Chivalry - 異国のサムライ達 -

稲田シンタロウ(SAN値ぜろ!)

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第四章 神秘はさらに輝きを増し、呪いとなってアランを戦いの場に連れ戻す

第二十五話 舞台に上がる怪物(4)

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   ◆◆◆

 数ヵ月後――

 季節は夏を迎え、平原には青々とした草花が生い茂っていた。
 レオンはそんな甘く熱い風が吹き渡る平原に馬を走らせていた。
 彼は戦地へと向かっていたわけでは無かった。事実、レオンは数十名ほどの護衛しか連れていなかった。
 戦いが終わったわけでは無い。前線では今もアンナ達が戦っている。しかし、それでもレオンには戦場を離れなければならない理由があった。

 レオンが向かっている先、それは首都であった。

   ◆◆◆

 首都は賑わっていた。
 その理由は5年に一度開かれる「王室会議」を目前に控えているためであった。
 多くの力ある貴族達がこの地に集まっていた。ある者は金のために口を開き、またある者は政治のために足を動かしていた。
 そしてこの地まで馬を走らせてきたレオンの目的もその「王室会議」であった。
 レオンはその会議の参加者であった。力ある者だけが参加できるこの会議に呼ばれること、それそのものが既に名誉であった。
 しかしそんな権威ある会議に呼ばれたにも関わらずレオンの心は憂鬱であった。
 王宮に着いたレオンはそんな憂鬱な心を振り払うかのように力強く廊下を歩いていた。
 そんな時、宮仕えの者がすれ違いざまにレオンにこう言った。

「レオン様、間も無くお時間です。お急ぎを」

 それはわかっている。しかしレオンはこれ以上急ぐ気にならなかった。
 実は、レオンが時間に遅れかけていたのは「わざと」であった。その理由はすぐに明らかになる。

   ◆◆◆

「申し訳ない。お待たせした」

 会議室に入ったレオンは開口一番にそう言った。
 会議室の中央には円卓が配されており、レオン以外の参加者は既に着席していた。

「待っておったぞ、レオン将軍。さあ席に着いてくれ」

 この会議の仕切り役である王はそう言いながら、最後の空席に座るよう指示した。
 その最後の席、それは入り口に最も近い席、いわゆる下座であった。
 レオンはこれに安堵した。下座を狙っていたわけでは無い。最後の席であるというのがレオンにとって重要であった。

 この王室会議においてどこに誰が座るかは自由である。そういう決まりであったが、誰がどこに座るかは毎回傾向があった。
 入り口から最も遠い席、いわゆる上座に王が座る。これはもはやお約束のようなものである。
 そして貴族達はその王を中心に、出身地を元に左右に別れて座っていた。
 その基準は北の貴族か、南の貴族かであった。
 北の貴族、それは前線で敵の攻勢を食い止める者であり、カルロを代表とする「武力」で国を支えている者達のことである。
 そして南の貴族、それは海に面した港街を支配する者のことであり、「財力」で国を支える者達のことであった。
 ではレオンはどちらなのか? 彼は微妙な立場にあった。
 平原で戦線を支えていることだけを考えればレオンは北の貴族である。しかし彼の出身は南にある港街であり、本家もそこにあった。
 ゆえに彼はこの「席取り」を嫌っていた。わざと少し遅刻するのはそのためである。空席があと一つになっていれば何の気兼ねも無く座れるからだ。

 レオンは席に座りながら円卓を軽く見回し、この会議の参加者の顔を確認した。

(王を中心として右に北の貴族達、左に南の貴族達が座っているな。
 北からの参加者は……クリスの代理がハンス、カルロの代理はいつもの通りクラウス……では無く今回はアランか)

 レオンと目が合ったアランはほんの小さな礼を返した。

(ほとんど代理だな。まあ、いま戦地から離れられる将は私くらいしかいないだろうな)

 レオンは視線を南の貴族達の方に移した。

(南の貴族達は……一人を除いて、前回と変わり無しか)

 席に着いたレオンが姿勢を正してから少しの間を置いた後、王が口を開いた。

「それではこれより王室会議を始める」

 王はその身に注目が集まるのを感じた後、言葉を続けた。

「今回の議題は北の前線への援助についてだ」

 これを聞いたレオンは(やはりそれか)と思った。

 王室会議――それは簡単に言えば、誰かが損をする会議であった。
 困っている誰かに余裕のある誰かが援助をする、それを決めるのがこの会議の目的であった。
 当然損をさせられる人間は不満を抱く。だが、そのために「王」がいるのであった。「王」はこの会議における仲介役であった。

 王の提示した議題に南の貴族達はざわめいた。損をするのが自分達の誰かであるというのがわかっているからだ。
 しかし王はこれを諌めずに口を開いた。

「戦いで多くの町と田畑が破壊されたため、北の戦線はかなり苦しい状況に立たされておる。ここはそなたら南の者達の力を貸して欲しい」

 王のこの言葉に、南の貴族の一人がすぐに口を開いた。

「ですが王よ、今は我々も苦しい状況なのです」

 これに別の貴族が口を開き、言葉を付け加えた。

「働き手が足りないのです。男の奴隷はほとんど戦争に取られてしまいましたから」

 南の貴族達は頷き、お互いの顔を見合いながら好き勝手に話し始めた。

「奴隷層に残っているのは女子供ばかりです。商人の中には『種馬』をわざわざ外界から船で買い付けている者もいると聞きます」
「しかし中には子供が予想外に産まれすぎたせいで手に負えなくなり、里子に出している商人もいる模様。まあ今のところは上手く回しているようですが」

 この会話はアランにとって受け入れ難いものであった。
 何を言っているのかは理解できる。しかし、それにアランが抱いた感情は嫌悪に近い何かであった。やるせない、というのにも似ていた。

 会議はいきなり平行線をたどりそうな雰囲気になっていたが、一人の男の言葉がこれを打ち破った。

「その援助、私がやりましょう」

 その男は一斉に皆の注目を集めた。

「そなたは……」

 王はその男の名前が咄嗟に浮かばなかった。

「リチャードと申します」

 リチャード、その名を聞いたレオンは眉をひそめた。

(この者があのリチャードか。商才に溢れる男だと聞く。最近急に力をつけたようだが……悪い噂もそれ以上によく聞く男だ)

 しかし噂はあくまで噂、レオンは黙ってリチャードの言葉に耳を傾けることにした。

「今は戦乱の世。苦しい時こそ、手を取り合わねばならない私は考えております」

 これはただの綺麗事。レオンは黙ってリチャードの次の言葉を待った。

「北と南の貴族、双方は遠く別れており、役割も思想も違います。ゆえに衝突することはあるでしょう。ですが、前線で戦う北の貴族達を南の貴族達が富で援助する、この関係を変えることはできません。 
今回は私が援助致しましょう。しかし、今の状態が続けば双方の間にある溝は深くなるばかり。何らかの手を打つべきであると私は思っております」

 これに王は口を開いた。

「ふむ。それでリチャードとやら、その打つ手とやらは、何か考えがあるのか?」

 これにリチャードは「はい」と即答し、言葉を続けた。

「北と南の貴族の間で縁談の席を設けてみてはいかがかと考えております。双方が近しい間柄になれば、このような言い争いは無くなるのではないかと思っております」

 ようやく要領を得た王は口を開いた。

「つまり、援助の対価として北の貴族と『縁』を結びたい、そう言いたいのか」

 リチャードは先と同様に「はい」と即答し、続けて口を開いた。

「私にはディアナという年頃の娘が一人おります。これまで大切に育ててきた娘でございますが、この国のためとあれば喜んで差し出しましょう」

 どうしたものか、悩んだ王はレオンに意見を求めた。

「レオン将軍、どう思う?」

 この王室会議においてレオンは王の良き相談役であった。南の出身でありながら、北の武将達と仲が良いレオンの言葉は棘が無く、双方の間に亀裂を生まないため意見役として最適であった。

「……筋は通っているように思いますが、家同士を結ぶ『縁』というものは対価として強制されるべきものではないと思います。『縁』は双方の同意の上で結ぶべきものかと」

 王はしばし考えたあとリチャードの方に向き直り、口を開いた。

「リチャードとやら……仮にそうするとして、どこと縁を結ぶのが上策だと考えている?」
「最も援助額が大きいところに嫁がせてもらうのが筋でございましょう」

 これを聞いた王は、クリスの代理であるハンスのほうに視線を移しながら口を開いた。

「……では、やはりクリス将軍のところか」

 王に話を振られたハンスは目を閉じ、暫く考え込んだあと口を開いた。

「……代理である私に決められることでは御座いませぬ。返事はしばらく待って頂きたい」

 もっともな回答に、王は口を開いた。

「それではこの件は双方で相談して決めるがよい。では、この話はこれで終わりとして、次の議題に移らせてもらう――」

 王室会議はその後も長く続いたが、その間ハンスが再び口を開くことは一度たりとて無かったのであった。
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