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七話 濡れ衣を晴らすために

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「リリーさん!もう一曲弾いて~」
「私、英雄の行進がいい!」
「それは昨日歌ったでしょ。今日は違うのがいいよ」
 子供達の元気な声が微笑ましい。

 教会兼孤児院、セラス教会にお世話になってから一ヶ月が経とうとしていた。
 来た当初は体調を崩してしまい、ベッドで1日を過ごすことが多かったが、昨日までゆっくり休むことが出来たお陰で、今は元気に動けている。
 現在は孤児院の広間にある、古いピアノを子供達にせがまれて弾いている最中だ。

 貴族令嬢の手習い程度に弾ける実力だが、子供達にとても喜ばれている。
 純粋な瞳を向けられると、ピアノを弾く指が弾んでしまう。

「オーウェン、剣の稽古をつけてくれよ!」
「俺は体術がいい!」
「わかった、わかった。仕事が一段落したらな。ほら、水をこぼすなよ」
 シャンドリー卿と、男の子二人が水バケツを持って入ってきた。台所に向かっている。

 シャンドリー卿の怪我はすっかり良くなったらしく、現在は雑用などを率先して行っているらしい。子供の扱いも上手くて、見かける度に子供達と楽しく接している様子を見る。
 一人の男の子に肩車をしたら、殆どの子供に「自分にもやって」とせがまれて、長い時間肩車をさせられていたわ。
 最後には「勘弁してくれ~」って、大の字で倒れていた。微笑ましかったわね。

 彼は……誰にでも優しい。

 体調が回復し、昨日彼に面会を申し込むと、彼はすぐに私を訪ねてきた。
「体は大丈夫ですか?」
「何か必要な物はありませんか?」
 など、私を気遣うばかりだった。

 エドワードと私の問題に巻き込んでしまったことを謝ると「奥様が悪いのではないのだから、謝らないで下さい」と、彼の方が恐縮していた。
 そして……彼もシャンドリー子爵家から除籍されていた。
 伯爵家から追い出され、大聖堂に行ったときに『二人とも貴族ではないから』と入ることを拒否されたとき、薄々……そうだろうと思っていた。

 本当に申し訳ない……。

 彼は――
「母は子爵家の平民メイドでした。幼い頃は奥様や兄妹達に『使用人の子』と虐げられ、貴族の生活などしたこともありません。剣術も冒険者ギルドの無料稽古で覚えた程度です。唯一子爵家の名前があって良かったことは、成人前の12歳の時にローゼンタール伯爵家の騎士団採用試験を特別に受けられたくらいです。あっ、もちろん、試験を受ける権利を得ただけで、採用試験は実力を認められたからですから。本当は……冒険者になりたかったのですが、母に反対されたんです。冒険者はその日暮らしで安定しないし、全て自己責任なので、実力のない冒険者は命を落としたり、体に障害を残すものが多いですからね。まぁ……その母も15を迎える前に他界したので、子爵家にも、伯爵家にも未練はないので気にしないで下さい」
――と、笑って話してくれた。

 そして、
「奥様はこれからどうするのですか?」
 私の事ばかり心配してくるのだった。

「私の事は気にしないで。これからどうするかは……まだ決めていないけど、ローゼンタール伯爵家に戻りたいとは思ってないわ」
「離婚を受け入れると言うことですか?」
「えぇ。ただ、離婚を受け入れるんじゃないわ。私が離婚をしたいの」
 こんな仕打ちをされて、彼と寄りを戻したいなんて思わないわ。子供を育てる上で、『父親』が居た方が経済的・子供の心情的に良いのはわかる。
 でも、あんな父親はいらない。

「この子と二人で生きていくわ」
 胸に抱く娘に優しく微笑むと、娘はじっと私の顔を見た。
「この子を幸せにする。その為にも、不名誉な濡れ衣を晴らしたい。ただ、どうすれば良いかわからないけど」
 我ながら無計画な思考だと、苦笑いが漏れる。
 そもそも、王都全体と敵対しているような状態で、平民になった身で何が出来るかしら……。
 
「それなら、力になれると思います」
「え?」
「知り合いに、こういった問題を取り扱うヤツがいるんです」
 シャンドリー卿の申し出に驚いた。
 彼が協力してくれると考えていなかったからだ。

「それは……助かるわ。でも……」
 また彼に迷惑をかけてしまう。

「自分も、やられっぱなしは性に合いません」
 彼は悪戯っ子のように笑った。
「自分達をハメたヤツの顔は拝みたいじゃないですか。そんでもって、その鼻っ柱を叩き折りたいです。伯爵家にも、子爵家にも未練はありませんが、慰謝料くらいガッツリもぎ取りたいって思ってます。奥様はどうですか?」
 お人好しなイメージが定着していたシャンドリー卿の意外な言葉に呆気にとられたが、同時に面白くなってしまった。
 
 ギャップかしら?
 うん、そうね。

「フフッ」
「あれ……。何か変な事を言いましたか?」
「いいえ。そうじゃないの。ただ、面白いなって思って」
「面白い?」
「えぇ。シャンドリー卿は寡黙な人だと思っていたし、今回の事ではお人好しな一面ばかり見ていたから、『慰謝料をガッツリもぎ取りたい』ってなんだかギャップが大きくて。ふふっ、ごめんなさい」
 私がクスクス笑っていると、シャンドリー卿もつられて笑いだした。

「シャンドリー卿が言うように、私も『慰謝料をガッツリもぎ取りたい』わ。お金さえあれば、何処でだって子育ては出来ると思うの。それこそ長閑な田舎に行って、空気のよい環境で子育てするのも悪くないわ」
「あっ、それはいいですね。のんびりとした時間に魚釣りをして、取った魚はその場で捌いて塩焼きで食べる。最高ですね」
「まぁ、素敵だわ!」
 少年のような笑顔を見て、また知らなかったシャンドリー卿の一面が知れて笑顔がこぼれる。

「その為にも、証拠と仲間を集めないといけませんね。俺の方は弁護士の友人と、王宮騎士団にいる友人、冒険者ギルド長に事情を話して秘密裏に調査をします。奥様も誰か力になってくれる人はいませんか?」
「力になってくれる……。実家も秘密裏に調査してると思うけど、表立って接触は出来ないわ。兄の奥さんの実家、ハーバイン商会なら話を聞いてくれると思うけど、こちらも直接接触するわけにはいかないわ」
「ハーバイン商会とは、すごいところに繋がりがありますね」
「え?」
「ハーバイン商会は、冒険者内で一目おかれている情報屋ですよ」
「そうなの?」
 
 普通の商会だと思ってた……。

「あっ、裏情報とかじゃないですよ。景気の良い店とか、今後値が上がりそうな商品とか、人気が出そうな物、場所など、おそらく細かな統計をつけて情報を売っている店です。ハーバイン商会がつぎに人気が出るって発表した商品は必ず売れるので、その素材を冒険者達は早めに採取しに行ったりします。ハーバイン商会の情報を知ってるか知らないかで、冒険者内の稼ぐ額に大きな差が出るんですよ」
「へぇ~」
 確かに、マディヤ姉さんは博識だし、プレゼントに流行する直前だった柑橘系の香水を贈られた事があったわ。

「友人を通して連絡を取ってみましょう。ハーバイン商会なら良い情報を得られるかもしれません」
「えぇ。急いで商会への手紙を書いて渡すわね」
「ありがとうございます」

 そうして、私達は不名誉な濡れ衣を晴らすために動き出すことにした。
 余談だが、この事態がおさまるまで教会に居させて欲しいとシスター・ハンナに話したら、快く承諾してくれた。
 その際『お互い貴族籍を抜けているのだから、呼び方を改めた方が良いのではないかしら?』と言われ、それもそうだと思い、私はシャンドリー卿を『オーウェンさん』と呼び、彼は奥様から『リリーシアさん』と呼び方を変えた。

 かくして、濡れ衣を晴らす為に、私達は動き出したのだった。 
 
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