともだ。
・
どうにか仕事をこなして帰宅して、またあの女に待ち伏せされたりしてギリギリの状態で過ごすこと2週間…盆前のセールで忙しい中、休憩に行こうと歩いていたバックヤードの景色がぐるりと回って天地が分からなくなり、俺は意識を失った。
目撃した人によるとよろと壁にぶつかって、そのまま膝から肩・頭と床へ落ちたらしい。
「………」
ぼんやりとした意識の中で上司と同僚の声が遠くに聞こえて、担架で運ばれて「わぁ、初めての救急車だー」なんて目玉をキョロキョロ動かしては救命士さんからの質問にぱくぱく口を動かした。
結局俺は疲労と栄養失調と睡眠不足の合わせ技だったらしく、ひと晩入院することとなる。
久々の人が作ってくれた温かい食事、例えそれがとろとろのお粥でもありがたかった。
そしてこういう時に近場に親類が居ないのは誠に不便で、俺はとりあえず上司が届けてくれた財布を貴重品入れへ収めて仕事着のまま休むことにする。
「はぁ…だる…」
もしかして今夜もあの女が職場へ来ているだろうか、そして俺が居ないことで逃亡を疑って香澄ちゃんに被害が及んでいないだろうか、心配しだせばそれは止まることがない。
携帯電話を開いたってそこに彼女の連絡先は残っていない、万が一に備えて新しいスマートフォンの契約も結局していない。
そうだ紙に書いて残しておけば良かったなんて考えが及んだのはボロボロのスマートフォンを回収してもらった後で、気が動転すると冷静な俺でも判断力は鈍るらしい。
孤独だなぁ、明日になっても帰りたくないなぁ、指がつつつと通話履歴から弟の枠を探して止まる。
「(俺が…お前の代わりになろうとしたんが…そもそもの間違いやった)」
携帯電話の重さにも耐えられない腕ががくんと震えて、
「あ、」
俺の指先は発信ボタンを押してしまい籠ったコール音が静寂に響いた。
個室だから消灯後に通話しても迷惑ではないが弟はどう思うだろうか、あたふたしていると音が途切れて聴き慣れた声が耳に届く。
『もしもし』
「あ、陽二…すまん、掛けてもうた」
『ええよ、いつもの女やろ、代わって』
「ちゃうねん、俺が掛けてん…ごめんなぁ」
『なん…兄ちゃん、どないしてんな⁉︎』
弟においてもここまで弱った兄は覚えが無いのだろう、陽二は俺そっくりの声で慌てふためいていた。
「ちょっと…あの女のせいで…彼女に嫌われてしもてん…寝れんかって食わんかって救急車で運ばれたとこや」
『はぁ⁉︎どこ、どこの病院や、行ったる、身元引き受け人とか要るんやろ』
「要らん、明日には退院や…仕事も有給貰うてる。お前も忙しいやろ」
『行く言うてんねん、どこか教えろや、仕事なんか土日だけや、どこや‼︎』
あまりの剣幕に俺は簡単に病院名と病室番号を教えてしまい…しかし来たところで時間外だし面会もできるまい、電話を切った俺は清潔なシーツの香りに誘われふつと気絶するように眠りに落ちる。
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