俺はこの顔で愛を釣る

茜琉ぴーたん

文字の大きさ
上 下
6 / 30

6・悠一side・釣り餌は弟

しおりを挟む
薄くぼやけた世界は、また今日も目まぐるしくまわる。疲れきった大衆、雨上がりの雑踏、誰も私の事を気にもとめない。来るはずのない貴方を待ち続ける。ひとりだけ、この世界から取り残されたようで、酷く虚しい。
「帰ろうかな。」
そう呟いた時、目の前を見知った車が通り過ぎる。明るい橙ランボルギーニ。思わず目で追っていた。10数メートル先で止まったそれからは、その人物が降りてくる。予想外の期待に胸が小さく弾んだ。思わず水溜まりを乱す。しかし彼が駆け寄ったのはその助手席。開かれたドアからはオシャレに着飾った小柄な子が降りてきた。
「それじゃあ、また明日!」
数メートルの距離にいるはずの恋人。こちらに気づく様子もなく、2人は抱擁し合う。呆然と立ち尽くす私には、それが醜く美しいものに見えた。駅の中へと入っていく人物と、それを見送る人物。そして、それを見つめる人物。同じ舞台の登場人物なのだろうか。それとも、私はただの見物客に過ぎないのか。
「あれ、やっぱりお前だったのか。もしかして、朝からずっと?」
主人公は、真っ直ぐにこちらへと歩み寄ってくる。口ぶりからして、今日の約束は覚えていたようだ。
「あ、うん、おつかれさま。」
いつものように笑顔を向ける。
「今から帰るところ?良かったら、今からどっか行く?」
殆どの人が帰路に着く頃、あのヒロインもその中の1人だったのだろう。彼の言葉に含まれているものは残酷なものなのだった。
「でも、疲れてるんじゃないの?」
「明日も休みだし、俺は全然構わないよ。お前が嫌なら無理にとは言わないけど。」
「んーん、私も大丈夫だよ。」
違う。明日は講義もバイトもある。
「じゃあ、乗りな。」
ドアを開けてくれる。さっきまで、別の人が座っていた席。微かに香水が漂う。彼好みの甘い匂い。今日の私と、同じ匂い。
「ありがとう。」
私の笑顔の奥には、一体何が孕まれているのだろうか。車に乗り込み、シートベルトを締める。
「どこいくの?」
「いつものところ。」
「そっか。」
もしかしたらという期待も、いとも簡単に打ち砕かれる。
車窓から見える舞台裏は、疲弊仕切っていた。各々が、今日の公演を終えたのだろう。
本来なら、私の舞台も華やかとは言わずとも充実したものなはずだった。10時間遅れの開始。淫猥なシナリオ。道化は笑顔を浮かべる。
妙に肌寒いここは、メインシーンへの馬車の中だろうか。
暫くすると、見慣れた通りが見えてくる。もうすぐお城に到着だ。
「あ、そういえばさ、今日新しい服来てみたんだ!似合うかな?」
「あー、そういやそれ見た事ないな、似合ってんじゃん。」
「ありがとう!」
本当は、よく見てない事も分かっている。惨めな道化は大袈裟に笑顔を作っていた。


「あー、やっぱちょっと疲れた。」
主人公はベットに倒れ込んだ。ぐるりと寝返りをうつ。
「ほら、来いよ。」
その言葉に、ゆっくりと跨り身体を倒す。トキメキも何も無い。冷めた熱が湧き上がった。
「お前上手いよな…。」
「ふふ。」
接吻の最中、そんな会話を交わす。熱は燃え上がると同時に温度を下げていく。
「ほら、して?」
彼がゆっくり擦り付ける。ここの所の流れだ。身体を起こし、ベルトを外す。少し大きくなったそれを口に含み、舌で撫でる。徐々に大きさが増していき、腰の動きも加わった。頭を押さえつけられ、息が苦しくなる。いやらしい音が響き渡り、速度をあげていく。
「ふっ…っあぁ…。」
微かな喘ぎと共に口内に液体が放たれた。嚥下するまでは放してもらえない。残りを吸い出し、吐き気を抑えながら無理やり押し込んだ。
「…口、洗っておいで。」
「うん…。」
その後、どうなるかは分かっている。口をゆすぐと、そっと部屋に戻った。顔を覗き込むと、案の定穏やかな寝息を立てていた。
「…おやすみ。」
高揚すら覚えないそれに自嘲を浮かべながら、隣りに横になる。視界が歪んだ。
「ふっ……ぅう…。」
主人公の演劇はもう終幕だ。起こさぬよう、息を殺しながら嗚咽をこぼす。
その感情の正体は分かっていた。
私とのデートの当日、彼は他の人とずっと一緒にいたのだ。約束の10時間後にその相手と赴いた。そして何食わぬ顔で欲を満たした。そこに愛などある筈がなかった。分かっていて、‪私はそれを拒むことは出来ない。嫌いになる事すら出来ない。
私には彼しかいない。そうでは無いと、周りに目を向ければ幾らでも他の人はいると、分かっている。しかし、私の事をしっかり見てくれる人は二度と現れない気がする。彼も、1度は私を愛してくれたのだ。体調を崩した日には、泊まり込んで世話を焼いてくれた。彼が困ってる時には相談もしてくれた。頼ってくれた。私には彼以外居ないのだ。私さえ我慢すれば、私はずっと彼の舞台にたっていられるのだ。間違っているとは分かっている。それでも、またいつかを思い出す。
「いっそ、私だけを見てくれればいいのに。」
ふらつきながら起き上がる。隣で眠る彼はそれに気付く素振りもない。ゆっくりとバッグを漁った。それを手に、再び彼に跨った。
「ん…なに…。」
不機嫌そうな声。
「大丈夫だよ。すぐに楽になるから。」
振り上げた腕を下げると同時に、ゆっくりと上体をおろす。
生暖かい液体が溢れ出る。
「………!!!」
彼の唇に自分のそれを合わせる。
みると、既に眼は虚ろだった。
刺した物を引き抜くと、血潮が舞った。
衝動に駆られ、傷口に顔を埋めた。何度も嚥下する。体内に彼が入ってくる。一つになれた。本当の意味で。
熱が増し、温度が上がる。
やっと、私たちは結ばれた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

危険な残業

詩織
恋愛
いつも残業の多い奈津美。そこにある人が現れいつもの残業でなくなる

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

処理中です...