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第二章
三話 少年医師 その一
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「小毛が連れて来てくれたのね」
そう言って、あのむくむくの犬を撫でる鈴花にはだいぶ少女らしい可愛らしさが備わっていた。そのせいか、張弦のそばに立つ少年を見ると急にほおを赤らめた。
「あの……この方は……?」
真っ赤になりながら尋ねる姪に、張弦は苦笑した。いくら下男の格好をしていても、土に汚れていても、その美しい高貴な顔立ちは隠せないようだ。それに気づいていないのか、淑は鈴花に近づく。
「わたくしは子恩、張殿の下男にございます」
淑は自分のあざなをいうと、まるでどこかの姫に対してのようにひざまずき、苑国風の礼をする。ついに鈴花の顔が火を吹くかと思うほど赤くなり、むくむくの犬の影に隠れた。張弦は思わず声に出して笑う。
「おいおい、それはやりすぎだ」
何がやりすぎなのかよくわからない様子の淑に、張弦はまた笑いながらもその体に手をかけ起こしてやる。
「こいつは鈴花、俺の兄の子だ」
途端に淑がその薄茶色の瞳を伏せた。自分の母親が理由で亡くなった男の娘ということに気づいたのだ。張弦はつい気にするなとばかりに淑の背中に手をやる。そしてふと思う。
なぜ俺は家族の仇の子を連れて来てしまったのだろう……
それは自分自身がこの少年を見る目が変わってきているからだ、と張弦は気づいた。一緒に山猫が通った地下道を通り礫の村から自らの家族が住まう隠れ里を探し当てるだけの知恵を持った少年は、雪のように白く美しくはかなげな仇の子とは別人に見える。
兄に一番近かった義姉はどう思うだろうか?
いやそもそも仇の子は報復を受けるべきなのか?
するとその義姉の懐かしい声が聞こえた。
「思源!」
張弦のあざなを呼んだのは、背の高い、きりりとした顔立ちの女性だ。あいかわらず大きく利発な目が笑っている。
「義姉上!」
張弦は戸口へと駆け寄る。前会った時より、ふっくらとしているようでほっとする。しかし、彼女はなぜか戸口のところで立ったままだ。その目にふと戸惑いが見える。張弦はすぐにその理由がわかった。
「まだ、あいつがいるのか!」
張弦は声を荒げ、義姉を押しのける。
「待って!」
そこには、細面の顔に、薄い唇、すっと筆を走らせたような眉と目をした男が布団の上に正座していた。
「日栄、お前、まだ世話になっているのか!」
男の目に一瞬怯えがみえた。しかしすぐに、それはここを動かないとばかりの強い意志に変わる。
「しかたがないのよ、栄さんは……」
義姉が間に入り、とりなそうとする。
しかし、男の諱を呼んだ義姉に、張弦の怒りが増す。苑国で、相手の諱を呼べるのは目上のものか、または配偶者だ。この家に帰ってこなくなった理由はこの男だ。
もちろん自分が口を出せることではないとはわかっている。苑国はよほどの地位にない限り、再婚を許されているし、兄を亡くして十年、義姉が新しい伴侶を迎えてもしかたがない。
しかし、こいつだけは……
ぎりっと歯をかんだその時、淑が突然飛び出してきた。
「張殿!」
そして初めて見る厳しい目で張弦を見据える。
「いくら張殿でも病のものをそのように扱うのはわたくしが許しませぬ!」
「えっ?」
「早く横に」
張弦が驚くいているのも構わず、淑は日栄を床に寝かせる。そして義姉に尋ねる。
「いつから熱が?」
「数日前からです、それから咳が出るようになって……」
「わかりました。失礼いたします」
淑はそう言うと、ふところから濃紺の袋を取り出した。そしてさらに中から白い布を取り出し、手にはめる。その状態で、布団に寝た男の着物をはだけた。さらに胸、脚の裏側と調べていく。さらには胸に耳を当て音を聞いているようだ。鈴花が驚いて張弦に尋ねる。
「叔父上の下男は、お医者様なの?」
「どうやらそうらしい」
張弦も淑のまた新たな一面に驚く。淑はやっと顔を上げると、義姉に向かって微笑む。
「わたくしがわかる限りですが伝染病ではなさそうです」
「ただ肺の音が気になります、鶏汁など食べやすく滋養のあるものをどこかで作ってもらうことはできますか?」
義姉は、突然現れた少年医師にただただ驚き、頷くばかりだ。
「それから、念の為、義姉上殿と、お嬢様は、もし他の方の家に泊まることができるならの方が良いかと」
淑の言葉に、張弦が不機嫌になる。
「俺は残れということか?」
すると、淑はきっと張弦を睨んだ。
「もし兵で病が出た場合どうする?一番体力のあるものが看病するのはあたりまえであろう」
淑の言葉使いが完全に皇子、いや医者のそれになっている。しかし、張弦はその勢いに気圧され尋ねた。
「じゃあ、俺は何をすればいい?」
「まずは地下水があるなら湧き水もあるはず」
義姉がうなずいた。淑が張弦を見た。
「張殿はそれをなるべく多く汲んでこちらに運んで来てください」
「それから、なるべく強い酒を」
今の淑の声と目には、誰にも逆らわせない強さがあった。
そう言って、あのむくむくの犬を撫でる鈴花にはだいぶ少女らしい可愛らしさが備わっていた。そのせいか、張弦のそばに立つ少年を見ると急にほおを赤らめた。
「あの……この方は……?」
真っ赤になりながら尋ねる姪に、張弦は苦笑した。いくら下男の格好をしていても、土に汚れていても、その美しい高貴な顔立ちは隠せないようだ。それに気づいていないのか、淑は鈴花に近づく。
「わたくしは子恩、張殿の下男にございます」
淑は自分のあざなをいうと、まるでどこかの姫に対してのようにひざまずき、苑国風の礼をする。ついに鈴花の顔が火を吹くかと思うほど赤くなり、むくむくの犬の影に隠れた。張弦は思わず声に出して笑う。
「おいおい、それはやりすぎだ」
何がやりすぎなのかよくわからない様子の淑に、張弦はまた笑いながらもその体に手をかけ起こしてやる。
「こいつは鈴花、俺の兄の子だ」
途端に淑がその薄茶色の瞳を伏せた。自分の母親が理由で亡くなった男の娘ということに気づいたのだ。張弦はつい気にするなとばかりに淑の背中に手をやる。そしてふと思う。
なぜ俺は家族の仇の子を連れて来てしまったのだろう……
それは自分自身がこの少年を見る目が変わってきているからだ、と張弦は気づいた。一緒に山猫が通った地下道を通り礫の村から自らの家族が住まう隠れ里を探し当てるだけの知恵を持った少年は、雪のように白く美しくはかなげな仇の子とは別人に見える。
兄に一番近かった義姉はどう思うだろうか?
いやそもそも仇の子は報復を受けるべきなのか?
するとその義姉の懐かしい声が聞こえた。
「思源!」
張弦のあざなを呼んだのは、背の高い、きりりとした顔立ちの女性だ。あいかわらず大きく利発な目が笑っている。
「義姉上!」
張弦は戸口へと駆け寄る。前会った時より、ふっくらとしているようでほっとする。しかし、彼女はなぜか戸口のところで立ったままだ。その目にふと戸惑いが見える。張弦はすぐにその理由がわかった。
「まだ、あいつがいるのか!」
張弦は声を荒げ、義姉を押しのける。
「待って!」
そこには、細面の顔に、薄い唇、すっと筆を走らせたような眉と目をした男が布団の上に正座していた。
「日栄、お前、まだ世話になっているのか!」
男の目に一瞬怯えがみえた。しかしすぐに、それはここを動かないとばかりの強い意志に変わる。
「しかたがないのよ、栄さんは……」
義姉が間に入り、とりなそうとする。
しかし、男の諱を呼んだ義姉に、張弦の怒りが増す。苑国で、相手の諱を呼べるのは目上のものか、または配偶者だ。この家に帰ってこなくなった理由はこの男だ。
もちろん自分が口を出せることではないとはわかっている。苑国はよほどの地位にない限り、再婚を許されているし、兄を亡くして十年、義姉が新しい伴侶を迎えてもしかたがない。
しかし、こいつだけは……
ぎりっと歯をかんだその時、淑が突然飛び出してきた。
「張殿!」
そして初めて見る厳しい目で張弦を見据える。
「いくら張殿でも病のものをそのように扱うのはわたくしが許しませぬ!」
「えっ?」
「早く横に」
張弦が驚くいているのも構わず、淑は日栄を床に寝かせる。そして義姉に尋ねる。
「いつから熱が?」
「数日前からです、それから咳が出るようになって……」
「わかりました。失礼いたします」
淑はそう言うと、ふところから濃紺の袋を取り出した。そしてさらに中から白い布を取り出し、手にはめる。その状態で、布団に寝た男の着物をはだけた。さらに胸、脚の裏側と調べていく。さらには胸に耳を当て音を聞いているようだ。鈴花が驚いて張弦に尋ねる。
「叔父上の下男は、お医者様なの?」
「どうやらそうらしい」
張弦も淑のまた新たな一面に驚く。淑はやっと顔を上げると、義姉に向かって微笑む。
「わたくしがわかる限りですが伝染病ではなさそうです」
「ただ肺の音が気になります、鶏汁など食べやすく滋養のあるものをどこかで作ってもらうことはできますか?」
義姉は、突然現れた少年医師にただただ驚き、頷くばかりだ。
「それから、念の為、義姉上殿と、お嬢様は、もし他の方の家に泊まることができるならの方が良いかと」
淑の言葉に、張弦が不機嫌になる。
「俺は残れということか?」
すると、淑はきっと張弦を睨んだ。
「もし兵で病が出た場合どうする?一番体力のあるものが看病するのはあたりまえであろう」
淑の言葉使いが完全に皇子、いや医者のそれになっている。しかし、張弦はその勢いに気圧され尋ねた。
「じゃあ、俺は何をすればいい?」
「まずは地下水があるなら湧き水もあるはず」
義姉がうなずいた。淑が張弦を見た。
「張殿はそれをなるべく多く汲んでこちらに運んで来てください」
「それから、なるべく強い酒を」
今の淑の声と目には、誰にも逆らわせない強さがあった。
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