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ノるの? ノらないの? 6

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~小林side~


酔いがさめてきたのかを問えば、酔いがさめててほしいのか、そうじゃないのか。そう聞かれ。

その問いへ、俺にどっちだったらいいと逆に質問をしてきた。

逆に問われたことで、遠い昔、一葉に言いかけられた言葉を同じように呟きかけた俺。

答えを聞いて、未来が変わる希望がないのにと思っていたようなことを言ってたっけ。アイツは。

俺は? 俺は、水無瀬さんに「それを聞いて…」と言いかけて飲み込んだ言葉の先は、なにを望んでいた?

ただ、普通に話が出来ればとは思っている。それが酔ってても酔っていなくても。

水無瀬さんは、黙って俺の答えを待っている。

言いかけた言葉は置き去りにして、違う言葉を探す。

「あ…の、体、大丈夫なんですか?」

でも思ったよりどうでもいい言葉しか出てこなかった。ダメだ、俺。

ぎこちなく笑いかけながら話しかけた俺に、すぐに返事はしないで、一口コーヒーをすすってから。

「大丈夫じゃないって言ったら、介抱してくれるの? さっきみたいに」

意味ありげにすこし口角を上げて、微笑みながら呟く。

「そりゃあ、具合悪そうだったら介抱くらい……。普通じゃないですか? そういうの」

視線を合わせにくくて、視線を落として同じようにコーヒーをすすり飲む。

「コーヒー、口に合ってるみたいでよかった。他にもいろんな豆があるから、飲みたかったら言って? 淹れるからさ」

「あ…はい」

話すよりもとグイグイ飲み続けていけば、あっという間にコーヒーはなくなっていく。

そりゃ、そんなこと言われるわけだ。

カップをテーブルに置き、キッチンの方へと歩いていく水無瀬さん。

「ちょっとだけ吸わせてね。換気扇のとこで吸うからさ、ね?」

そう言ったかと思うと、パチンと換気扇のスイッチを入れてタバコに火をつけた。

俺はというと、ほんのちょっとしか残っていないコーヒーをいかにも残っています感を出しながら飲んでいるふりをしていた。

「で、泊まっていくよね? さっきお誘いしたの、ナシになってる? もしかして」

タバコをくゆらしながら、ニッコリ笑いつつ、念押ししてくる。

「泊らないって言ったらどうなりますか」

一応…と聞いてみたら、それへの返事はすごく短くて。

「どうにも?」

「どうにも?」

「そう。どうにもならない」

「…どうにも? って、どういう意味ですか?」

困ったように眉間にシワを寄せながら聞き返せば、水無瀬さんはタバコの火を消しながら。

「だって、決定だもん。小林くんは、今日、俺と寝るの。はい、終わり。…ね?どうにもならなかったでしょ?」

なんて、どこか楽しげに笑いながら近づいてきた。

(え? 決定事項? さっきの。俺、泊まるって言ってないんだけど、なんでそうなった?)

わかりやすいくらいに、顔をこわばらせた俺を見て、ふ…と笑ってから。

「飲み干したみたいだし、他の豆も飲んでみる?」

水無瀬さんはこっちの動揺なんて気づかないふりして、普通の話を振ってきた。

どうせこの後なにをどういったところで、きっとお泊りなんだろう。

「……水無瀬さん、やっぱり酔ってますよね?」

酔っていると願いたい。酔ってなきゃこういうことをしない人だと思いたい。

「ふふ。……どっちだといいの? 小林くんは」

またこの話に戻ってきてしまう。

だから、答えを出そう。

「出来れば酔っててください。それで、アルコールが抜けたらいつもの水無瀬さんになっててくださいね?」

って。

願いを込めてそう返した俺の言葉に、水無瀬さんが「ふーん」と面白くなさげにわかりやすく口を尖らせる。

「え。なんですか、そのリアクション。拗ねるようなこと言いましたっけ? 俺」

本当につかめない人だ。

「別にいいけどさ、小林くんの中で通常時の俺がずいぶんといい人間みたいで、ちょっと妬けるね」

その言葉にまた困惑する。

「妬け……? え? は? どこに妬けるんですか? 本当に酔ってますね、水無瀬さん」

戸惑いの気持ちそのままを言葉にすれば、水無瀬さんがさっきとは違う豆を取り出して挽き始めた。

「酔ってませんけどぉー」

とか言いながら。

「酔ってる人がいいそうな常套句じゃないですか、それ」

「酔ってないからね、俺は」

「あぁ、はいはい。わかりましたから。……泊まりますよ、今日。それでいいんですよね?」

「そ。小林くんは、俺と寝るの。ね? ……っと、小林くん、数滴とかならお酒平気? 数滴もダメかい?」

お泊り確定の話と同時に、なぜか酒の話になる。

「数滴なら多分大丈夫かも…だけど、本当に数滴なんですか?」

「うん。多く入れたらコーヒーが台無しになるから。ちゃあん…と、数滴だよ。なんなら、こっちにおいでよ。入れるとこ見ててもいいから」

どうやら豆だけじゃなく、さっきとはまるっきり違うテイストになるみたいだ。

おいでおいでと手招きされて、キッチンの方へと近づいていく。

水無瀬さんは棚の方から一つの瓶を取り出して、そのふたを開けると匂いを嗅いだ。

すこし離れた場所からでも、かすかにそれっぽい香りがした。

「ラム酒っていってね、これをちょっとだけ入れて飲むと大人のコーヒーになるんだよねぇ。受験の時期にこれ飲んで乗り越えたんだー、俺」

大人のコーヒーのくだりまではよかったのに、その後がうなずけない。

「それって、未成年者の飲酒……」

「え? いや? 違う違う。数滴だよ? す・う・て・き! ね?」

「ね? じゃないですよ。親は止めなかったんですか?」

「親? えー…知らなかったと思うよ? 数滴くらいじゃ、父親もわからなかっただろうし。そもそもで、なかなか顔を合わせることないくらい忙しい人だったから。母親は早くに亡くなったしね」

「え…あー…そう…なんで、すか」

聞いちゃダメだったんじゃないか? もしかして。

「あ、気にしないでいいよ。親と仲が悪いとかどうとかってのもないし。互いに適度に放置が気楽だったから、そうしていただけだし。成人してからは、一緒に飲んだことがあるくらいだから、親子仲は悪くない方じゃないかな? それよりも、年内に妹が結婚しちゃうから、父親はそっちの方が寂しいかも」

なんて話しながら、コーヒーに数滴のラム酒をたらす。

クルッとスプーンで数回軽く混ぜてから、俺にどうぞと差し出した。

取っ手を持って、水無瀬さんがやっているように匂いを嗅いでみる。

コーヒーの香りの間にかすかに鼻をくすぐるように、ラム酒の匂いがする。

「…へぇ。面白い」

とか呟いてから、コクッと一口。

飲んで、鼻から外へと抜けていく二つの香り。

「……いいですね、これ。本当に大人っぽい」

「でしょ? 受験じゃなくても、急になんとなく飲みたくなるんだよね、こういう変わり種っていうの? そのうち機械も買ってさ、家でいろんなコーヒー淹れてみたくって」

うんうんと相槌を打ちながら、コーヒーを飲んでいく。

どっちから声をかけるでもなく、コーヒーを手にしてテーブルの方へと移動していた。

「そういえば、小林くんちの事情ってのは聞いてもいいもの? ダメなもの?」

偶然だとはいえ、水無瀬さんの家族構成を聞いてしまった。

「あー…っと、ですね。話せる範囲だけでもいいですかね? ちょっとめんどくさくって、ごちゃついてて」

とか言葉を濁して、言える範囲を話していく。

母子家庭だったこと、自分の体のことと、医者の義父との出会い。

「…へぇ。担当医が、父親に? で、再婚してあっちに兄弟は?」

と聞かれた瞬間、わかりやすく顔が強張ったらしい。

「いるけど…うまくいってなさそうだね。…妹? 弟? それとも、上に出来たの?」

の、問いに「弟です」とだけ返して、あの夜から最近までのことを思い出してしまう。

ただ、思い出しただけだったのに。

「恋愛感情、あり? なし?」

主語を抜きで、また質問されてしまう。

いうわけにいかない。弟との関係を。あの夜から今日までの自分のことを。

「んーーーー…………、あり…は、アッチ、かな? もしかして」

俺をまっすぐ見据えるようにして、まるで占い師みたいなことを呟く水無瀬さん。

俺は人よりも人生経験が圧倒的に足りないんだろう。

「…ふ。……顔に、出過ぎだよ? なぁに? 弟と寝たとか?」

そう言われて、体がビクンと一瞬動いてそのまま固まる。

正確には、弟にヤられた…なんだけど。寝たといえば、寝た…ような。

「ふぅん。経験ないわけじゃないんだ。…彼女とかいなさそうだったから、てっきり経験ナシかと思ってたのになぁ」

その言葉に、即・反応してしまうのも、経験値の少なさゆえ、か。

「違う! 俺は童貞です!」

と、深夜に会社の上司の家で公言してしまうのも。

その俺の叫びのようなそれに、上司がこんな言葉を返してきて、真っ赤になるのも。

「じゃあ、俺にノってく? 俺、上手いし、どっちでもイケるよ?」

そういってから立ち上がり、テーブルの反対側の俺へと近づき左斜めの場所に立ち。

「試したいなら、貸すよ? 体」

なんて言いながら、体をお辞儀するように折ったかと思えば、唇を重ねてきた。

触れるだけのキスを数回して、ポカンとした俺の隙を狙ったかのように、唇の間から舌先を差し込む。

「ん…っ」

声にならない声がもれて耳に入るのに、不思議な気持ちになっていく。

(……どうしてだ?)

弟とした、あの夜のキスとは違うんだと理解する。

弟も水無瀬さんも、どっちも男なのに。

弟に感じたものとは違う感情が、胸の奥の方にある気がする。

「ね。俺の舌、自分の舌で追いかけて…捕まえてよ」

囁くように、俺へとキスの仕方をレクチャーしていく水無瀬さん。

イスに座ったままで、受け入れるだけのキスだったのに。

どちらからともなく、立ち上がり、抱き合いながら夢中になって互いの舌先を追いあう。

静かな部屋の中で、絡まり合う唾液の水音と息継ぎを忘れたように乱れた呼吸の音が響く。

「ふふ。…じょーず…」

終わらないキスの中、体には自覚せざるを得ない変化が起きはじめていた。

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