俺はこの顔で愛を釣る

あかね

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23・香澄side・口福をシェア

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 成田なりたさんに大変なことが起こってるなんて知りもしない私は翌日も平常通り仕事に勤しみ、昼休憩はSNSをチェックして情報収集を行なっていた。

「お、」

 推しのネヤガワラは先週末は神戸でイベントをしていたらしい、また近隣店舗に営業で来てくれたら嬉しいな、なんて思いつつパックのカフェオレをちゅうちゅう吸う。


 成田さんに渡した手紙は少々不躾ぶしつけだったろうか、ほとぼりが冷めるまで安全のために離れたいという趣旨だったのだが上手く伝わっただろうか。

 なにぶんこちらは実家暮らしで両親も兄弟も祖父母も同居でおかしな人に突撃されては困る…私がひとり暮らしでもそれは困るのだが。

 せめてカラフルなペンで飾ったりシールでも貼れば良かったのかな、メッセージアプリやSNSに慣れてしまった私は、感情表現を絵文字に頼りきりになっていたことを痛感した。

 字数が限られているし端的にと思ったのだがあれでは伝わらないだろうな、アナログなのに文字数を考えるなんて可笑しいな、渇いた笑いを鼻から抜く。





 終業して家に帰ると途中の路地に見覚えのある車が停まっていて、運転席にはおそらく成田さんがハンドルに突っ伏して待機していた。


 狭い道なので先に行き過ぎて自宅に車を停めて、徒歩で戻って運転席の窓を叩く。

悠一ゆういちさん、大丈夫ですか?」

「……あ、あ!香澄かすみちゃん!」


 慌てて降車しようとする彼を行き交いの邪魔になるからと止めて、助手席に乗り込めば彼は以前よりやつれた頬を持ち上げて弱々しく笑った。

「車出して下さい、どこか…ていうか大丈夫なんですか?ストーカーさんは?」

「それなら大丈夫や…少なくとも今は」

「今は?」

「香澄ちゃん、前行った…パスタ屋行こ、ええ?」

「はい、はい…」

個室がいいということだろうか、私は了承して母へ夕飯は不要になった旨を連絡しておく。


 道中はぽつりぽつりと彼が最近の状態を話してくれて、そこで初めて私は彼が倒れて運ばれたことも知った。


「…、んで今朝退院してん…固形物食いたいのよ」

「無茶ですよ、油っこいのはやめときましょう?」

「和風とかなら…いけるやろ」

「せめてリゾットとか…もう…」

 彼の家で粗食を振る舞うという選択肢もあるのだが危ないのかな、白粥ならコンビニでも売っているはずだけど、でも車はずんずんとお目当てのパスタ屋に向けて進んで、駐車場に着けると彼はほんのり笑う。



「2名で」

 夕食どきとあって店内は盛況、10分ほど待っているとにんにくのいい匂いに私の胃も刺激されてぎゅるぎゅると腹が鳴った。

「腹の虫も可愛い声で鳴くねんな」

「も、ってなんですか」

「香澄ちゃんも可愛い声で鳴くやんか」

「……やだ」

 初体験から既にひと月半が経過、初めての彼氏だというのにあまり心が浮つかないのは私の性格なのか、それともストーカー騒ぎに興が削がれたからなのか。

 そういえば私この人とエッチしちゃったんだっけ、不思議と他人事な自分はたぶん恋愛体質というのではない人種なのだろう。


 席に通されて彼はタブレットでメニューを確認、

「リゾット、あれへん」

と困った顔で首を傾げる。

「…ドリアとか…オムライスとか…」

「香澄ちゃんが選んで、なんでもええ」

「えー…戻したりしたら悪いなぁ…」

「そん時は介抱して、な」

「看護はできませんよぅ…じゃあこれ、」

私は比較的薄味であろうピラフのオムライスとクリームソースのドリアをタブレットで注文し、ふわふわしている彼に代わってスープとドリンクを取りに動いた。


 トレイを持ち戻ってくると彼は席を移動しており、私には「元居た場所へ座れ」と座布団を叩く。

 まぁ想定内ですよと腰を下ろせば、彼は黙って私の肩に頭を乗せて大きく息を吐いた。

「はぁ…香澄ちゃん…会いたかったぁ…」

「はい、はい…」

「なぁ、俺、別れたないよ。絶対嫌や」

「はぁ、安全に配慮しただけで、別れるとは言うてないですよ」

「…なら言葉が足りひんやろ」

「すみません」


 むぅと口を曲げる顔は推しのそれだな、むしろ以前より似通って来ているな、告げれば嫌がるだろうか。

 きっと留守番していたわんこみたいな可愛げがあるからなのかな、ついヨシヨシと頭を撫でれば成田さんは酔いしれるようにすりすりと顔を動かして5分ほど黙り…やがて深い呼吸をしてから話し始めた。


「実は今な、陽二ようじが…ナリがこっち来てんねん」

「エ、」

「病院から電話したら終電ですぐ来てくれてな、今その…あの女…ストーカーと会うてるとこやねん」

「…だからこちらは安全だと……え、ナリさんが危なくないですか?」

「んー……あ、どうも」

料理が運ばれると彼は頭を起こして腹を押さえ、小さく手を合わせてからスプーンを焼けたチーズへ刺す。

「アイツな、彼女も連れて来てんねん、旅行がてら…んでその…3人で食事でもして、お話して満足させて、現実見したろうって。まぁファンサービスやな」

「えぇ…彼女さんも危ない…刺されたりしたら…」

「格闘技とかたしなんでるから腕に自信はあんねん。むしろナリのボディーガード的な役目よ」

「へぇ…」

 学生時代からの同級生で強くて守ってくれる彼女か、どんなラブストーリーだよと少々頭がごちゃついてきた。

「退院の手続きも買い出しも全部してくれて…その間に陽二と…久々に顔突き合わせて話してん。したらアイツ…『俺が有名人なばかりにすまんなぁ』て謝りよんねん…腹立つ…本気で言うてんねんで?ボケとちゃうの…敵わんわ」

「うん…」

「…ねたみとか…うらやむ気持ちとか…思うてたこと話してなぁ…なんかスッキリしてんな…」

「それは良かったです……ん、美味し」

 私はそれほどチーズクリームソースが好きではないけれど、濃厚な風味とピラフと巻いた卵の組み合わせは空きっ腹にガツンとハマり…話を聞きながらもスプーンが止まらない。

「香澄ちゃん、クリーム系嫌いとちゃうの?」

「好きちゃいますけど、もし悠一さんがドリアを受け付けんかった時の保険として悠一さんの好みのものを選んだんですよ。カルボナーラとか好きでしょう?」

「うん……いや、好きなもん頼んだらええのに…ははっ…できた子ぉやな…」

「食べてみれば美味しいです。シェアしましょうか」

「うん」


 私達は時間をかけて2皿を空けて、彼はさすがにデザートは無理そうだと笑うのでやめておいた。
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