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最終章
エピローグ
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◆◆◆
エピローグ
◆◆◆
そして激戦から時は流れ――
「……」
アランは静かな時を過ごしていた。
あれから五年、戦いの気配は完全に無くなっていた。
今では剣を握ることは無く、筆を持つ時間がほとんどを占めている。
しかし昔のような嫌気は無い。いつからか事務仕事をする自分に疑問を抱くことは無くなっていた。
「……」
黙々と、淡々と筆を走らせる。
もう飽きるほどに繰り返している仕事。これが今のアランの日常。
されど、今日はいつもと違う一日になるのを感じ取れていた。
今日は客が来ているからだ。
そしてアランが近づくその再会に胸を高鳴らせ始めると、部屋にノックの音が響いた。
「どうぞ」
返事とほぼ同時に、ドアは開いた。
そして姿を見せたのは、感じ取った通りクリスとリーザであった。
「久しぶりだなアラン殿。御健勝そうでなによりだ」
そのクリスの挨拶と同時に、隣にいるリーザが小さく頭を下げた。
これがかつてアランと約束したことの答え。
あの時クリスは言った。最強の魔法使いを妻に欲しい、と。
それはつまり、アンナかリーザのどちらかを、ということであった。
彼はただ耐えることをやめたいと思ったのだ。未来の力を欲したのだ。
そしてクリスはリーザを選んだ。アランからの懇願もあり、リーザはそれを受け入れた。
その結婚は、世間的にもクリスにとっても大きな意味を持つものであった。
リーザは炎使いとして最強と世間に認知されていた。
それによってクリスの家は影響力を増した。
増えたのはそれだけでは無かった。クリスの気持ちも以前より大きくなっていた。
ゆえに、クリスの口は軽く回った。
「ずっと同じ部屋で事務仕事に明け暮れているようだな。私もそうだ。だから時々、昔のあの日々が少し懐かしくなる。あの頃に戻りたいというわけでは無いがね」
そしてクリスはアランの手元をうかがいながら、再び口を開いた。
「今は何の仕事をしてるんだ?」
これにアランは答えた。
「現状の貴族制度に対しての変更点と、同時に施行する新制度についてまとめているんだ」
それは行動規範の制定であった。
貴族とは、権力者とはどうあるべきかを記したものであった。
その内容は、かつてルイスからぶつけられた問い、「この国をどうしたいのか」に対して述べた答えを整理し広げたものであった。
まず最初に心構えが記されていた。
第一に善い目標を、志を抱くこととし、第二にその理想を現実に重ねるための正しい努力を意識することとし、第三に不正に惑わぬ強い心を養うべしとした。
それは高潔な人格の形成手段をアランなりに示したものであった。そしてその前提の上で礼儀作法を記していた。
これによって貴族などの権力者と民の関係が少しでも善くなることをアランは願っていた。
しかしアランにとっては次の項目、同時に施行する新制度のほうが重要であった。
それは兵士における新たな称号の制定であった。
呼び名はまだ決めていない。
そしてその内容は先と同じ行動規範であったが、後に「道徳」と呼ばれるものに重きが置かれていた。
その内容は後に「道徳」という名の下に「義」「勇」「礼」「誠」「名誉」「忠義」という言葉で分割され、体系化された。
まず第一に、戦士である以上は強くあらねばならないとした。
されど、人間らしさを失ってはならないとした。善き人間であるように努力することを義務とした。
強き者は弱き者を殺せる。神が定めた自然の摂理と呼ばれるその絶対不変のルールに対し、人間としてどう向き合い、どう振舞うべきかを記したそれは後に「義」と呼ばれるようになった。
アランはその「義」に対し、戦士は「勇」と仲間を持って立ち向かうべきであるとした。
そしてその仲間や、他者に対しては「礼」と「誠」を持って接するべきであるとし、それをもとに上下に「忠義」の関係を築くべしとした。
それらが実践できることを「名誉」として、真の戦士の証とするとした。
その内容は全てクラウスを参考にしたものであった。
アランはクラウスのことを真の武人であると思っていた。皆がそうであれば、そうなってほしいという願いが込められたものであった。
これは後に貴族たちの新しい倫理、道徳観の基礎となり、強い魔法使い達に協調性と従属性を与えるものとなった。
そしてアランは書き記す手を止めぬまま、クリスに尋ねた。
「それで、今日の用件は?」
クリスは答えた。
「王位継承の件だ。お前がなかなか返事をしないから、心配になった王が私を訪ねてきたぞ。しかしなぜだ? すぐに継承出来ない理由があるのか?」
アランは手を止め、顔を上げて答えた。
「それはこの新制度の施行が終わってからにしようと思っていたんだ」
その答えに対しクリスは口を開いた。
「王の権力で強行したと思われたくないということか。しかしそれは考えすぎだと思うぞ」
これにアランが「そうだろうか」と尋ね返すと、クリスは、
「間違い無く問題無い。さっさとやってしまったほうがいい」
と、力強い返事を返した。
それが本心によるものであることを感じ取ったアランは、
「そうか。じゃあそうしよう」
と、薄い笑みと共に答えた。
◆◆◆
戦士の世界には変化が訪れようとしていた。
が、そんなことを知ってかそれとも感じ取っているのか、武を磨く者達がいた。
「「「雄雄雄ッ!」」」
訓練場に兵士達の気勢が響き渡る。
が、その中に、
「ゥ雄ォッ!」
まだ若い声があった。
青年と呼べる風体の男が眼前にいる大男に向かって踏み込み、輝く拳を繰り出す。
が、その一撃は同じ輝きを宿した手によって叩き払われた。
されど青年は足を下げず、手を出し続けた。
烈火のような連打。
しかしそのいずれも大男には届かず、
「ぐっ?!」
反撃で放たれた一撃に、青年は突き崩された。
よろけながらも踏み堪え、体勢を立て直す。
直後、大男の、バージルの声が青年に向かって飛んだ。
「どうした! それでも偉大なる血の継承者か! お前の父はそんなものでは無かったぞ!」
これに青年は、エリスは、
「雄応ッ!」
気勢で応え、再び踏み込んだ。
「……」
その様子をディーノは見守っていた。
自分の息子は兵士に憧れている。いつか、あんな風に訓練する様子をこうして見つめる日が来るのだろうか、そう思っていた。
そしてそんなことを考えているディーノの背後から、
「今日もやってるな」
車椅子の音と共に、ケビンの声が届いた。
エリスの訓練の様子を見に来るのが今のケビンの楽しみの一つになっていた。
片手片足を失ったケビンに戦士としての可能性はもう無い。ゆえに、未来の可能性を見ていたいとそう思うようになっていた。
そしてケビンはディーノの隣に並び、尋ねた。
「お前から見て、彼はどうだ?」
ディーノは答えた。
「性格が違うからリックとは戦い方が異なるが、筋はいい。あいつはあいつなりに強くなると思う」
これにケビンは「そうか」と口を開いたが、その声はディーノの耳には入っていなかった。
ディーノはエリスと自分の息子を重ねて見ていた。
そして過去の自分とそれらを比較していた。
しかし今はもう昔とは違う。自分の息子は同じキツい思いをすることは無いだろう、そう考えていた。
それに未来はきっともっと良くなる、そんな淡い期待を抱きながら。
◆◆◆
そして同時刻、違う場所で訓練を重ねている者達がいた。
「よし、今日はここまでだ! 馬をしっかり休ませておくように!」
場にレオンの声が響く。
その隣にはアンナの姿があった。
平然とした様子の彼女に、レオンは声をかけた。
「だいぶ余裕そうだな。この程度の訓練では物足りないか?」
これにアンナは答えた。
「今日の訓練は騎手よりも馬への負担のほうが大きいものでしたから」
謙遜してそう言うアンナに対し、レオンは一つ提案をした。
「ならば、久しぶりに北部の連中のところに出向いて白兵戦の訓練でもやってみるか?」
それはいい考えかもしれない、アンナはそう思った。
同時に北部の戦士達の顔が浮かんだ。
自分に黒星をつけたディーノへの再戦の思い、同じ炎使いであるリーザへの手合わせの願いが脳裏をよぎった。
そして最後にバージルの姿が浮かんだ。
それを感じ取っていたレオンは口を開いた。
「バージルか。彼は騎兵としても優秀だな。騎馬戦も同時にやれるからちょうどいいかもしれないな」
その言葉がきっかけとなり、後にアンナは訓練という形でバージルと再戦することになる。
二人の実力は拮抗したものであり、双方に黒星と白星が交互につくことになる。
そして双方共に負けず嫌いの気があるゆえに、完全なる決着を求めて二人は何度もぶつかり合うことになる。
その果てに男女の関係となることなど、今のアンナは知る由も無かった。
◆◆◆
そして時はさらに流れ――
場所は王となったアランが治める首都。その王城。
城内にある訓練場に大勢の戦士達が集まっていた。
「それでは両者前へ!」
場に審判の声が響く。
これより行われるのはある試験。
それに挑むは、
「応!」
戦士としてたくましく成長したエリス。
気勢と共に審査員達の前に立ち出る。
そして彼に立ちふさがるのは、試練を与えるのはバージル。
これに、審査員の一人であるクリスが口を開いた。
「今日の審査員はあなたの旦那様か。エリスも運が悪いな」
その言葉に、隣に座っていたアンナが声を返した。
「そうでも無いと思いますよ。夫はエリスのことを良く言っていました。ディーノ様も今の彼は良い勝負をするだろうとおっしゃていましたし」
これに、クリスは「そうか。なら見物だな」と、期待感を声と眼差しに込めた。
向かい合うエリスとバージルが構える。
エリスはやはり父と同じ構え。
そしてバージルの武装もやはり槍斧。
緊張感を高め始めた二人に、視線が集中する。
直後、再び場に声が響いた。
「強いだけでは真の戦士足り得ない! されど戦士である以上は強くなければならない!」
そして審判はエリスのほうに向き直り、叩き付ける様に言葉を吐いた。
「これは貴殿の『騎士(ナイト)』としての資質の一つを試すものである!」
これに、エリスは審判のほうに視線を返した。
二人の視線と意識の線が交わる。
瞬間、審判は口を開いた。
「この試練に貴殿の力を示せ! 魅せてみよ!」
その言葉に、エリスは叫びで応えた。
「戦士としての誇りと名誉にかけて!」
アランが定めた新たな戦士は『騎士(ナイト)』と呼ばれるようになっていた。
宗教に依存していないなど、我々の世界で呼ばれている同名のそれとは違う存在であるが。
それでも彼らはこの世界で武人としての一つの象徴となった。彼らの象徴性は「心」と「技」によって長く受け継がれた。
◆◆◆
されど、武の世界は時に大きく変化し、周りのもの全てがそれに飲み込まれることがある。
アランは既にその未来を見据えていた。
ゆえに、アランは今日の審査員を辞退していた。
今日は重要な客が来ていたからだ。
それは雲水。
城内の応接間で、雲水とアランは商談をしていた。
二人が挟むテーブルの上には商品が並べられている。
いずれも全て銃。
前回の商談には無かった小さなものが、拳銃がある。
アランはそれを手に取った。
そして思った。感じ取った。
銃が凄まじい速度で進化していることを。
同時に、戦いは大きく様相を変え始めていることを、アランは雲水からの話で知っていた。
かつて我が国を攻撃した大陸では戦火が激しく上がっている。
新たな戦術が次々と生み出され、ぶつかり合っている。
この流れに遅れることは許されない。
もしも取り残されれば――
「……」
アランは浮かび上げたその不吉なイメージを振り払い、商談に意識を向け直した。
◆◆◆
翌日――
久しぶりに自由な時間を得たアランは、リリィと子供達を連れて教会を訪ねた。
そして末っ子達が貧民街の子供達と遊ぶ様子を眺めていると、アランはふと思った。
久しぶりにあれを読みたい、と。
そう思ったアランは席を立ち、本棚からそれを抜き取った。
「懐かしいわね、それ」
リリィが言うそれとは、偉大なる大魔道士について記した書物であった。
そしてアランはそれを取ってきた理由を答えた。
「これが今の自分を形作っている重要な要素の一つ、そんな気がしてね」
言いながら、ページをめくる。
ぺらぺらと、そうしているうちに、不思議と商談で抱いたイメージはその不吉さを失っていた。
されど消えたわけでは無い。消えるものでは無い。
何かが重なってその不吉さを消していた。
その何かの正体はすぐに分かった。自分が抱いている思いの一つだった。
すると、直後、
「私も同じ気持ちだ」
心の中で、誰かがその思いに賛同した。
それは書物の主人公、アランの中にいる写しであった。
「俺も同じだ。そうなってほしいものだな」
直後に今度はリックの声が。
私も、我もと、次々と声が響き始める。
カルロ、フリッツ、クレア、そしてクラウス達の姿が、声とともに次々と脳裏をよぎる。
だから、アランは同じ心の声で応えた。
「そうだ。俺はそう願っている。心の底から」
この国に再び影が忍び寄ることがあっても、その時は善き者達が立ち上がって跳ね返す、と。そうなるように今の制度を作ったのだから。
そして、アランはその願いを再び声にした。
「すべての民よ、強く正しく賢い、そんな高潔な存在であれ」
Chivalry - 異国のサムライ達 - 完
そして物語は Iron Maiden Queen に続く
―――
Iron Maiden Queen は現在連載中です。
作者ページにあるリンクなどから閲覧出来ます。
アルファポリスの検索欄に「稲田」または「稲田しんたろう」と入力しても出てくると思います。
ページのアドレスも記載しておきます。
https://www.alphapolis.co.jp/novel/818140523/441251181
エピローグ
◆◆◆
そして激戦から時は流れ――
「……」
アランは静かな時を過ごしていた。
あれから五年、戦いの気配は完全に無くなっていた。
今では剣を握ることは無く、筆を持つ時間がほとんどを占めている。
しかし昔のような嫌気は無い。いつからか事務仕事をする自分に疑問を抱くことは無くなっていた。
「……」
黙々と、淡々と筆を走らせる。
もう飽きるほどに繰り返している仕事。これが今のアランの日常。
されど、今日はいつもと違う一日になるのを感じ取れていた。
今日は客が来ているからだ。
そしてアランが近づくその再会に胸を高鳴らせ始めると、部屋にノックの音が響いた。
「どうぞ」
返事とほぼ同時に、ドアは開いた。
そして姿を見せたのは、感じ取った通りクリスとリーザであった。
「久しぶりだなアラン殿。御健勝そうでなによりだ」
そのクリスの挨拶と同時に、隣にいるリーザが小さく頭を下げた。
これがかつてアランと約束したことの答え。
あの時クリスは言った。最強の魔法使いを妻に欲しい、と。
それはつまり、アンナかリーザのどちらかを、ということであった。
彼はただ耐えることをやめたいと思ったのだ。未来の力を欲したのだ。
そしてクリスはリーザを選んだ。アランからの懇願もあり、リーザはそれを受け入れた。
その結婚は、世間的にもクリスにとっても大きな意味を持つものであった。
リーザは炎使いとして最強と世間に認知されていた。
それによってクリスの家は影響力を増した。
増えたのはそれだけでは無かった。クリスの気持ちも以前より大きくなっていた。
ゆえに、クリスの口は軽く回った。
「ずっと同じ部屋で事務仕事に明け暮れているようだな。私もそうだ。だから時々、昔のあの日々が少し懐かしくなる。あの頃に戻りたいというわけでは無いがね」
そしてクリスはアランの手元をうかがいながら、再び口を開いた。
「今は何の仕事をしてるんだ?」
これにアランは答えた。
「現状の貴族制度に対しての変更点と、同時に施行する新制度についてまとめているんだ」
それは行動規範の制定であった。
貴族とは、権力者とはどうあるべきかを記したものであった。
その内容は、かつてルイスからぶつけられた問い、「この国をどうしたいのか」に対して述べた答えを整理し広げたものであった。
まず最初に心構えが記されていた。
第一に善い目標を、志を抱くこととし、第二にその理想を現実に重ねるための正しい努力を意識することとし、第三に不正に惑わぬ強い心を養うべしとした。
それは高潔な人格の形成手段をアランなりに示したものであった。そしてその前提の上で礼儀作法を記していた。
これによって貴族などの権力者と民の関係が少しでも善くなることをアランは願っていた。
しかしアランにとっては次の項目、同時に施行する新制度のほうが重要であった。
それは兵士における新たな称号の制定であった。
呼び名はまだ決めていない。
そしてその内容は先と同じ行動規範であったが、後に「道徳」と呼ばれるものに重きが置かれていた。
その内容は後に「道徳」という名の下に「義」「勇」「礼」「誠」「名誉」「忠義」という言葉で分割され、体系化された。
まず第一に、戦士である以上は強くあらねばならないとした。
されど、人間らしさを失ってはならないとした。善き人間であるように努力することを義務とした。
強き者は弱き者を殺せる。神が定めた自然の摂理と呼ばれるその絶対不変のルールに対し、人間としてどう向き合い、どう振舞うべきかを記したそれは後に「義」と呼ばれるようになった。
アランはその「義」に対し、戦士は「勇」と仲間を持って立ち向かうべきであるとした。
そしてその仲間や、他者に対しては「礼」と「誠」を持って接するべきであるとし、それをもとに上下に「忠義」の関係を築くべしとした。
それらが実践できることを「名誉」として、真の戦士の証とするとした。
その内容は全てクラウスを参考にしたものであった。
アランはクラウスのことを真の武人であると思っていた。皆がそうであれば、そうなってほしいという願いが込められたものであった。
これは後に貴族たちの新しい倫理、道徳観の基礎となり、強い魔法使い達に協調性と従属性を与えるものとなった。
そしてアランは書き記す手を止めぬまま、クリスに尋ねた。
「それで、今日の用件は?」
クリスは答えた。
「王位継承の件だ。お前がなかなか返事をしないから、心配になった王が私を訪ねてきたぞ。しかしなぜだ? すぐに継承出来ない理由があるのか?」
アランは手を止め、顔を上げて答えた。
「それはこの新制度の施行が終わってからにしようと思っていたんだ」
その答えに対しクリスは口を開いた。
「王の権力で強行したと思われたくないということか。しかしそれは考えすぎだと思うぞ」
これにアランが「そうだろうか」と尋ね返すと、クリスは、
「間違い無く問題無い。さっさとやってしまったほうがいい」
と、力強い返事を返した。
それが本心によるものであることを感じ取ったアランは、
「そうか。じゃあそうしよう」
と、薄い笑みと共に答えた。
◆◆◆
戦士の世界には変化が訪れようとしていた。
が、そんなことを知ってかそれとも感じ取っているのか、武を磨く者達がいた。
「「「雄雄雄ッ!」」」
訓練場に兵士達の気勢が響き渡る。
が、その中に、
「ゥ雄ォッ!」
まだ若い声があった。
青年と呼べる風体の男が眼前にいる大男に向かって踏み込み、輝く拳を繰り出す。
が、その一撃は同じ輝きを宿した手によって叩き払われた。
されど青年は足を下げず、手を出し続けた。
烈火のような連打。
しかしそのいずれも大男には届かず、
「ぐっ?!」
反撃で放たれた一撃に、青年は突き崩された。
よろけながらも踏み堪え、体勢を立て直す。
直後、大男の、バージルの声が青年に向かって飛んだ。
「どうした! それでも偉大なる血の継承者か! お前の父はそんなものでは無かったぞ!」
これに青年は、エリスは、
「雄応ッ!」
気勢で応え、再び踏み込んだ。
「……」
その様子をディーノは見守っていた。
自分の息子は兵士に憧れている。いつか、あんな風に訓練する様子をこうして見つめる日が来るのだろうか、そう思っていた。
そしてそんなことを考えているディーノの背後から、
「今日もやってるな」
車椅子の音と共に、ケビンの声が届いた。
エリスの訓練の様子を見に来るのが今のケビンの楽しみの一つになっていた。
片手片足を失ったケビンに戦士としての可能性はもう無い。ゆえに、未来の可能性を見ていたいとそう思うようになっていた。
そしてケビンはディーノの隣に並び、尋ねた。
「お前から見て、彼はどうだ?」
ディーノは答えた。
「性格が違うからリックとは戦い方が異なるが、筋はいい。あいつはあいつなりに強くなると思う」
これにケビンは「そうか」と口を開いたが、その声はディーノの耳には入っていなかった。
ディーノはエリスと自分の息子を重ねて見ていた。
そして過去の自分とそれらを比較していた。
しかし今はもう昔とは違う。自分の息子は同じキツい思いをすることは無いだろう、そう考えていた。
それに未来はきっともっと良くなる、そんな淡い期待を抱きながら。
◆◆◆
そして同時刻、違う場所で訓練を重ねている者達がいた。
「よし、今日はここまでだ! 馬をしっかり休ませておくように!」
場にレオンの声が響く。
その隣にはアンナの姿があった。
平然とした様子の彼女に、レオンは声をかけた。
「だいぶ余裕そうだな。この程度の訓練では物足りないか?」
これにアンナは答えた。
「今日の訓練は騎手よりも馬への負担のほうが大きいものでしたから」
謙遜してそう言うアンナに対し、レオンは一つ提案をした。
「ならば、久しぶりに北部の連中のところに出向いて白兵戦の訓練でもやってみるか?」
それはいい考えかもしれない、アンナはそう思った。
同時に北部の戦士達の顔が浮かんだ。
自分に黒星をつけたディーノへの再戦の思い、同じ炎使いであるリーザへの手合わせの願いが脳裏をよぎった。
そして最後にバージルの姿が浮かんだ。
それを感じ取っていたレオンは口を開いた。
「バージルか。彼は騎兵としても優秀だな。騎馬戦も同時にやれるからちょうどいいかもしれないな」
その言葉がきっかけとなり、後にアンナは訓練という形でバージルと再戦することになる。
二人の実力は拮抗したものであり、双方に黒星と白星が交互につくことになる。
そして双方共に負けず嫌いの気があるゆえに、完全なる決着を求めて二人は何度もぶつかり合うことになる。
その果てに男女の関係となることなど、今のアンナは知る由も無かった。
◆◆◆
そして時はさらに流れ――
場所は王となったアランが治める首都。その王城。
城内にある訓練場に大勢の戦士達が集まっていた。
「それでは両者前へ!」
場に審判の声が響く。
これより行われるのはある試験。
それに挑むは、
「応!」
戦士としてたくましく成長したエリス。
気勢と共に審査員達の前に立ち出る。
そして彼に立ちふさがるのは、試練を与えるのはバージル。
これに、審査員の一人であるクリスが口を開いた。
「今日の審査員はあなたの旦那様か。エリスも運が悪いな」
その言葉に、隣に座っていたアンナが声を返した。
「そうでも無いと思いますよ。夫はエリスのことを良く言っていました。ディーノ様も今の彼は良い勝負をするだろうとおっしゃていましたし」
これに、クリスは「そうか。なら見物だな」と、期待感を声と眼差しに込めた。
向かい合うエリスとバージルが構える。
エリスはやはり父と同じ構え。
そしてバージルの武装もやはり槍斧。
緊張感を高め始めた二人に、視線が集中する。
直後、再び場に声が響いた。
「強いだけでは真の戦士足り得ない! されど戦士である以上は強くなければならない!」
そして審判はエリスのほうに向き直り、叩き付ける様に言葉を吐いた。
「これは貴殿の『騎士(ナイト)』としての資質の一つを試すものである!」
これに、エリスは審判のほうに視線を返した。
二人の視線と意識の線が交わる。
瞬間、審判は口を開いた。
「この試練に貴殿の力を示せ! 魅せてみよ!」
その言葉に、エリスは叫びで応えた。
「戦士としての誇りと名誉にかけて!」
アランが定めた新たな戦士は『騎士(ナイト)』と呼ばれるようになっていた。
宗教に依存していないなど、我々の世界で呼ばれている同名のそれとは違う存在であるが。
それでも彼らはこの世界で武人としての一つの象徴となった。彼らの象徴性は「心」と「技」によって長く受け継がれた。
◆◆◆
されど、武の世界は時に大きく変化し、周りのもの全てがそれに飲み込まれることがある。
アランは既にその未来を見据えていた。
ゆえに、アランは今日の審査員を辞退していた。
今日は重要な客が来ていたからだ。
それは雲水。
城内の応接間で、雲水とアランは商談をしていた。
二人が挟むテーブルの上には商品が並べられている。
いずれも全て銃。
前回の商談には無かった小さなものが、拳銃がある。
アランはそれを手に取った。
そして思った。感じ取った。
銃が凄まじい速度で進化していることを。
同時に、戦いは大きく様相を変え始めていることを、アランは雲水からの話で知っていた。
かつて我が国を攻撃した大陸では戦火が激しく上がっている。
新たな戦術が次々と生み出され、ぶつかり合っている。
この流れに遅れることは許されない。
もしも取り残されれば――
「……」
アランは浮かび上げたその不吉なイメージを振り払い、商談に意識を向け直した。
◆◆◆
翌日――
久しぶりに自由な時間を得たアランは、リリィと子供達を連れて教会を訪ねた。
そして末っ子達が貧民街の子供達と遊ぶ様子を眺めていると、アランはふと思った。
久しぶりにあれを読みたい、と。
そう思ったアランは席を立ち、本棚からそれを抜き取った。
「懐かしいわね、それ」
リリィが言うそれとは、偉大なる大魔道士について記した書物であった。
そしてアランはそれを取ってきた理由を答えた。
「これが今の自分を形作っている重要な要素の一つ、そんな気がしてね」
言いながら、ページをめくる。
ぺらぺらと、そうしているうちに、不思議と商談で抱いたイメージはその不吉さを失っていた。
されど消えたわけでは無い。消えるものでは無い。
何かが重なってその不吉さを消していた。
その何かの正体はすぐに分かった。自分が抱いている思いの一つだった。
すると、直後、
「私も同じ気持ちだ」
心の中で、誰かがその思いに賛同した。
それは書物の主人公、アランの中にいる写しであった。
「俺も同じだ。そうなってほしいものだな」
直後に今度はリックの声が。
私も、我もと、次々と声が響き始める。
カルロ、フリッツ、クレア、そしてクラウス達の姿が、声とともに次々と脳裏をよぎる。
だから、アランは同じ心の声で応えた。
「そうだ。俺はそう願っている。心の底から」
この国に再び影が忍び寄ることがあっても、その時は善き者達が立ち上がって跳ね返す、と。そうなるように今の制度を作ったのだから。
そして、アランはその願いを再び声にした。
「すべての民よ、強く正しく賢い、そんな高潔な存在であれ」
Chivalry - 異国のサムライ達 - 完
そして物語は Iron Maiden Queen に続く
―――
Iron Maiden Queen は現在連載中です。
作者ページにあるリンクなどから閲覧出来ます。
アルファポリスの検索欄に「稲田」または「稲田しんたろう」と入力しても出てくると思います。
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退会済ユーザのコメントです
ありがとうございます。
分割は時間を見てこっそりやることにします。
しっかりと練られた構成でたいへん読み応えがあります。
ただ私だけでしょうが、一話が少し長いと感じました。
続き楽しみにしています。
ありがとうございます。励みになります。
>一話が少し長いと感じました。
これはその通りだと思います。文庫一冊分(10万文字)を超える字数の話があったりしますので。
一つのテーマに関わる人物が多くなる後半ほど、字数が多くなっています。さらに感知能力によって互いの心理描写がより細かく描かれるようになっていることも原因の一つでしょう。
これに関しては、適当なタイトルをつけて話を分割することがあるかもしれません。
もっと人気が出てもいい作品なんだけどなぁ…
ありがとうございます。コツコツと続けていくつもりですので今後ともよろしくお願いします