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最終章

第五十七話 最強の獣(6)

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 防御魔法を展開しながらがむしゃらに蛇行し、被弾を減らす。
 そして後一度の踏み込みで拳の間合いになる距離になった瞬間、リックは前に倒れるかのように上半身を倒した。
 ここが勝負所、これが突破できなければ何も出来ない、リックはそう考えていた。
 そして次の瞬間にそれは訪れた。
 リックの視界が光に包まれ、防御魔法が破れる音と共に衝撃が走る。

「っっっ!」

 しかしリックは堪えた。体勢を崩さずに持ちこたえた。
 放たれていたのは前と同じ下段蹴り。
 やはり見えなかったその一撃を、リックは重心を低くして身を固めることで受け止めたのだ。
 そしてこの蹴りで気付いたことがあった。
 速さの割に威力が低いのだ。最終奥義のそれと同じ速さであるにもかかわらずだ。
 その理由は考えるまでも無かった。
 打撃の瞬間に体を緩めているからだ。
 当たり前だ。そうしなければ自分の体が壊れるからだ。

 リックの考えは正解であった。
 リック達の一族が「神技」と呼んでいるものを習得した直後に、オレグは一つの壁にぶつかった。
 先人達の多くが挫折した壁。放つ力が大きすぎるせいで、先に自分の体が壊れてしまうという欠点だ。
 これでは最後の一撃くらいにしか、逆転狙いにしか使えない。
 ゆえにオレグは打撃の直前に速度を落としながら体を緩めるという工夫を取り入れたのだ。速度は出来るだけそのままに、己の体を守るにはそうするしか思いつかなかった。

 しかしリックはまだ気付いていない。
 己がどれほどの化け物と戦っているのかを。
 差がありすぎるせいで気付けていない。
 オレグはあきらめなかったのだ。着弾の直前に威力を殺す工夫だけでは満足できなかったのだ。

「雄ォッ!」

 しかしリックは知らぬゆえに吼え、そして挑む。
 それでも、直後の状況はリックが予想した通りになった。
 オレグの星々の輝きが元に戻り、動作速度が減少する。
 それでも常人に比べればはるかに速いが、奥義を使っている自分とほぼ五分、という速度であった。
 だが、五分では駄目だ。
 有利を取って、そのまま押し切らなければ。
 ゆえに、

「雄雄雄ォォッ!」

 リックの選んだ手は高速の連打。
 腕の中で星を連鎖爆発させ、拳を交互に繰り出す。
 その激しさに早くも腕が悲鳴を上げ始める。
 しかし今のリックに速度を落とすという選択肢はあるはずも無かった。
 ここしかない、そう思えた。
 その思いを糧に輝く拳を繰り出す。
 それを輝く手の平で受けるオレグ。
 双方の膜がぶつかり合い、平べったく圧縮され、中に詰まっている粒子の多くが一時的に端側に押し込まれる。
 そして外側の膜が破れると同時に、端に追いやられていた互いの粒子がぶつかり合う。
 衝突して結合し、即座に離れて別の何かとぶつかり合う。
 それが衝撃を生み、その衝撃がさらに現象を加速させ、さらなる力を生む。
 膜は光粒子に対して抵抗が高い。そのエネルギー自体にはびくともしない。
 だが、光粒子が膜という壁のほうでは無く、空気の方に飛び出すと状況が変化する。
 加速された光粒子に空気中の物質が反応するのだ。
 そして小さな粒子が飛び出す。光粒子でも電子でも無い、別のものだ。一種類でも無い。数え切れないほどの粒子が、連鎖的な反応によって次々と動き始める。
 これが衝撃波となる。大気中に含まれる様々な粒子が混じり合い、そして放たれた複合エネルギーだ。
 地球上では万能と呼べるようなエネルギー。
 その波が膜を揺らしながら通り抜け、リックとオレグの手を打つ。
 そして二人の手が離れる。
 瞬間、

「!?」

 リックは奇妙な感覚があることに気付いた。
 それは幼き頃のある記憶と繋がった。
 小さな自分が母と初めての組み手をした時の記憶。
 全力で放った拳があっさりと手で止められた時の、あの感覚。
 それに似ていた。
 そして直後にもう一つ気付いた。
 いつの間にか自分の足が止まっているのだ。
 最初は押していたはずだ。
 今はびくともしない。

(いや、)

 違う! と本能が直後に叫んだ。
 びくともしないどころでは無い、押し返されている、と。

 オレグは不可能と思える壁を破るために、ある特殊な訓練を積んだ。
 それは傍目には筋力増強のための運動にしか見えなかった。
 体に重い負荷をかけて壊しつつ、食事で以前よりも大きく再生させる。
 だが、オレグの体は重く大きくはならなかった。体重は変わらなかった。
 正確には「変えなかった」。
 オレグはあることを身をもって知っていた。
 人間の筋肉が恐ろしく虚弱であることを。
 全ての赤ん坊が未熟児の状態で生まれてきていることを。
 脳が発達して大きくなりすぎたため、そうしないと母親の産道を通れなくなるからだ。
 だから他の動物に比べると弱い。
 そのことをオレグはある修行で知った。
 魔力や奥義などの特殊な技に頼らず、己の筋力だけで野生動物に挑んだのだ。
 その時にオレグは知った。野生動物の筋力が同じ体重の人間よりも高いことを。
 体重が近ければ筋力量の差も小さくなる。
 しかし同じ体重であっても人間は不利だ。一部の猿は成人男性の五倍の握力を発揮する。
 つまり、筋肉というバネの質が人間よりも高いということだ。
 オレグはそれを目指した。意思ある遺伝子の管理者と話すことが出来る、その能力を活かした。
 具体的には熊を目指した。一族の党首なのだからそうなるべき、オレグはそう思った。
 そしてオレグは一つの高みに至った。魔王が精神などのソフト面を改造することに執着したのに対し、オレグは肉体というハード面の改良に力を入れ、そして手に入れたのだ。
 しかしオレグはそこで新たな壁にぶつかった。
 それがオレグが体重を増やさなかった理由。いまだに寸止めのようなことをしている理由。
 骨が、間接がついてこないのだ。
 筋肉はもう悲鳴を上げないが、衝突の衝撃に骨が耐えられないのだ。
 しかしそれでも、オレグは言葉通りに「超人」の域に達している。
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