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I feel such as fall down
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灯理は地下鉄の駅から地上へと出たタイミングで嵐の手を取った。
嵐はきゅっと灯理の手を握り返してはにかみ、それから空を見上げて口を開けた。
「東京タワーだー! 赤いー!」
少し歩く必要はあるものの、目的の旧電波塔にして現役の展望台である鉄塔は目前に迫っている。
灯理が御崎に相談してどうにか組み上げたデートプランはシンプルに東京観光だった。
岐阜から出てきた嵐はまだまだ東京の名所で行ってない所が多い。
今日は東京タワーと、それから歩いて浜離宮を巡る計画だ。東京の観光地なら灯理でさえも義務教育の野外学習で行った記憶が残る場所がある。というか、学校で行ったことのある場所以外はほぼ行ったことがないと言う方が正しいのが悲しいところだ。
ちなみにスカイツリーじゃなくて東京タワーが選ばれたのは、灯理のレトロ趣味が理由である。
灯理は上を向いて前を見ない嵐の手を引いて道を進んだ。
嵐は首を直角に上げていて痛くないのかと心配にもなるけど、楽しそうに笑っているから連れて来て良かったとも思う。
「東京タワーって歩いて昇れるんだよね?」
「やめとけ。途中で座り込むのがオチだ。他に行くところもあるんだから、エレベーターでちゃっちゃと上がるぞ」
「はーい」
聞き齧った情報を出してみたものの全く本気ではなかった嵐は素直に灯理の引率に従う。
チケットを購入し、エレベーターに並び、何組かの客と一緒に乗り込む。
「エレベーター乗るだけでも大変だね」
「スカイツリーがあっても、こっちはこっちで人気だからな」
スカイツリーの近代的なデザインと比べても、東京タワーの無骨ながら技術が目の前に見える造りはいつになってもファンの心を掴む。
エレベーターの窓から灯理は鉄骨の組み方やビスの止める位置を熱心に眺め、嵐は東京の高層ビルがどんどん下へ下へと見下ろされていくのを目で追っていた。
柔らかな浮遊感が終わり、くんと体が持ち上がってから、エレベーターは展望台に到着する。
他の客の足留めにならないように灯理は嵐の手を引っ張ってスムースに降りさせる。
嵐は入り口へ降りる人々の列を横目に見ながら、灯理に手と足の向きを預けて進んでいく。
右から左まで外壁の全てが硝子張りになっている景色は真統しく晴れて青かった。
空端の薄く白へ綴じていくのもはっきりと見えるくらいに東京を主張する高層ビルのどれもが地上と違って視線を遮らない。
「すごーい! あかりさん、東京なのに山が見えるよ、山!」
「山はお前ん家の方がよく見えるだろうが。もうちょっとこっちでしか見れないもん見たらどうだ? ほら、こっちなら海も見えるぞ」
「海!? 海も見えるの!? 見るー!」
ちらほらと見かける子供よりも断然嵐の方が騒がしくて、灯理はおかしくなった。
笑いを溢しながら展望台を一緒に半周し、海側へと嵐を連れていく。
「海だー! でも、ビルがいっぱいでよくわかんない……」
ビルが群がって浜が見えないままに水面だけが広がって見える景色に、嵐はしょんぼりと肩を落とす。
灯理はその頭にぽんと手を置いた。
「浜離宮も海だから。この後な」
「はーい。ところでさ、浜利休さんって誰?」
「人じゃねーよ。お前が言ってんの、千利休だろ」
「え、千利休にあやかって名前つけた人じゃなかったの!?」
嵐は浜離宮を人名だと思っていたと知って灯理は苦笑する。
日本庭園なんて興味ある人間しか把握していないだろうから連れて行って楽しんでくれるか少しばかり不安になる。
「道理で、灯理さんにしては馴れ馴れしく呼ばれる人だと思ったよ……すごく好きなんだなって思ってた」
「悪いが、歴史上の人物でそこまで思い入れのある人物はいない」
二人は並んでてくてくと展望台を一周していく。
嵐は外側を見ながら縁を歩き、灯理は嵐の左に並んで一歩内側を歩く。
灯理からしたら今更東京のビルが並んでいるのを見るのも大して意味を感じなかった。
だから嵐が他の客の妨げにならないようにだけ気を付けて、大きな窓から入る日差しに照らされる嵐の姿を眺めている。ビルと違って、こちらは毎日見ているのに飽きてこない。
「めっ!?」
「どした」
嵐が悲鳴を上げて立ち止り、手を繋いでいた灯理も体が引っ張られた。
「あ、穴が開いてるのかと思った……」
嵐が指差す先を見れば、床の一部が大きく硝子になって真下が見えるようになっていた。
あと数歩歩けば嵐の足もそこに置かれただろう。
確かに知らないで見れば、そこに足を踏み入れてしまったら真っ逆さまに落ちてしまうと怯えてしまうかもしれない。
「そこから下見ると、高いのがよく分かるぞ。高所恐怖症のやつは、本気で泣いてたな」
「あー、だねー」
嵐はさっきまでより歩幅を小さくしながらも下を透かす硝子の床へと進んでいく。
遠くから覗き見て、小さく悲鳴を上げて、でも真上まで足を止めなかった。
灯理が改めて見ても迫力がある。見続けていると、自分が実はもう落下しているんじゃないのかという恐怖の錯覚が這い上がってきた。
「おー。おぉー。めぇーう」
嵐も怖がりながらも展望台の高度を堪能しているようだ。
ホラーだとか絶叫系アトラクションとか、怖いもの見たさというのは癖になるものだ。
「あ、だめだ。今、むしろ落ちたいって思っちゃった」
「おい、恐ろしいこというな」
嵐に高所から身投げなどされたら、灯理の方が肝が冷えて見ているだけでこっちが死んでしまいそうだ。
灯理は少し無理やりに嵐の手を自分に引き寄せて、彼女の腰の括れに腕を回して抱え込む。
「めぅ? あたしが死んじゃうのが怖かった?」
「言わないでくれ。想像もしたくない」
嵐は空想の中だけでも怯えて震える灯理の手に、自分の手のひらを重ねてゆっくりと撫でる。
「ごめんね。死なないよ」
「当たり前だ、ばか娘」
灯理の叱責はいつもと違って羽虫のように消えそうに小さかった。
嵐は灯理に体を擦り付けて生きている体温と香りを伝える。
彼女の微かな香海を吸い込んで、灯理の心臓は緩やかに動悸を収めていく。
いつしか嵐の命が実感出来ないと酷く不安になるように変わってしまった自分を初めて自覚して、灯理はどうしていいのか分からずに顔をくしゃくしゃに歪める。
今さら手放せない。失くしてしまったら、また行き場を見失って喪欠けてしまうのだと理解してしまった。
せめて今は、確かに存在している嵐に縋って、拠り所を証明させて、依存した安堵を得るしか出来ない。
嵐の腕が灯理の背中に回り、優しく擦ってあやしていた。
嵐はきゅっと灯理の手を握り返してはにかみ、それから空を見上げて口を開けた。
「東京タワーだー! 赤いー!」
少し歩く必要はあるものの、目的の旧電波塔にして現役の展望台である鉄塔は目前に迫っている。
灯理が御崎に相談してどうにか組み上げたデートプランはシンプルに東京観光だった。
岐阜から出てきた嵐はまだまだ東京の名所で行ってない所が多い。
今日は東京タワーと、それから歩いて浜離宮を巡る計画だ。東京の観光地なら灯理でさえも義務教育の野外学習で行った記憶が残る場所がある。というか、学校で行ったことのある場所以外はほぼ行ったことがないと言う方が正しいのが悲しいところだ。
ちなみにスカイツリーじゃなくて東京タワーが選ばれたのは、灯理のレトロ趣味が理由である。
灯理は上を向いて前を見ない嵐の手を引いて道を進んだ。
嵐は首を直角に上げていて痛くないのかと心配にもなるけど、楽しそうに笑っているから連れて来て良かったとも思う。
「東京タワーって歩いて昇れるんだよね?」
「やめとけ。途中で座り込むのがオチだ。他に行くところもあるんだから、エレベーターでちゃっちゃと上がるぞ」
「はーい」
聞き齧った情報を出してみたものの全く本気ではなかった嵐は素直に灯理の引率に従う。
チケットを購入し、エレベーターに並び、何組かの客と一緒に乗り込む。
「エレベーター乗るだけでも大変だね」
「スカイツリーがあっても、こっちはこっちで人気だからな」
スカイツリーの近代的なデザインと比べても、東京タワーの無骨ながら技術が目の前に見える造りはいつになってもファンの心を掴む。
エレベーターの窓から灯理は鉄骨の組み方やビスの止める位置を熱心に眺め、嵐は東京の高層ビルがどんどん下へ下へと見下ろされていくのを目で追っていた。
柔らかな浮遊感が終わり、くんと体が持ち上がってから、エレベーターは展望台に到着する。
他の客の足留めにならないように灯理は嵐の手を引っ張ってスムースに降りさせる。
嵐は入り口へ降りる人々の列を横目に見ながら、灯理に手と足の向きを預けて進んでいく。
右から左まで外壁の全てが硝子張りになっている景色は真統しく晴れて青かった。
空端の薄く白へ綴じていくのもはっきりと見えるくらいに東京を主張する高層ビルのどれもが地上と違って視線を遮らない。
「すごーい! あかりさん、東京なのに山が見えるよ、山!」
「山はお前ん家の方がよく見えるだろうが。もうちょっとこっちでしか見れないもん見たらどうだ? ほら、こっちなら海も見えるぞ」
「海!? 海も見えるの!? 見るー!」
ちらほらと見かける子供よりも断然嵐の方が騒がしくて、灯理はおかしくなった。
笑いを溢しながら展望台を一緒に半周し、海側へと嵐を連れていく。
「海だー! でも、ビルがいっぱいでよくわかんない……」
ビルが群がって浜が見えないままに水面だけが広がって見える景色に、嵐はしょんぼりと肩を落とす。
灯理はその頭にぽんと手を置いた。
「浜離宮も海だから。この後な」
「はーい。ところでさ、浜利休さんって誰?」
「人じゃねーよ。お前が言ってんの、千利休だろ」
「え、千利休にあやかって名前つけた人じゃなかったの!?」
嵐は浜離宮を人名だと思っていたと知って灯理は苦笑する。
日本庭園なんて興味ある人間しか把握していないだろうから連れて行って楽しんでくれるか少しばかり不安になる。
「道理で、灯理さんにしては馴れ馴れしく呼ばれる人だと思ったよ……すごく好きなんだなって思ってた」
「悪いが、歴史上の人物でそこまで思い入れのある人物はいない」
二人は並んでてくてくと展望台を一周していく。
嵐は外側を見ながら縁を歩き、灯理は嵐の左に並んで一歩内側を歩く。
灯理からしたら今更東京のビルが並んでいるのを見るのも大して意味を感じなかった。
だから嵐が他の客の妨げにならないようにだけ気を付けて、大きな窓から入る日差しに照らされる嵐の姿を眺めている。ビルと違って、こちらは毎日見ているのに飽きてこない。
「めっ!?」
「どした」
嵐が悲鳴を上げて立ち止り、手を繋いでいた灯理も体が引っ張られた。
「あ、穴が開いてるのかと思った……」
嵐が指差す先を見れば、床の一部が大きく硝子になって真下が見えるようになっていた。
あと数歩歩けば嵐の足もそこに置かれただろう。
確かに知らないで見れば、そこに足を踏み入れてしまったら真っ逆さまに落ちてしまうと怯えてしまうかもしれない。
「そこから下見ると、高いのがよく分かるぞ。高所恐怖症のやつは、本気で泣いてたな」
「あー、だねー」
嵐はさっきまでより歩幅を小さくしながらも下を透かす硝子の床へと進んでいく。
遠くから覗き見て、小さく悲鳴を上げて、でも真上まで足を止めなかった。
灯理が改めて見ても迫力がある。見続けていると、自分が実はもう落下しているんじゃないのかという恐怖の錯覚が這い上がってきた。
「おー。おぉー。めぇーう」
嵐も怖がりながらも展望台の高度を堪能しているようだ。
ホラーだとか絶叫系アトラクションとか、怖いもの見たさというのは癖になるものだ。
「あ、だめだ。今、むしろ落ちたいって思っちゃった」
「おい、恐ろしいこというな」
嵐に高所から身投げなどされたら、灯理の方が肝が冷えて見ているだけでこっちが死んでしまいそうだ。
灯理は少し無理やりに嵐の手を自分に引き寄せて、彼女の腰の括れに腕を回して抱え込む。
「めぅ? あたしが死んじゃうのが怖かった?」
「言わないでくれ。想像もしたくない」
嵐は空想の中だけでも怯えて震える灯理の手に、自分の手のひらを重ねてゆっくりと撫でる。
「ごめんね。死なないよ」
「当たり前だ、ばか娘」
灯理の叱責はいつもと違って羽虫のように消えそうに小さかった。
嵐は灯理に体を擦り付けて生きている体温と香りを伝える。
彼女の微かな香海を吸い込んで、灯理の心臓は緩やかに動悸を収めていく。
いつしか嵐の命が実感出来ないと酷く不安になるように変わってしまった自分を初めて自覚して、灯理はどうしていいのか分からずに顔をくしゃくしゃに歪める。
今さら手放せない。失くしてしまったら、また行き場を見失って喪欠けてしまうのだと理解してしまった。
せめて今は、確かに存在している嵐に縋って、拠り所を証明させて、依存した安堵を得るしか出来ない。
嵐の腕が灯理の背中に回り、優しく擦ってあやしていた。
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