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第五章
影の中で 15
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曇天の空が、宮瑠璃市を覆っている。
静星乙羽は、怪物特有のスピードでハサミ女を連れ、伊瑠々川の川岸にやってきた。周囲には誰もいない。儀式にはうってつけだ。
「千恵里を下ろせ」
三原稲に憑りついたハサミ女に命じる。霊体となった少女が乱暴に放り投げられる。静星は、そんな事は意にも介さず千恵里の傍まで歩み寄る。
「よくもまあ、今日まで現世に留まっていたものだね。千恵里ちゃん」
怯えてレインコートのフードを深く被った少女は何も答えなかった。言葉の意味が理解出来ていないのだろう。理解出来ていなかったからこそ、今日までこうしていられたとも言えるが。
「さあ、千恵里ちゃん。お役目を果たしてね」
静星は優しくレインコートの上から千恵里の頭を撫で付ける。千恵里は震えたままだ。静星の中に苛立ちが湧いた。
――こいつ、まだ生きているつもりでいやがる。
「思い出せ。真実を」
震える少女に、静星は耳打ちする。
「思い出せ。痛みを。恐怖を。あの瞬間を」
言葉の一つ一つに呪詛が込められている。ゆっくりと、少女が真実から目を背けるためにかけたヴェールを剥がすように、静星は彼女を呪う。
「カッ、カッ、カッ、カッ」
ハサミ女が好きな、ハサミを打ち鳴らす音を口真似してやる。
少女の震えが、いっそう激しくなる。
「…………さみ」
少女が、何かを言った。
「はさみはさみはさみはさみはさみはさみはさみ!」
「そう、そうだ。ハサミだよ。お前はそれで何をされたんだ?」
静星は静かに囁いた。
「お前は、殺されたんだよ。十年前に、ね」
震える少女が、ぴたりと止まる。
ひどく傷つけられた顔が、静星を見る。静星はただ微笑むだけだ。
少女の視線が、自分自身の手に落とされる。
切り傷だらけの、痛ましい両手。静星は、己の呪詛が成った事を確信した。
雨が降り出した川岸に、少女の絶叫が木霊する。
「ほう、ほう、ほたるこい。あっちのみずはにがいぞ。こっちのみずはあまいぞ」
静星は童謡を口ずさむ。絶叫する少女の霊を、ハサミ女が頭から飲み込んでいく。
これで呪われた霊魂が三つ揃った。予定よりも触媒の数が少ないが、まあ問題はない。
「掛けまくも畏き伊瑠々弥無伽主の大前に畏み畏みも白さく――」
静星が呪詛として作り上げた呪文を唱える。ハサミ女がハサミを地面に突き立て、伊瑠々川へと入っていく。この儀式に呼応して、街中に仕掛けられた呪いの断片が次々と発動する。この日のために、あちこちで我留羅を呼び覚まし、街を不安定にしておいたのだ。
川の水にハサミ女が足をつける。すると、川の水に溶けるように、ハサミ女の足が見えなくなっていく。見上げれば空が、血のように赤く染まっていた。ハサミ女はすでに、頭が川の中へと消えていくところである。
伊瑠々川が、真っ赤に染まる。血の如き赤に。
「さあ、お待ちかねの時間だ」
静星乙羽は、怪物特有のスピードでハサミ女を連れ、伊瑠々川の川岸にやってきた。周囲には誰もいない。儀式にはうってつけだ。
「千恵里を下ろせ」
三原稲に憑りついたハサミ女に命じる。霊体となった少女が乱暴に放り投げられる。静星は、そんな事は意にも介さず千恵里の傍まで歩み寄る。
「よくもまあ、今日まで現世に留まっていたものだね。千恵里ちゃん」
怯えてレインコートのフードを深く被った少女は何も答えなかった。言葉の意味が理解出来ていないのだろう。理解出来ていなかったからこそ、今日までこうしていられたとも言えるが。
「さあ、千恵里ちゃん。お役目を果たしてね」
静星は優しくレインコートの上から千恵里の頭を撫で付ける。千恵里は震えたままだ。静星の中に苛立ちが湧いた。
――こいつ、まだ生きているつもりでいやがる。
「思い出せ。真実を」
震える少女に、静星は耳打ちする。
「思い出せ。痛みを。恐怖を。あの瞬間を」
言葉の一つ一つに呪詛が込められている。ゆっくりと、少女が真実から目を背けるためにかけたヴェールを剥がすように、静星は彼女を呪う。
「カッ、カッ、カッ、カッ」
ハサミ女が好きな、ハサミを打ち鳴らす音を口真似してやる。
少女の震えが、いっそう激しくなる。
「…………さみ」
少女が、何かを言った。
「はさみはさみはさみはさみはさみはさみはさみ!」
「そう、そうだ。ハサミだよ。お前はそれで何をされたんだ?」
静星は静かに囁いた。
「お前は、殺されたんだよ。十年前に、ね」
震える少女が、ぴたりと止まる。
ひどく傷つけられた顔が、静星を見る。静星はただ微笑むだけだ。
少女の視線が、自分自身の手に落とされる。
切り傷だらけの、痛ましい両手。静星は、己の呪詛が成った事を確信した。
雨が降り出した川岸に、少女の絶叫が木霊する。
「ほう、ほう、ほたるこい。あっちのみずはにがいぞ。こっちのみずはあまいぞ」
静星は童謡を口ずさむ。絶叫する少女の霊を、ハサミ女が頭から飲み込んでいく。
これで呪われた霊魂が三つ揃った。予定よりも触媒の数が少ないが、まあ問題はない。
「掛けまくも畏き伊瑠々弥無伽主の大前に畏み畏みも白さく――」
静星が呪詛として作り上げた呪文を唱える。ハサミ女がハサミを地面に突き立て、伊瑠々川へと入っていく。この儀式に呼応して、街中に仕掛けられた呪いの断片が次々と発動する。この日のために、あちこちで我留羅を呼び覚まし、街を不安定にしておいたのだ。
川の水にハサミ女が足をつける。すると、川の水に溶けるように、ハサミ女の足が見えなくなっていく。見上げれば空が、血のように赤く染まっていた。ハサミ女はすでに、頭が川の中へと消えていくところである。
伊瑠々川が、真っ赤に染まる。血の如き赤に。
「さあ、お待ちかねの時間だ」
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