所詮、狗。

はちのす

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対峙

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現場写真の複製は『撒き餌』だ。
ご遺体も映り込んでいない、何の変哲もない公園の暗がりの写真だが、どこか薄気味悪い情景がこの件の関係者には空恐ろしい知らせとなる。

だからこそ、あの写真を見た時の反応を間近で確認しなければならない。

(……鬼が出るか、蛇が出るか)



タンッ、タンッ……

身を隠して数分経っただろうか。
逸る心情とは裏腹に、階段をゆったりと降りる音が響き始めた。
女性ものの靴ではなく、スニーカーの類のクッション性のありそうな靴音。
そして男性と思しき、少し重く広い間隔の足音。

迫る音が鼓膜を震わす度に、久しぶりの緊迫感からくる高揚で、全身に変な力が入る。

(……って、捜査でもないのに何を緊張してんだ)

無意識に固く握り締めていた拳に気が付き、ふと自嘲気味な笑みが浮かんだ。
そんな擦れた俺の心の準備が整うのを待つ訳もなく、アパートの正面扉が音を立てる。

キィ……

俺はいっそう息を殺し、建物の陰に身を隠しながら、近付く気配を探った。
視界の端で、おもむろに写真を拾い上げる人影を捉える。

(背格好は平均的、歳は……服装から推定するに20代か?)

ぱっと見はどこにでもいる人間。
その頭にはフードが掛かっており、顔立ちはおろか髪型や年齢の推定も難しい状態だった。

(いっそのこと声を掛けちまうか……いや、仮に加害者だとしたら危険な行動だ)

判断しきれずその人影の行動を伺っていると、写真を数秒じっと見つめた後。

「なにこれ」

短い呟きと共に、ぐしゃりと紙がひしゃげる音がした。

── その音を聞き届けた瞬間、考えるより前に足が動き出していた。

「すみません。ちょっとお時間良いですか」

すぐに距離を詰めると、その背に問い掛けた。
びくりと肩を震わせて振り返ったその人物の容貌を見て、サッと血の気が引いていく。

「え、五月はじめ?」

その顔立ちは、この数週間で脳裏に焼き付いていたものと瓜二つ。

(ただの他人の空似か?いや、もしかすると……)

想像していたよりも澄んだ少し高い声色が、男が確かに生きているのだと訴えかけていた。

「貴方、一人ですか」

眼前の華奢な男の唇からボソリ、と漏れ出た問いに反応する前に、強い力で腕を引かれた。

「っ、おい!」

「僕の話を聞きたくて、こんなことしたんでしょ?大人しく着いてきてください」

「ち、違……わないけど」

ストレートに図星を突かれて、抵抗する力が弱まる。
そして、流されるままにエレベーターに乗り込み、無機質に退路が立たれる情景を眺めた。

(今更ジタバタしたって仕方ねぇ、自分から仕掛けた事だ)

思い切りの良さが取り柄でもある俺は、いよいよ腹を括ってその背に着いて歩く。
あっという間に、玄関扉の前まで辿り着くと、男がその場で足を止めた。

「逃げなくて良いんですか?貴方、一人で行動してるし、警察とかじゃないでしょ」

「アンタが言ったんだろ、話すって」

「変なところで真面目ですね……何も構いませんけど、上がってください」

通された部屋の中は、家具の類が必要最低限しか存在せず、何もない床でも躓きそうなほど薄暗い。
部屋の隅に積まれた何かの紙束が見えるが、もちろん内容までは確認できなかった。

男は普段座っているのだろう椅子に腰掛けると、俺には床を勧めた。

「で、あんな姑息な真似して、何のつもりですか。警察の真似事?」

「その前にこちらから質問しても良いか、アンタは五月さんで合ってるよな?」

「どうでしょうね、そう思いますか」

「……信じ難いけどな」

「ふふ、ふ」

何がおかしいのか、男は肩を微かに震わせて笑い出した。
そんな気味の悪い笑みでも、やはり写真で見た五月さんにしか見えないのだから不思議だ。

「五月です。よろしくお願いします、不審者さん」

「……双子か」

「本人かもしれないじゃないですか……まあ、当たってるんですけど」

本物か確かめてみます?と、顔をずいと近寄せられたが、丁重に距離を取らせてもらった。

(コイツはなんでこんなに警戒心が無いんだ?こっちは敵意剥き出しで接近したのに……)

「最近よく公園で見かけてましたよ、貴方たちの事……あの件を探ってるんですよね」

やはり、先程感じた視線は間違っていなかったらしい。
最近自分を嗅ぎ回っている奴が近くまで出張っていたから様子を窺っていたのだろう。

まあ、遠目からでもかなり目立つ奴が連れ立っていたから、認識されてしまうのも当然だ。

「……ああ、アンタがここら辺をウロチョロしてるから目撃情報が出てるんだ。注目の探し人になってる」

「今になって?誰かが僕のこと探してるってことですか?」

「……」

「へぇ、お兄さん顔に出やすいタイプなんですね」

眉間に皺寄ってますよ、と指摘されて更にグッと眉根を寄せる。

「一度依頼者に会ってくれないか。それが俺の目的だ」

「嫌です、死んでも」

俺が喋り終えると同時に、強い口調で真正面から否定される。
豹変、そう言っても差し支えない程に表情は強張り、温度を失っていた。

……死んでも、なんて。その言葉を今この状況で選ぶ心理が全く理解できなかった。

「何か知ってるんじゃないのか。事件について」

「事件?自殺の間違いでしょう、ハジメ自らあの選択をしたんですから」

「ってことはやっぱりアンタ、あの日公園にいたんじゃないか?」

「アンタじゃなくて、五月。サツキ ツグミです。お兄さん」

引いても切り込んでも、ひらりと話をはぐらかされる。
男のテリトリーに飛び入った哀れな一般人は、完全に相手のペースに乗せられていた。

(……埒が開かない。かと言ってここまで踏み込んで収穫なしじゃあ示しがつかない)

会話の糸口を探してサッと室内を見渡す。
ふと、先ほど気になった紙束が目についた。

「……随分と書類を溜め込んでいるみたいだな」

「それ、気になります?でも、大切なモノなので、見せてあげません」

「そうかよ」

取りつく島もない返答を受けて、他に目に付くものを探し始めた俺の手に……生暖かい指の感触が触れた。

驚いて正面に向き直ると、眼前に男の不気味な笑みが広がっていた。

「ッ」

「……でも、お兄さんが僕の頼み事を聞いてくれれば見せてあげても良いですよ」
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