ぐるりぐるりと

安田 景壹

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第五章

影の中で 17

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 宮瑠璃市宮瑠璃駅の駅前は阿鼻叫喚の渦となっていた。
 血のように真っ赤に染まった視界の中で、黒い人影がそこかしこに点在している。建物の中に逃げても無駄だ。『彼女』は、今やどこにでもいた。
 ――ハサミ女。
 あの大きなハサミを手に持ち、まさしく幽鬼の如くゆらり、ゆらりと動いている。目が合えば、恐怖で心を潰される。かといって目を閉じれば、いつ、あのハサミが襲ってくるかもわからない。
 何より恐ろしいのは、赤い霧の中で遠くに見える巨大な影。
 宮瑠璃市は、巨大なハサミ女に見下ろされていた。

 ゲートを通ってたどり着いたのは、伊瑠々川の川岸だった。
 視界は赤い靄のようなものに覆われている。街のほうはもっと濃い。さながら赤い霧だ。川のほうには、さらにとんでもないものがあった。
「何だ、あれ……」
 巨大なハサミ女だ。赤い靄のほんの切れ間から僅かにハサミ女の長髪が見えるが、その全容はようとして知れない。
「これが、静星さんが言っていた街を満たす呪詛……」
「この靄、全てが呪力だよ。このままだと一時間ももたずに、異層転移が始まる」
 那美は煌津から離れ、川岸を探った。
「……いた」
 小さく呟く。煌津も見つけた。川のほとりに立つ、静星の姿を。
 走り出す。那美が少し遅れるが、すぐに並ぶ。河原を蹴る音がすると、静星がこちらに振り向いた。
「おやあ? 先輩方」
 リングをくるくる回しながら、静星が近付いてくる。その手にはハサミ女のハサミも握られている。
「まさか。あれだけの傷を受けて生きているとは……。宮瑠璃市の魔力ネットワークを少し甘く見ていましたかねえ」
「呪いは完成させない。君はここで止めるよ、静星さん」
 ふん、と静星は鼻で笑う。
「なるほど。確かに全快したお二人なら、わたしを止められるかもですが」
 くるくると回したリングを、静星は一度上に打ち上げてキャッチする。目つきが、ひどく凶暴になものになる。
「馬鹿にするなよ。勝てる気か、この呪詛の海の中で」
「勝つしかない。勝たなきゃあなたを止められない」
 くるくると、那美はリボルバーを回し、
「穂結君、行くよ」
「ああ」
 煌津は、ビデオテープの裏側の穴に指を引っ掛けて軽く回した。右手で回転を受け止め、腹部に出現させたビデオデッキの中に挿入する。
 魔力が全身に満ちる――
「「退魔屋チェンジ!」」
 二人同時に叫ぶと桜色の光と、赤い光が川岸に溢れる。【再生リジェネーション】煌津の全身を包帯が覆っていく。手にグローブが、口にマスクが、背にマントが展開する。真っ赤に染まった髪と目に、魔力が満ちている。
 巫女装束に桜色の魔力を纏わせた那美が、リボルバーを構える。
拳銃使いの巫女カンナギ・ガンスリンガー……」
 静星が、那美を睨み付ける。そして、
「穂結先輩、その姿のお名前は?」
 煌津は剣を構えた。
「ビデオマン。俺の事を呼ぶなら、そう呼んでくれ」
「ビデオマン……ははは、なるほど。ビデオで変身するからか」
 納得したように、静星はリングを空高く放る。
「呪術師チェンジ!」
 黒い靄が立ち込め、静星の体を覆う。
「ならばわたしは、サターン・レディとでも呼んでもらうか!」
 言いざま、黒い靄を払って、死角から静星が大ハサミを振るう。天羽々斬で受け止めるが、その瞬間には、リングの横薙ぎが煌津を襲う。
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