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一章 グリーン・ライフ

第1話

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 土砂降りの雨の中を男が1人、のんびりと夜道を歩く。

「あ~、折りたたみ傘じゃちとキツイな」

 安物の携帯傘は早くも限界のサインを発していた。だが男は気にしない。むしろ壊れた方が面白くなるかもしれないと半ば思い始めていた。

(突然の雨は非日常の始まりっとな。…ああ嫌だ。いつから俺はこんなロマンチストになっちまったんだかね)

 男は変化を求めていた。延々と続く、この退屈な日常を変えてくれる何かをだ。

(…ん?)

 男のポケットがブルブルと振動する。

「現場からか?なんか忘れ物でもしたかな」

「…あ?なんだこれ」

 日雇い先からの連絡だと決めつけていた男の手がフリーズする。そこにはデカデカとした文字が表示されていたからだ。

<退屈を嫌うお前へのプレゼント。せいぜい楽しめ>

 そのメッセージの下部には見覚えがないURLへのリンクが記載されていた。

「おいおい勘弁してくれよ。スパムか何かか?」

 今時小学生でもこんなものに引っかからないだろうという愚痴と共に、男の指が削除のボタンに触れようとした。だがそこで男の指が止まる。

(…気になるな)

 退屈というキーワードが男の心を捕らえて離さなかった。

「…まあ、盗られて困るような情報なんて俺には無いしな」

 ほんの少しの思考の後に、男はリンクをタップした。それから一瞬でスマートフォンのメイン画面にアプリが追加される。

「アプリゲームか何かか?えっと、アプリ名は<孤独の栽培人>…なんかヤバい名前だな」

 それも悪くはないかと男のテンションが上がっていく。

「我が事ながら、病んでるとは思うけどね~」

 それでもワクワクする心は止める事ができない。男は久しく感じる事がなかった高揚感を味わっていた。

「らっしゃせ~」

 やる気を感じさせない声に迎えられて男はコンビニに訪れる。気分が高揚しても人は食欲に逆らう事はできない。半額に値引きされた総菜弁当を手に取り会計を済ます。

「ありあした~」

 そして日本語かどうかも怪しい声に見送られ男は帰宅を急いだ。


「ただいま~」

 パチッと手慣れた手つきで男が電灯のスイッチを入れる。1R、家賃3万5千円のこのボロアパート。この場所が金本大助の生活拠点だ。当然のことながら返事をするような同居人など存在しない。これは大助が昔から続けている習慣のようなものだ。特段気にするような情報ではない。

 1Rと言えば狭いという考えが一般的ではあるが、実際は物件により様々だ。大助が暮らすこの部屋は風呂、トイレ、シンク、洗面所が完備されている。独り身ならば不便は感じないと言ったところだろう。
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