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最終章
最終話 おとぎ話の続き(11)
しおりを挟む「!」
その叫びに、警戒したヴィクトルが距離を取り直す。
そして直後、ディーノはヴィクトルの目の前で変わっていった。
吹雪が渦を巻いてディーノのもとに集まっていく。
光の戦士達がアランから借りていた力を捨てて、ディーノに全てを託している。
そしてそれらは天に向かって大上段に構えられた槍斧にからまり、一本の巨大な火柱となった。
これにヴィクトルもまた同じ形を、大上段の構えを取った。
対処法は既に浮かんでいた。その技の手順を聞いて知っていたからだ。
火柱を叩きつけて行動力を奪い、下段攻撃で足を殺す――初手の吹雪は嵐で払い、二撃目のなぎ払いに反撃を合わせる。
その一連の流れがヴィクトルの頭の中ではっきりとした形になった瞬間、
「雄雄雄りゃあぁぁっ!」
ディーノはこれまでで最大の気勢と共に、火柱を纏った槍斧を正面に振り下ろした。
「ずぇりゃあぁぁっ!」
ヴィクトルもまた同じ規模の気勢で大剣を振り下ろし、嵐を放った。
が、瞬間、
「?!」
ヴィクトルは目を見開いた。
吹雪がこちらに伸びてこないからだ。嵐とぶつかり合わないからだ。
代わりに迫ってくるのは輝く傘。
ディーノは吹雪を放たなかったのだ。
ディーノは槍斧を正面に構え直し、先端から傘を展開しながら突進を開始したのだ。
そしてその傘の内側に、ディーノの全身に、収束した吹雪が纏わり付いている。
普通に吹雪を放っても嵐に払われるだけ。ならば、防御魔法で虫の群れを守りながら突進すればいい。
そのための槍斧突撃の型。
これに、ヴィクトルは反射的に輝く大盾を構えた。
普段のヴィクトルならば迎撃できた。だが、先入観のせいで反応が遅れた。
輝く傘が光る大盾に叩きつけられる。
「!」
瞬間、衝撃と共にヴィクトルの心に再び響いた。
雪、と。
直後、ディーノはそれを実行した。
槍先から展開されていた傘が消え、せき止められていた虫の群れが一斉に前に流れ出す。
吹雪がヴィクトルの体に纏わり付き、その身を蝕む。
「……っ!」
体が焼けながら鈍くなる感覚。
その激痛を伴う悪夢のような感覚の中で、ヴィクトルは再び声を聞いた。
月、と。
直後、その言葉通りにディーノは槍斧を振るった。
三日月を叩き付ける要領で振り上げる。
「ぐうぅっ?!」
瞬間、響いた金属音の中にヴィクトルは苦悶の声を滲ませた。
盾ごと左腕を弾かれた、それを認識した直後、花という最後の一文字がヴィクトルの心に叩きつけられた。
雪で相手の動きを鈍らせ、月で崩し、花のように散らせる。オレグの時と動きは違えど、正に文字通りの技。
ゆえに、最後の一撃は簡単に予測出来た。
それは、振り上げた槍斧に全体重を乗せて放つ振り下ろし。
(ならば!)
迎え討つ、と、ヴィクトルは鈍る己の体に活を入れた。
あの時のオレグと同じように、ヴィクトルは全身の星を輝かせた。
「「でぇやッ!」」
双方の気勢が重なり、振り上げられた大剣と振り下ろされた槍斧がぶつかり合う。
膜が破れ、二人の影が光の嵐の中に消える。
その時、これまでとは違う異質な金属音が響いた。
何かが少し砕けた。そんな音。
どっちだ、それとも相討ち? そんな疑問が周囲の兵士達の心に浮かび上がる。
そして閃光がおさまり、それが目に入った瞬間、
「「「!」」」
兵士達はみな同時に同じ感情を抱いた。
ぶつかり合ったディーノの槍斧が、斧頭が欠けているのだ。
遠目からでもひび割れが見えるほどの刃こぼれ。
その欠けた部分で挟んで咥えているかのように、ヴィクトルの刃を捕まえている。
これがギガースインペトゥスの弱点。
単純に武器への負担が大きいのだ。
そしてこの時点で勝敗は決したように見えた。
もうディーノは槍斧に大量の魔力を流し込めない。そんなことをすれば破裂する。
さらに、ディーノは刃こぼれを利用してヴィクトルの刃を捕まえているが、その拘束は簡単に解ける。
その欠けた傷口を広げるように大剣をねじればいい。それだけでひび割れたディーノの槍斧は砕ける。
それが分かっているヴィクトルは即座にそれを実行しようとした。
が、瞬間、
「雄応ッ!」
一つの気勢がヴィクトルの真後ろから叩きつけられた。
「!?」
ヴィクトルはその声から感じ取った。
この流れが仕組まれたものであることを。誘いに乗せられてしまったことを。
ギガースインペトゥスのぶつけ合い、それはアランの加護を受けている今のディーノにとっては博打では無かったのだ。
よく考えればすぐに分かることだった。人ならざる計算能力を持っている今のアランとディーノならば、どちらの武器が先に砕けるかなどということは分かることなのだ。
見た目からでも簡単に予想出来る。自分でも分かる。どう見ても太さのある自分の得物のほうが頑丈だ。だから有利な博打だと思った。
そしてもう一つの思い込みを利用された。
ギガースインペトゥスによる嵐の中でまともに動けるのは、自分とこの大男だけだと思い込んだことだ。
もう一人いた。盾は持っていないが、同規模の防御魔法を展開出来る男が。
見えなくなったから、いつの間にか意識から外れていた。
いや、これは精神汚染? 今となっては分からない。
ただ一つはっきりしているのは、この男はこの時を待っていたということ。
つまりその狙いは――
「破ッ!」
直後、バージルはその答えを見せた。
気勢と共に振り上げられた輝くバージルの槍斧が、ディーノの刃に拘束されているヴィクトルの大剣に叩き込まれ、
「っ!」
その無骨な刃をへし折った。
耳に痛い金属音が響く中、ディーノが拘束を維持したまま動き始める。
それは知っている動きだった。
まるでそれで突き刺そうとするかのように、盾の頭頂部をこちらに突きつける。
そして魔王を討った大砲の空洞がヴィクトルの瞳の中央に映った瞬間、
「食らえっ!」
ディーノはその中から火を噴かせた。
これに、ヴィクトルは大盾を構えていた。
どうしてそうしたのかは分からなかった。
反射によるものでも無かった。
頭では分かっていた。避けるべきだと。
だからようやく気付いた。
やはりこれは虫による思考の誘導、精神汚染によるものだと。
だが、もう手遅れだった。
「がっ?!」
轟音と共に盾が割れ、左肩に激痛が走る。
その凄まじい衝撃の中で、ヴィクトルの瞳が空を映す。
仰向けに倒れた、背中に伝わった振動からその事に気付いたヴィクトルは、慌てて上半身を起こした。
火柱を纏って仁王立ちしているディーノがヴィクトルの瞳に映る。
今回はディーノは尻餅をつかなかったのだ。
背中に回りこんだバージルに支えてもらったからだ。
そしてその右手に、欠けていないバージルの槍斧が手渡されていることにヴィクトルが気付いた直後、
「「決めろ、ディーノ!」」
場にアランとバージルの叫びが響いた。
ディーノはその声に即座に答えた。
首を狙って一閃。
吹雪を纏ったその一撃は、白い世界の中に描かれた黒い一本の線だった。ヴィクトルにはそう見えた。
鋭い痛みの後、浮遊感と共にヴィクトルの視界を覆っていた吹雪は晴れた。
衝撃と共に視界が回転し、地面と空を交互に映す。
そして何度目かの空を映したところで止まった。
「……」
敗北を理解したヴィクトルであったが、その心に曇りは無かった。
最後の景色がこれで良かった。ヴィクトルはそう思っていた。
ヴィクトルも途中から感じていたのだ。己の敗北を。
確かに、ヴィクトルはおとぎ話に出てくる勇者と称して間違い無い存在であり、これは勇者同士の戦いであった。
しかしヴィクトルは一人だった。ディーノには仲間がいた。それが決定打だった。
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