Chivalry - 異国のサムライ達 -

稲田シンタロウ(SAN値ぜろ!)

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最終章

第五十七話 最強の獣(7)

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 はっきり言って、大人と子供の差どころでは無い。
 リックがその絶望的事実に気付いた瞬間、心の声が響いた。
 見事だ、と。
 よくぞこちらの欠点を短時間で見抜き、そして対応したな、と。
 その言葉に込められた称賛の思いは本物だった。リックを敵として認めていた。
 ゆえに、オレグは、

(ならば、もう少し出力を上げるとしよう)

 早く終わらせるために、己の身を少しだけ削ることにした。

「かはっ!?」

 そして次の瞬間、閃光と共に走った衝撃に、リックは悲鳴を漏らした。
 上体が大きくのけぞり、よろける。
 体勢を立て直すよりも早く、さらにもう一撃。
 瞬間、リックは叫んだ。

(速い!)

 拳速が増した事実を。
 受けながら踏み込む、ということが難しいほどになった。

「ぐぇっ!」

 考えている間にもう一撃。
 その痛みで、リックの中にある何かが切れた。
 もうあれしか、最終奥義しかない、そう思った。
 だが、直後、

“駄目よ!”
「?!」

 突如心の中で響いた女性の声に、切れていた何かは再び繋がった。
 しかし次の瞬間に、

「っ!」

 再び一撃。
 繋がった何かが再び切れそうになる。
 が、最終奥義を使ってはいけない理由が分かったゆえに、踏みとどまれた。
 最終奥義を使いこなしているこの男に、自分の技など通じない。
 自分は最終奥義の力を精密に制御出来ない。だからただの突進技になる。
 そしてそんな速度で反撃を合わせられたらどうなるか、この相手はそれを平然とやってのけるであろうことも含めて、考えるまでも無いことだ。

(ならば――)

 ならばどうすればいい! リックは叫んだ。

 ……。

 声は返ってこない。
 だが、かわりに映像が脳裏に映った。
 それは少し懐かしい記憶。自分と戦うアランの姿だ。
 必死で抵抗する懐かしいその姿を見て、リックは気付いた。
 そうだ、あの時もそうだった。
 二人の間に速度差が、実力差があった。
 だがアランは粘った。
 今は自分があの時のアランのような状況に立たされている。
 ならばあの時のアランを真似すればいい、リックはそう思った。
 ゆえに、リックの構えは自然と切り替わった。
 二本の腕を一本の剣と見立て、寄り添わせる。
 アランは一つの動作で防御と反撃が同時に出来た。硬い刃だからそれが出来た。
 しかし自分の貫手で同じ事をしても一方的に折られるだけだろう。
 ゆえに両腕を添える。相手の豪腕を拳でいなしつつ、魔力を込めた指先で突く。
 型の名は「払い針」。伸びてきた相手の腕を拳で払って貫手で刺す、ゆえの名。
 しかしこれには問題が――

「がっ!」

 その問題は直後に痛みと共に明らかになった。
 置いて構えているだけの自分の拳ではこの男の豪腕をいなすことは出来ないこと。一方的に押しのけらてしまう。
 叩き払うことなど出来ない。相手が速すぎる。
 そして同じ問題が抜き手のほうにもある。
 魔力を込めた指先で触れただけでは大した傷にならない。引っかき傷にしかならない。
 やはりあの時の母のように指先から魔力を爆発させるように、瞬時に大量放出しなくてはならない。
 だが、そんなことが出来るのか? 光ったようにしか見えないこの攻撃に対して。
 このリックの一連の思考は言葉で行われたものでは無く、「求められていることに対しての不安」という形で現れた。
 リックの心の水面が揺れ、そして濁る。
 しかし直後、声が響いた。

“任せなさい”と。

 その声が響き終わったのと、オレグが次の拳を放ったのは同時であった。
 それはやはりリックには光ったようにしか見えなかったのだが――

「っ!」

 次の瞬間、光魔法独特の炸裂音と共に、オレグが初めてその表情を痛みに歪めた。
 見ると、左二の腕から赤い蛇が顔を出していた。
 小さな雷がそこに落ちたかのように、腕の肉が爆ぜた(はぜた)のだ。
 かつてクレアが見せた指先で触れるだけで石を砕いたあの技を、リックはやったのだ。
 いや、正確にはリックでは無く写しが、というべきか。
 そのこともオレグを感じ取った。
 ゆえに、オレグはリックから一度距離を取り直しながら、それを言葉にした。

(この男、別の誰かと混じった?)

 直後、オレグはその自身の言葉を否定し、言い直した。

(……乗っ取りや入れ替わりの類では無いな。補助されている程度のようだ)

 そしてオレグは構えを整えながら、リックの様子をうかがった。
 相手から仕掛けてくる気配は無い。

(……後の先に徹する気か)

 ならば、と、オレグも構えを少し変えた。
 握っていた拳を開手に変える、ただそれだけ。
 しかし直後に繰り出された攻撃は、これまでとはまったく違うものであった。
 その軌道は直線では無く、曲線。

「ぐっ!」

 針により迎撃を避けるように、迂回するように円の軌道で放たれた右手刀がリックの左肩に突き刺さる。

「がっ!?」

 続いて左掌底打ちが右わき腹に。

「ぁうっ!」

 円の軌道の攻撃を迎撃するために払い針の位置を変えると、今度は直線の攻撃が繰り出される。
 中央に二本の腕を置いて構える払い針では横から来る円の攻撃は迎撃しにくい。
 両腕を離して、左右に拳を置いて迎撃するしかないように思えるが、

「がっは!」

 一本の腕では一方的に押しのけられる。刺し返す余裕が無い。

(どうすれば……!)

 痛みの中で問うリック。

“……”

 しかし答えは無い。
 彼の血に流れている偉大なる者も応えない。応えられない。
 何を利用すればこの男を相手に有利が取れるのか、それがまったく分からないからだ。
 まさに、無能力者が野生の熊と出会ってしまった時のよう。それほどの差。
 しかもこの熊は知恵を持っている。
 ならば、

(ならば――)

 答えは一つしか思いつかなかった。
 ほぼ全てにおいて不利であるならば、結局は強い武器を持つしかないのだ。ルイスと同じ考えに至るのだ。
 リックとオレグが素手で戦っている理由に必要性は無い。結局、ただのこだわりである。誇りや伝統などという言葉でいくら着飾ろうとも、圧倒的強弱の差に晒されれば、その理由は意味を失う。何か大きなものを賭けた負けられない戦いであればなおさらだ。
 それでも誇りを貫こうとする者はいる。しかしそのような者が最後に魅せられるものは、己の命と引き換えになるものがほとんどだ。
 だからリックは思った。自分も剣を持っておけば良かったと。腰に差しておくべきだったと。
 鎖帷子(くさりかたびら)のような、鋼の手袋というものでも良かった。魔力などの粒子の伝達をあまり阻害しない物質で、強度があればなんでもいい。とにかく武装しておけばよかった、と。
 だからリックは地面の方に意識を移した。手ごろな武器を探すために。
 払い針の構えはすでに意味を成してない。
 滅多打ちと呼べる有様。全身、内出血による青黒さと、裂けて流れた赤色で染まっている。
 そんな有様になってようやく、リックの心は昔のアランやディーノと同じ思いに染まっていた。重なっていた。
 弱肉強食、その弱者の立場に立たされた者の心だ。今まではずっと強者の側だったから分からなかった。知りようが無かった。
 この強者に一矢を報いたい、せめてもう一撃、かつてアランが抱いたものと同じ想いでリックの心は埋まっていた。
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