ぐるりぐるりと

安田 景壹

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第一章

カンナギ・ガンスリンガー 10

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「何で助けてくれなかったの?何で助けてくれなかったの?何で助けてくれなかったの?何で助けてくれなかったの?何で助けてくれなかったの?何で助けてくれなかったの?」

 囁きが脳に染み込んでくる。頭が割れる。こんなのを聞いていたら。全身が、重い。床に押さえつけられながらスマホを探す。あった。窓の下だ。そう遠くではないが、手が届くかどうか……!

「何で助けてくれなかったの?何で助けてくれなかったの?何で助けてくれなかったの?何で助けてくれなかったの?何で助けてくれなかったの?何で助けてくれなかったの?」

 スマホに手を伸ばす。もう少し、もう少しで届きそうだ……。

 伸ばした右手が血の通っていない灰褐色の手に掴まれる。呪呪呪呪呪呪呪。体温が下がる。思考が深い闇に堕ちていく。穢れ。魂も身体も穢される。

 ガタガタと、音が聞こえる。誰かが理科準備室の引き戸を開けようとしているのか……。駄目だ。もし入ってきてしまったら、その人も悪霊に……。

 ――――りぃん。りぃん。りぃん。

 鈴の音が聞こえる。準備室中に響いている。清らかな、鈴の音。

「あああああぁああがあああ」

 悪霊が絶叫を上げる。鈴の音が響き続ける。ふっと体が軽くなった。悪霊が煌津から離れたのだ。

「今だ!」

 床に転がったスマホを掴み、ロックを解除。ネットにはつながっている。検索エンジンを立ち上げ、マイクボタンを押す。

「般若心経!」

 検索結果に表示された動画を最大ボリュームにして再生する。

『まかーはらみたーはんにゃーしんぎょー』

 どこかのお寺で撮影された般若心経の読経動画が爆音で流れ出す。黒髪を振り乱し、悪霊がのたうち回る。

「何で何で何で何で何で何で何で何で何でぇえええええ」

『しゃーりーしーぜーしょーほうくうそー』

 ――――りぃん。りぃん。りぃん。

 悪霊の絶叫が木霊する。理科準備室の棚が、窓が、器具が震えている。

「ぎゃあああああああ!」

 雄叫びを残して、部屋中の震えが止まる。同時に鈴の音も止んでいた。

「はあ、はあ、倒した……」

 体中が異様に重い。呼吸も整わない。汗もそこかしこから噴き出している。だが、何とか歩けそうだ。重たい体を引き摺りながら、戸のところまで行き、椅子をどかす。

「ほ、保健室に……」

 休まなければ。歩くのもきつい。戸を開けると、誰かがすぐそこに立っていた。女子生徒。校章の縁の色からして同じ学年だ。それに……銀髪。

「君は……」

 言いかけたところで意識が遠のいていく。

「お疲れ」

 端的過ぎる労いの言葉が聞こえたところで、煌津の意識は途切れた。
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