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7・香澄side・非売品の価値
しおりを挟む自宅に帰りスマートフォンのメールを開いて短い文章を穴が開くほど読み返し、私はなんとも言えない感情で夕食の生姜焼きを摘む。
今朝、一応礼儀かと思って成田さんにメールを送っておいたのだがその返信は予想してなかったもので…これは実質デートみたいなことになるのかな、とじわじわむにむに口元が綻んでしまう。
カフェコーナーで話しかけてきたのは向こうだしアドレスをくれたのも向こうから。
顔を立てねばと当たり障りの無いことを書いたつもりだったのにネヤガワラのグッズなんて餌をチラつかせるのはなんともあざとい。
「初期の…なんやろ、自主制作のやつかな…ていうか何で持ってんのか聞くべき?やっぱり身内なんやろか…」
見境ないイタいファンだと思われたくないからがっつくのを抑えていたけれど、釣り糸が垂らされて美味しそうな餌が刺さっていれば私は簡単に食い付いてしまう。
私は指示通り休み予定をメールにてお知らせして、
『ほんなら2日で』
との返信に
『分かりました、よろしくお願いします』
と硬く返した。
嬉しいことは嬉しいのだがいまいち成田さんは信用できないというか笑顔の裏で人を馬鹿にしているような気味の悪さがある。
それが勘違いなら何よりだしその通りならばグッズだけ貰って離れれば良いのだし、あまり自身が傷付かない方向で事が運ぶように祈念する。
・
2週間後の昼前、私は待ち合わせ先に選んだ郊外の喫茶店にて彼を待っていた。
グッズを見せてもらうのが本旨なのでテーブルがある所、そして万が一にも豹変して手を出されては危ないので人目のある所。
でもネヤガワラファンが近くにいて群がっては困るのでパーテーションで区切られたボックス席のある所…ということで明るく広いこの喫茶店を選んだ次第である。
私はバッグにどれだけの量があっても良いようにエコバッグを入れて、さらにこちらの誠意として財布には5万円ほど過分にお金を準備して来た。
もちろんタダでグッズをいただこうなんて考えでは失礼だし「タダより高い物は無い」なんて言葉もあるくらいだ。
今の私が付き合いの浅い相手にグッズと保身に出せる金額はこれくらいなものである。
連れが来ますからと何も注文せずもじもじすること5分、
「香澄ちゃん、すまん、遅れた」
と私服でメガネなしの成田さんが現れた。
手には紙袋がふたつ、なかなかの量だと私は手持ちのお金で足りないかもと不安になる。
「あの、何にしますか」
「あ、ブレンドで」
「はい、すみませーん」
少し息を切らしている彼に代わってコーヒーを注文して、私はお冷やをぐびぐび喉へ通す成田さんをチラと盗み見した。
通った鼻筋、切れ長の目、休日だからか下ろした前髪もやはり好み…というか推しのナリに似ている。
紙袋から抜粋してグッズを並べる成田さんへ、私はもう避けられない質問を遂に投げかけることにした。
「あ、あの…成田さん、どうして…ネヤガワラのグッズをこんなに?」
「…なんでやと思う?」
「……」
どうして自分から言わないのだろう。
ここまで餌を撒いておいて…何かの戦略なのかな、でもいいか、私は目の前の未開封新品のステッカーが気になり過ぎて単刀直入に尋ねる。
「ご、ご親族ですか?ナリさんの」
「…似てる?」
そう言って笑う表情はやはり推しと同じ顔、私は顔面の表面温度がぐんぐん上昇していくのが分かった。
「……似て、ます…同じ顔…」
「せやろね。双子やから」
「あ、やっぱりそうなんですか…すごい…そっくり…」
まるで本人がそこにいるよう、画面越しではないのに私はまじまじと成田さんを見つめて、でもどこか違う気がして小さなため息が出てしまう。
「なによ」
「いえ…双子といえども、少し…ほんの少し違うというか…雰囲気でしょうか…」
「ふん…そうかぁ…まぁええわ、どれ欲しい?」
成田さんは雑にぺんぺんとグッズを叩いて、思わせぶりにこちらを覗き込んだ。
「えっと…これと、これと…あー、これはデビュー当時の宣材写真でしょうか…うわ、あ、すごい…」
「売れへんくせに勝手にサンプルようけ作ってな、在庫が実家にそのまま置いてあってん…全部あげるわ」
「え、いいんですか」
「転売とかはせんとってや…まぁ売れへんか、ひひっ」
彼は推しと同じ笑い方でグッズを紙袋に仕舞い、席に届いたコーヒーに角砂糖を3個落としてくるくる混ぜる。
「(甘党なんだ…可愛い…)」
「なん?」
「え、いえ…あの、総額おいくらくらいお支払いしましょう」
「はぁ?ええよ、こんくらいタダで」
「いえ、でも非売品ですし値打ちもそれなりかと思うんですけど」
なんせ公式でもグッズなんて出ていないのだ。
ファンがSNSに自作ネヤガワラグッズの写真をアップするくらいには皆それを渇望しているのだ。
「…こんなん欲しがる人が他にいてんの?」
「いますよ、グイグイ来てますから…それこそサインとか転売する人もいます」
「へぇ…フリマで売ってみよかな…もっと有名になるまで待とか」
「…あんまり…口外はされてないんですね」
これまでも初対面の時から言い出すチャンスはあったはず、単にファンと関わりたくないからなのかそれとも兄弟であること自体を隠しているのか。
まぁ私は学生だと思われていたくらいだから無闇に言いふらされたくないと信用されていなかったのもあるだろうか。
「そらそうよ…身内が芸人て…恥ずいわ」
「そうでしょうか」
「同じ顔やねん、しかも変なネタばっかするやろ?嫌やねん…兄弟やから嫌いちゃうけど…関わりたないねんな」
そう顰める顔だってそっくりで、でも成田さんの方が理知的でどこか冷たいような感じがした。
まぁそれは褒め言葉ではないだろうから当然言わずにおいた。
「ちなみに、成田さんはお兄さんですか?」
「そうよ、あっちは弟…悠一・陽二の成田ブラザーズよ」
どこまで踏み込んでいいものか、もう用事は済んだのだからコーヒーを飲み終われば帰れるのだが。
タダでこれだけしてもらって何もお礼をしない訳にはいかない、昼前だしランチもご一緒して奢るのが最適解だろうか。
経験少なな私には決断しきれない。
応援ありがとうございます!
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