ほたる祭りと2人の怪奇

飴之ゆう

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5章:夢と結びつく

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キヨとアリサに連れられて来たのは、鯉達が例の影と戦った川沿いの道路だった。
アリサは「ここで襲われた、でいいのよね?」と螢達に目を向けると、と二人は素直に頷く。キヨはそれを確認し、おもむろにしゃがみこむと右手を地面に手を伸ばした。そのまま地面についた手の下から、徐々に赤い亀裂が入り、目を開けることも困難なほど鮮烈な閃光が亀裂に沿って噴き出す。眩しさに思わず目をつむってしまったが、不意に閉じた瞼からでも光が弱まったのに気付く。おそるおそる目を開けると、自分達がいる場所に一枚の札が貼られてあった。

「急にごめんね。……この光は相手の憎悪とか……まあ簡単に言えば負の感情ね、それを色と光の鮮烈さで調べるものなの。で、今回その妖怪に取り憑いている、いわば影のを調べたわけ。」

色にも段階があり、白、黄、青、紫、赤、と後者へいくにつれ負の感情が増しているとキヨは言った。

「アタシ達はその影を何とかしないといけないの。そのために……呼ばれたんだろうからさ。アリサ、追える?」
「問題ないわ。これだけの……しかも未だに消えてない。簡単に居場所は分かるわ」

アリサはスカートのポケットから懐中時計を取り出す。アリサが懐中時計を見るように二人を手招く。見ると、それは限りなく時計に近いが数字ではなく『十二時辰じゅうにじしん』だった。十二時辰とは、平たく言えば十二支を時間・時刻に当てはめたモノである。
だがその針は時刻を指してはいなかった。長針がグルグル回転している。一方単身は辰の刻、数字だと八を指し止まっていた。

「短針は私達を示しているの。これは水無月神社を中心としての方角をあらわしているわ」
「んで、長針が影を追っているのよ。ほら!」

長針は丑の刻、つまり二を指して止まった。水無月神社の裏側に居る、とアリサは言う。

「ねぇ、螢ちゃん。あの影ってか、取り憑かれた原因とか理由って何か思い当たらない?」
「うーん、この間見た不思議な夢で『黒い液体と小さな物体』と『昊』みたいな人が出てきて……。」

それくらいしか……と記憶を探りながら答える螢。顔が塗りつぶされたような彼はきっと昊だったのだろう、と記憶が戻った今なら思う。

「それと他に見たモノはない?アタシ達はそこまで知らないからさ」

螢はキヨに促され、信乃に話した夢のことを詳しく語る。それを螢の隣で聞いていた信乃は、『黄緑色の光』が何故か引っかかった。

──まず自分達は、幽明ヶ原に迷い込む前、どこに向かおうとしていた?『辰野の祭り』だ。……そして、螢の見たという黄緑色の光と……黒い液体に、小さな物体……まさか。

「なぁ、妖怪がいた時代ってどんな環境か分かるか?」
「ええ。今より人は少なく、食べ物も少なかったけれど……今より人が妖怪を信じていたし、それに空気が澄んでいて……今より『綺麗』だったわ」

アリサは懐かしむように言った。それを聞いていたキヨは何かに気付いたようだった。

「なるほどね。信乃くん、貴方その妖怪の正体に気付いたのね」
「ああ。まず、黄緑色の光は『ホタル』で……黒い液体が」
「…汚染された、水」

信乃の言葉を引き継ぎアリサは言う。そこまで来るとようやく螢も気付いた。

「じゃあ、あの小さな物体は──」
「死骸、ね」
「じゃあ昊はホタルの妖怪……?」

信乃は頷く。しかしあの妖怪は何に、どうして取り憑かれてしまったのだろう。疑問に思った信乃がそういうことに自分たちより詳しいだろうキヨとアリサにたずねる。

「あぁ……。多分螢ちゃんと過ごしていた時点で既にガタが来てたのよ」
「本当は、ホタルの妖怪ってとても儚くて弱くて、直ぐに消えてしまうの。……心の弱みにつけ込まれたのかもね」

腕を組んでアリサは可能性を言う。妖怪も『取り憑かれる』ことがあると──。一体何が取り憑いているかは不明だが、もし取り憑かれているのなら、それを祓わないと結局何も解決しない。そのまま昊は、とても悲惨な末路を辿るとキヨは言った。
それを聞いて螢は思い出す。

「そう言えば、思い出した記憶の最後、何かが昊の足下に絡んでた……!」
「じゃあそれだな」

信乃が納得して言うと、キヨは「とりあえず、辰の刻の場所に向かいましょう」と言い先を行き、頷いたアリサに促され二人の後に続いて歩き出した。

「二人ともありがとう。本当凄く詳しいね、助かったよ」

螢の言葉に二人の顔がくもる。

「そうでしょうね。私達がここに来たのはもう随分と昔だわ。私達はこちらでの食事を済ませてしまったから、もう戻れないの。戻っても待ってくれている家族はいないしね。あの時の私達は生きるために必死で後先の事なんて頭になかったから……」
「幽明ヶ原も町並みが変わったわね……。この世界は今の…あちらの世界の日本と大差ないらしいの。時代が流れるにつれ、ある程度近代化するんだって言ってたわ。」

ここに来た当初、さっきまでの螢達と同じく水無月神社の存在も場所も知らず、当てもなくさまよったという。その時はなんの力もない人間だったから幾度も命の危機にさらされたらしい。そして、いつしか空腹になりこちらのモノを食べてしまった。昔と今のシステムは少し違ったというが──。それから、螢達と同様、親切な妖怪が水無月神社に案内してくれ、水無月と会うことが出来た。が、「帰ることは出来ない」と言われ、その一言で何かが吹っ切れた二人は札術や呪術をで独学したり──。その課程に殺して奪ったモノ、逆に失ったモノも多いと。

「だから──アタシ達はきっと人間ではないの。水無月様や他の妖怪なんかはアタシ達を人間だって言うけどね」

さも当然のように告げる。二人の顔は先程よりも晴れているにも関わらず、瞳は寂しさをはらんでいた。
キヨとアリサは絶望し諦めてしまったのだろう。
どれ程、普通の世界で生きたかったか。どれ程、帰りたかったか。どれ程──。二人の思いは計り知れない。
あの時、緋鯉を追いかけていなかったら……。そう思う螢と信乃を余所に、グラリと視界が揺らいだ。驚く螢と信乃を護るように前方にキヨ、後方にアリサが付く。キヨはしばらくあたりを見回すと「急いで行きましょう」と言い走り出した。わけも分からないまま螢達も後に続いて走り出す。

「何があったの!?」
「さあねぇ…。でもあの影が動き出したって事は分かる!まぁ、準備が出来たから早く来いって事だろうけど」
「キヨの言った通りでしょうね。でも私達が出来ることなんてたかが知れているわ。……あの妖怪のことは貴方達に何とかしてもらうしかないの。関係のない者が行っても無駄だろうし、それに」

緊迫した空気の中アリサは言った。自分達はあの妖怪に直接手出し出来ない、と。

「あーもう! アタシ達が呼ばれたのって華麗に戦うことじゃなくて、道案内役と護衛なのね……いいけどさ!」

するとキヨは螢を担ぐと空に飛んだ。信乃が慌てて手を伸ばすと、逆の手をアリサに掴まれ同じように飛ぶ。陣が空中に置いてあり、そこを二人は飛んでいた。曰く、走るより飛んだ方が早いと。

「さぁーて、このまま降りるわよ!」
「え、え……きゃあああああああぁぁあ!!!」

螢の叫びが高らかに空に響いた。
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