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第三話 蘇我瑞葉のプロローグ

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 スマホに何か連絡が来ているかもしれない。そう思って画面を見ると、案の定蘇我さんからメッセージが入っていた。

『ごめん! 電車遅延してる! 悪いけど、先にお店てもらえる? ごめんね!』

 誤字もそのままの、蘇我さんからの慌てた様子のメッセージを読む。確かに、駅の電光掲示板にも電車遅延の情報が流れてる。

『オッケー。先に行ってるね』

 店の場所はあらかじめわかっている。地図もあるし、大丈夫だろう。一手先を行く、といったところか。一人くだらない事を考えつつ、中央東口へと足を向ける。
 人込みには慣れない。信号を渡り、大通りへ。猥雑な看板に眉をひそめつつ、その先へと進む。

「……店どこ?」

 十字路を右に曲がって、あと少しのはずだが。

「うーん……?」

 周囲をよく見ると、電信柱に《ユグドラシル》と書かれた看板が取り付けてあった。

「このビル……の、六階か」

 お店は雑居ビルの中にあった。エレベーターに乗って上の階へと上がる。
 扉が開くと、眩しい光が見えた。
 一歩店内に足を踏み入れる。ショーケースに並べられたカードたちが目に入った。

「いらっしゃいませー」

 店員の声が聞こえた。
 白を基調とした什器の置かれた店内はとても綺麗で、ショーケースのカードは一種美術品のような美しささえあった。スリーブ、デッキケース、特価品のシングルカードがぱっと目につく。奥はデュエルスペースになっているようだ。
 カードショップ。結構いい雰囲気だ。

「あ、失礼」

 後ろから声が聞こえた。
 振り返ると、背の高い異様な恰好の男性が立っていた。髪は突っ立っていて針のよう、ノースリーブの黒のジャケットにはびょうが打ってあり、インナーのシャツは引き裂かれていた。ジーンズはまるで今しがた戦闘をしてきたかのようにボロボロだ。
 痩身の男性は鋭い目つきでわたしを見返した。

「いい? 通って」
「あ、すみません!」

 思わずじっくり見てしまった。こ、こええ。
 男性は特に何も言わず、わたしの脇を通り抜けていく。デュエルスペースのほうで、男性がよお、と誰かに声をかけていた。

 どうしよう。スマホを見ても蘇我さんから特にメッセージはない。荷物はあるが、デュエルスペースには行き辛い。一人で過ごしていても不自然でないところにいたい。
 見回すと、何台かのパソコンが並んだスペースがあった。何かはよくわからないがお客が使って駄目なものではないだろう。

 座席に座る。画面に映っているのは、どうもこの店のホームページのようだ。何か見ようか。いや、特に見たいものなんてない。わたしは普段、ああいう恰好の人間と付き合いがないし、だいいち男性は苦手だ。変に動揺してしまう。

「よお」
「うわあっ!?」

 後ろから声をかけられる。さっきの、ツンツン頭が立っていた。

「な、なな、な――」
「おねーさん。この店初めてだろ? 困ってるんじゃねえの?」
「え、いや、あの――」

 よく見ると、男性のさらに後ろにもう二人男性がいる。一人はぽっちゃりした眼鏡の男性で、言ってしまえばいかにもオタク然としている。もう一人は黒人で背はツンツン頭の男性と同じくらい高い。いわゆるマッチョだ。二の腕を剥き出しにしていて、その太さはわたしの顔より幅があるだろう。

「ビビんなって。オレらこの店の常連だよ。おねーさんみたいな子が困ってそうだとほっとっけねえ」
「それはメヒコだけだよ。俺はやめようって言ったよ」
「……メヒコだけだ」

 すかさず、後ろのぽっちゃりとマッチョが否定の言葉を言った。

「お前らには人間の心がねえ。困ってる人を見たら手助けしてあげなさいってオレはおばあちゃんに育てられた。オレはメヒコ。ご覧の通りのパンクロッカーだ。こっちのオタクはバンブー」
「バンブーです」

 ぽっちゃりの男性が頭を下げる。

「こっちのマッチョはガラポン」
「…………うっす」

 マッチョの男性が低い声で言った。

「……ど、どうも」

 ああ、やばい。カード屋、こわい。
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