伯爵閣下の褒賞品(あ)

夏菜しの

文字の大きさ
19 / 32

19:朝の妻

しおりを挟む
 いまの季節は冬の真っただ中。
 むき出しの顔に容赦なく触れる朝特有のキンと冷えた空気は、日課の鍛錬に行くのを躊躇わせ、温かなベッド俺を縛り付けていた。

 ん、なんだ?

 冬の寒さに耐えかねて温かいベッドにしがみ付くなら判る。だが俺は、いままさにベッドに物理的に縛り付けられていた。
 右半身の胸から腹にかかって感じる程よい重量、加えて普段は感じない心地よい温もりまで感じる。
 まさかな……
 そぅと掛布団をめくってみると、予想通り胸の上には亜麻色の丸い物体があった。一瞬声が漏れかけたが、それに見覚えがあってその声を飲み込んだ。
 すっかりお馴染みになったこの色と艶。
 間違いないこれはベリーの頭だ。
 それに気づき心音がドッドッと早鐘を打ち始めるが、彼女はその音に気付いた様子もなく、相変わらず俺の胸の上ですぅすぅと規則正しい寝息を上げている。

 まず俺は気を落ち着かせるために昨夜の記憶を探った。
 寝る前にホットミルクを飲む習慣のあるベリーとリビングで語らい、そのまま別れて独りで部屋に戻って眠ったところまで思い出した。
 つまり俺が寝入った後でベッドに入り込んできたのだろう。
「おいベリー、起きろ」
「んっむぅ」
 軽く揺すると迷惑そうな吐息が聞こえてきた。

 駄目だ。
 完全に寝ているようだ。

 ベリーとの生活が始まって一週間。
 先日は新年の宴にも出たことだし、そろそろ疲れがたまった頃だろう。そう思えばせっかく気持ちよさそうに寝入っているのに起こすのは忍びないような気がしてくる。
 しばし抱き枕に甘んじるとするかな。

 さてと。体に感じる感覚から、ベリーは俺の胸と右腕の間に入り込み、横抱きに俺に抱き付いていることが分かった。
 それが分かったからなんだと言えばそれまでだが、現状を把握するためにも知っておくほうが良いに決まっている。
 まずフリーになっている右手。
 これをそのまま下すと身長差から彼女の臀部に触れてしまう。
 それは良くない。
 俺は彼女を起こしてしまわないように、殊更ゆっくりと右手を動かし、掛布団の端を掴んだ。
 これは封印、俺は決してこの手を離さない。


 ……何分経っただろうか。
 まだ五分だろうか、それとももう三十分は経っただろうか?
 眠気は吹っ飛び、寝返りも打てないまま微動だにしていないもつらいが、それよりもだ。ベリーの体温はどうやら俺よりも高いようで、だんだん暑くなってきてつらい。
 しかしたかが暑さだ。
 砂漠を行軍して渇きまで味わったあの時よりはマシだろう?

 ふう。さすがにもう一時間は経ったよな?
 布団の中に入り込んだベリーが動くと掛布団が動くのは当然の理だ。しかしその都度に隙間から彼女特有の甘い香りが漏れてきて俺の嗅覚を刺激するのは誤算だった。
 これはきっと人をダメにする甘い香りに違いない。
 だが落ち着け、密林を行軍していた最中に出会った、命を奪う甘い香りを放つ花に比べれば全然マシだ。

 なあベリー、そろそろ起きてくれないか?
 何の苦行か、ベリーは寝返りを打つともぞもぞと身を動かし、その柔らかい肢体を余すことなく摺り寄せてくれた。
 無意識なのに俺の理性を削りにくるのは何故なんだ?
 さらなる刺激を求め、右手の封印を破り、彼女の臀部を堪能したい……
 いや何を言っている、駄目だ。駄目に決まっているだろう!
 寝入った女性の触れるなど許される行為ではない!
 これに対抗するには……
 俺は再び森で出会った蛮族の奇怪な仮面に頼った。



 ベリーがちゃんと目を覚ましたのは朝日が昇り、朝特有のキンとした空気がすっかり緩和した頃だった。
 ううんと一声、甘い吐息を漏らした後は、何のためらいもなく掛布団ごとガバリと起きて辺りをきょろきょろと見渡す。
 そして俺と目が合うと、蕩けるような笑みを浮かべながら「おはようございます」と首を少し傾けた。その拍子にまだ結われていない長い髪がひと房、はらりと落ちて俺の腹に触れた。
 まったくの無防備なその姿に、先ほどとはまた違った危機感を覚える。
 眠った後に入り込むのはやめてくれ、頼むから無防備な姿は見せないでくれ、などなどそのあたりの感想やら感情を一切合切胸にしまい込んで、「おはよう」とだけ返した。
「ん……」
 起きた時の勢いはどこに行ったのか。返ってきた返事は鈍く、うっかりすればそのまま再び閉じてしまいそうに見えた。

「お、おいベリー?」
 再び声を掛けると、ほや~とどこか遠くを見ていたベリーの瞳が今度はしっかり線を結んだ。
 瞳の形はすっかり見慣れたアーモンド形に、そのまま俺とベッドの間に視線を彷徨わせて、頬を真っ赤に染める。
「す、すみません! 寝ぼけていたようです」
「それは良かった。
 それで、その、早速どいてくれると助かるのだがな」
 俺を抱き枕にしていたベリーが起き上がった場所は、俺の右太腿の上で、いまの彼女はそれに跨るかのような姿勢で身を起こしていた。
 要するに俺の右脚にはベリーの柔らかいお尻が乗っているのだ。
 なるべく意識しないようにと努めていたがそろそろ限界。できればすぐにでもどいて欲しい。
「ひゃぁ! 重ね重ねすみません!
 重かったですよね」
「いや別に」
「むっ…………
 いえ信じましょう。
 えと、すぐに朝食の支度をしますね」
 しばしこちらを値踏みするかのように睨みつけた後、ベリーはパタパタと走り去っていった。
 今の間はなんなんだ?
 めちゃくちゃ怖かったんだが!?
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢

さら
恋愛
 名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。  しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。  王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。  戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。  一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。

美男美女の同僚のおまけとして異世界召喚された私、ゴミ無能扱いされ王城から叩き出されるも、才能を見出してくれた隣国の王子様とスローライフ 

さら
恋愛
 会社では地味で目立たない、ただの事務員だった私。  ある日突然、美男美女の同僚二人のおまけとして、異世界に召喚されてしまった。  けれど、測定された“能力値”は最低。  「無能」「お荷物」「役立たず」と王たちに笑われ、王城を追い出されて――私は一人、行くあてもなく途方に暮れていた。  そんな私を拾ってくれたのは、隣国の第二王子・レオン。  優しく、誠実で、誰よりも人の心を見てくれる人だった。  彼に導かれ、私は“癒しの力”を持つことを知る。  人の心を穏やかにし、傷を癒す――それは“無能”と呼ばれた私だけが持っていた奇跡だった。  やがて、王子と共に過ごす穏やかな日々の中で芽生える、恋の予感。  不器用だけど優しい彼の言葉に、心が少しずつ満たされていく。

【完結】断頭台で処刑された悪役王妃の生き直し

有栖多于佳
恋愛
近代ヨーロッパの、ようなある大陸のある帝国王女の物語。 30才で断頭台にかけられた王妃が、次の瞬間3才の自分に戻った。 1度目の世界では盲目的に母を立派な女帝だと思っていたが、よくよく思い起こせば、兄妹間で格差をつけて、お気に入りの子だけ依怙贔屓する毒親だと気づいた。 だいたい帝国は男子継承と決まっていたのをねじ曲げて強欲にも女帝になり、初恋の父との恋も成就させた結果、継承戦争起こし帝国は二つに割ってしまう。王配になった父は人の良いだけで頼りなく、全く人を見る目のないので軍の幹部に登用した者は役に立たない。 そんな両親と早い段階で決別し今度こそ幸せな人生を過ごすのだと、決意を胸に生き直すマリアンナ。 史実に良く似た出来事もあるかもしれませんが、この物語はフィクションです。 世界史の人物と同名が出てきますが、別人です。 全くのフィクションですので、歴史考察はありません。 *あくまでも異世界ヒューマンドラマであり、恋愛あり、残業ありの娯楽小説です。

好感度0になるまで終われません。

チョコパイ
恋愛
土屋千鶴子(享年98歳) 子供や孫、ひ孫に囲まれての大往生。 愛され続けて4度目の転生。 そろそろ……愛されるのに疲れたのですが… 登場人物の好感度0にならない限り終わらない溺愛の日々。 5度目の転生先は娘が遊んでいた乙女ゲームの世界。 いつもと違う展開に今度こそ永久の眠りにつける。 そう信じ、好きなことを、好きなようにやりたい放題… 自覚なし愛され公女と執着一途皇太子のすれ違いラブロマンス。

英雄の番が名乗るまで

長野 雪
恋愛
突然発生した魔物の大侵攻。西の果てから始まったそれは、いくつもの集落どころか国すら飲みこみ、世界中の国々が人種・宗教を越えて協力し、とうとう終息を迎えた。魔物の駆逐・殲滅に目覚ましい活躍を見せた5人は吟遊詩人によって「五英傑」と謳われ、これから彼らの活躍は英雄譚として広く知られていくのであろう。 大侵攻の終息を祝う宴の最中、己の番《つがい》の気配を感じた五英傑の一人、竜人フィルは見つけ出した途端、気を失ってしまった彼女に対し、番の誓約を行おうとするが失敗に終わる。番と己の寿命を等しくするため、何より番を手元に置き続けるためにフィルにとっては重要な誓約がどうして失敗したのか分からないものの、とにかく庇護したいフィルと、ぐいぐい溺愛モードに入ろうとする彼に一歩距離を置いてしまう番の女性との一進一退のおはなし。 ※小説家になろうにも投稿

ひみつの姫君  ~男爵令嬢なのにくじ引きで王子のいる生徒会の役員になりました!~

らな
恋愛
男爵令嬢のリアはアルノー王国の貴族の子女が通う王立学院の1年生だ。 高位貴族しか入れない生徒会に、なぜかくじ引きで役員になることになってしまい、慌てふためいた。今年の生徒会にはアルノーの第2王子クリスだけではなく、大国リンドブルムの第2王子ジークフェルドまで在籍しているのだ。 冷徹な公爵令息のルーファスと、リアと同じくくじ引きで選ばれた優しい子爵令息のヘンドリックの5人の生徒会メンバーで繰り広げる学園ラブコメ開演! リアには本人の知らない大きな秘密があります。 リアを取り巻く男性陣のやり取りや友情も楽しんでいただけたら嬉しいです。

冷淡だった義兄に溺愛されて結婚するまでのお話

水瀬 立乃
恋愛
陽和(ひより)が16歳の時、シングルマザーの母親が玉の輿結婚をした。 相手の男性には陽和よりも6歳年上の兄・慶一(けいいち)と、3歳年下の妹・礼奈(れいな)がいた。 義理の兄妹との関係は良好だったが、事故で母親が他界すると2人に冷たく当たられるようになってしまう。 陽和は秘かに恋心を抱いていた慶一と関係を持つことになるが、彼は陽和に愛情がない様子で、彼女は叶わない初恋だと諦めていた。 しかしある日を境に素っ気なかった慶一の態度に変化が現れ始める。

わんこ系婚約者の大誤算

甘寧
恋愛
女にだらしないワンコ系婚約者と、そんな婚約者を傍で優しく見守る主人公のディアナ。 そんなある日… 「婚約破棄して他の男と婚約!?」 そんな噂が飛び交い、優男の婚約者が豹変。冷たい眼差しで愛する人を見つめ、嫉妬し執着する。 その姿にディアナはゾクゾクしながら頬を染める。 小型犬から猛犬へ矯正完了!?

処理中です...