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最終章・嫁が可愛いのでなんでもできる
70(最終話)*
しおりを挟む翌年、5月吉日。
近所の写真館のスタジオにて、守谷はタキシード姿で椅子に腰掛け、未来の着替えを待っていた。
昨年約束していた結婚10周年の記念撮影、今日はその日なのである。
「ミラちゃん、どう?」
「あ、もうちょっと……あ、OK…」
「うん、見して…」
控室から合図をもらい開く扉に注目すれば、その先には純白のドレスとヴェールに身を包んだ美しい妻の姿があった。
「あ、」
「ママ!キレイや!お姫様みたいやん‼︎」
「ほんまに、ミラちゃん~キレイやでぇ、10年前よりも女性らしなったわ、なぁ春馬!ボーッとしとらんとなんか言うたりや!」
咄嗟に思い付く褒め言葉は息子と母に言われてしまった。
守谷は唇を噛み込み妻へ近付き、悔し紛れにその耳元で
「かわいい。自慢の嫁さんや」
と囁いて未来を赤面させる。
「嫌や…もう…」
「ん、早よ撮ってもらお、泣き出したらあかんから」
守谷は備品の揺りかごに置かれて寝息を立てる娘をチラと見遣り、スクリーンの降りた壁際へと進んだ。
「ミラちゃん…授乳期で助かったな」
「何がやの…失礼やな…まぁ…おかげさんでドレス着れたけど…」
絶賛授乳期中の未来はその胸が2カップほどサイズアップしており、インナーの支えもあって実に自然にドレスに体が収まっている。
「そうやなくてもドレス着てもろてたけど…うん、今しかないこの感じがええわな、キレイや」
「おおきに……ハルくんも……カッコええわ」
「さよか、今年の年賀状はコレにしよか、」
「うーん」
カメラと照明を調整している間に夫妻はそんな会話をして、数枚撮影したところで娘の泣き声がスタジオ内に響いた。
「あ、なっちゃん起きた…どうしよ、最後全員で撮る?」
「この前百日でも撮ったやんか…まぁええか、ん、抱っこしよ」
「よーしよし、もう終わるからね、あ、みんな入って、」
普段着の母と制服の息子、顔を真っ赤にして泣く乳児、守谷夫妻は笑顔で、最高に幸せな瞬間を写真へ収めてもらう。
・
「よしよし…よく我慢したね、ん、飲み飲み…」
「もう守谷さん達が最後やから、急がんでええからね。お乳終わったらまた呼んでな、出てるから」
「はい、すみません、」
控室でドレスを脱がせてもらい、ウェディングインナーにスカートというあられもない姿で未来は娘へ授乳する。
同じく普段着に着替えた守谷は横に座り、慈悲深い目でそれを眺めていた。
「…ミラちゃん、写真撮ってええか?」
「あかんよ、やらしいな」
「エロいとかそんなんやないねん……キレイやから」
聖母か女神か、アップにした髪と白い下着、穏やかな顔つきで乳をやる妻は厳かで逞しく神々しい。
「撮ったらあかん……でも見て、憶えとってや、」
「うん…」
扉の外、スタジオでは菓子を貰いキャッキャと笑う息子の声と、数十年来の付き合いの店主と談笑する母の声が漏れ聞こえてくる。
守谷はふとドレッサーの横のカレンダーに目を遣り、多忙でどうもズレている日にち・曜日感覚を修正した。
「……金曜…」
そうか、すっかり産後慌ただしく忘れていたが夫婦のラブタイムが取れる日…離乳食が始まって娘の夜の寝つきが良くなった今なら…どうだろう。
んぐんぐと必死に吸い付き栄養を摂取する娘を頬杖をついて見つめる守谷、その目線は次第に上へ、娘を見守る妻の顔へと注がれた。
「ミラちゃん、愛してる」
「なんやの、急に」
「またこれから10年、よろしく頼むわ」
「うん、そりゃもちろん…どないしてん?センチメンタルってやつ?」
「うーん……すっかり忘れててんけどさぁ、」
「ん?」
「今日、金曜日やんな、」
「せやで?うん……なに……ゎ、」
娘が腹を膨らしてそのつぶらな瞳を閉じれば守谷は可憐な未来の視線を独占し…
「愛してる…今夜、抱くから」
と囁いて口付けをして、妻を女の顔にさせた。
おしまい
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