前世と今世の幸せ

夕香里

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彼女の今世

episode33

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「ヘレナ、何か用?」

「急に呼び出してしまってごめんなさい。生徒に召喚魔法を教えるために呼んだの」

「そうなのね。私はヘレナの契約精霊のラウンよ。よろしくね。ヘレナの教え子さん」

 ラウンと自己紹介してくれたリスの精霊はヘレナ先生の手から駆け上がり、ちょこんと肩に乗った。

 ラウン……これはブラウンからとったのではないかしら?

「もしや先生、ラウンが茶色だからブラウンから名前を取りました?」

「あっ分かっちゃう? そうよやっぱりぱっと思いつく名前はそういう風なものじゃない。リーティアさんもそうでしょう?」

「ええ、一瞬で思いつくのは」

 召喚された精霊はすぐに名を付けないと元いた場所に帰ってしまう場合が多い。そのため契約するためにはすぐに名を付けるのが良いのだ。

「さあリーティアさんも唱えて、早く教室に戻りましょう」

「はい。召喚魔法! ────現れない……」

 魔力を込めて唱えても手のひらにアリアは出現しない。えっ私、魔法間違えた? いや、ヘレナ先生が唱えた通りに唱えたしそんなはずは。

「リーティアさん上よ上」

「え? あっ!」

 ヘレナ先生の視線の先にある真上を見ると、天井のガラススレスレの所をアリアはふよふよと飛んでいた。

 何故あそこに……というかガラスに頭をぶつけないのかしら。思わず眉をひそめてしまう。

「召喚魔法は近距離にいる契約精霊には効かないの。リーティアさんが今唱えてアリアさんが現れなかったのは真上にいたからだったみたい」

「そうなんですか……ア~リア! 教室に行くから降りてきて」

 周りの生徒たちがもう居ない事を確認してから声を張りあげる。

「ん~アリア眠いのぉ邪魔しないで~」

 一瞬少しだけ瞳を開けたアリアはそれだけ言うとまたふよふよ漂い始める。

「お願いだからアリア! 降りてきて! 私の肩でなら寝ていいから!」

「リーリーの肩……? んーそれなら……」

 手が届くところまで降りてきたアリアを即座に捕まえて肩に乗せる。そして扉の前で待っていてくれたヘレナ先生に御礼を伝えて駆け足で教室へと急いだ。

 午前の授業が終了するチャイムと同時に教室に駆け込んだ私は自分の席を見てため息をついてしまった。

「座れ……ないじゃない」

 教室に人集りができている。場所は左後ろ。あの中に入っていくなんてとてもじゃないが出来ない。

「今から昼休みですので契約した精霊とスキンシップをとりながら昼食を食べてください。午後は通常授業になるので教室に戻ってきてくださいね」

 遅れて入ってきたヘレナ先生は生徒達にそう言うと解散の合図をした。

「………カフェテリア行こうかな。その後に図書館にも」

 くるりときびすを返してカフェテリアへ行こうとしていたエレン様達に私は合流し、移動する。

 カフェテリアでは日替わりメニューと通常メニューがあり、今日の日替わりは煮込んだ鶏肉を入れたスープカレーにサラダ、それに苺のショートケーキ。奥にある厨房からスパイスの良い匂いがこちらまで漂ってくる。

 決めた! 通常メニューも美味しそうだけどカフェテリアで初めて食べる昼食は日替わりメニューにしよう。

「スープカレーお願いします」

「辛さはどうするかい?」

「甘口でお願いします」

 ピリッとする辛さがどうしても慣れておらず、食べると喉を痛めてしまうので、辛いものは食べられない。

「はいどうぞ。スプーンとかはセルフで持っていってね」

「ありがとうございます」

 熱々のスープカレーを受け取り、お水とスプーンを取ってから席に着く。

 スープを掬って少しの間冷ましてから口に運ぶ。

「リーティア様はスープカレーですか。私は熱いものが苦手でサンドイッチにしてしまいましたわ」

 卵とレタスのサンドイッチを手に取ったアイリーン様は残念そうにしている。

「スパイスが効いていて美味しいですよ。次の機会に食べてみたらどうですか?」

「そうですね次の機会に食べてみます」

「リーン、僕にもそれちょうだい」

「フェル、あなた妖精もサンドイッチ食べれるの?」

 フェルはアイリーン様の契約精霊で土属性の妖精だ。

 アイリーン様が注文したサンドイッチをつつきながらフェルは彼女におねだりした。

「食べれるよ小さくしてくれれば。ねえリーンちょうだい?」

「いいわよ。はいどうぞ」

 アイリーン様はサンドイッチを小さくちぎってフェルに渡した。

「いいなぁアーネも食べたい! エレン、ちょーだい」

「えっ嫌です。あげません。あっこら!」

「へへっも~らいっ! うーん美味しい」

「あぁぁ私の……苺……」

 デザートに苺のショートケーキを食べようとフォークをさす寸前だったエレン様は、咄嗟にケーキの乗ったお皿をアーネから遠ざけようとする。が、その努力も虚しく一瞬で苺を取られていた。

「エレン様、良かったら私の苺あげましょうか?」

「……いいのですか?でも、そしたらリーティア様の苺が……」

「エレン様、苺が大好物だったでしょう? どうぞ」

 押し付けるようにそのまま苺をエレン様のお皿に載せると彼女は恐縮しながらも苺を口に運んだ。

「ありがとうございます。とても美味しいです!」

「それなら良かったです。私、図書館に行きたいのでお先に失礼致しますね。お二人はゆっくり食べてて下さい」

 食べ終わった食器を片付け、二人に断りを入れると席を立ってカフェテリアの外に出る。

「んーとここを左に行って……」

 曲がり角を曲がると重厚な扉が正面に現れた。その横には図書館とも書かれている。

 取手に手をかけて出来るだけ静かにゆっくりと開けると、中は閑散としていた。

(何の本を読もうかしら……やっぱり精霊関連……?)

 館内案内図で大方の場所を把握すると、棚と棚の間を見ながらゆっくり散策する。

「精霊辞典」

 棚に並んだ本の背表紙を撫でていくと一冊の本で手が止まる。

(この本は読んだことがない。まだ時間はあるし、これを読もうかな)

 そこそこの厚みの精霊辞典を棚から取り出すと、外の光が差し込んで明るい場所にある柔らかそうな椅子に座った。

────精霊は様々である。動物の姿や小人それに妖精。特に妖精は珍しく、召喚魔法で契約を出来る可能性は低かった。だが近年は魔力が高い者ほど妖精が出現するようになっている。その理由はまだ解明されていない。
 加えて光属性の──中でも妖精が出現することは稀であり、ここ最近で召喚に成功した者は今代の筆頭魔術師のみである。

「全部知ってる内容ね。新しい事は無し……か……」

 他のページもパラパラと見た後、パタンと本を閉じる。

(次は水属性の魔法でも調べようかしら。アリアが得意な水で何ができるか知りたいし……)

「何を調べているの?」

「……っ!?」

 本を元の場所に戻そうと椅子から立ち上がった瞬間、近距離で声が聞こえ、驚いて本を落としそうになる。

「初めまして。リーティア・アリリエットさん」

 声のした方に目を向けると、つやのある黒髪に紫水色の瞳、日に焼けたことがないような真っ白な肌の少年がいつの間にか頬杖をつきながら私の隣に座っていた。

「はっはじめまして」

 あの人だ。昨日、講堂に行く最中に正面にいた人。あの後分かったことだけど、同じアクィラのクラスメイト。えーと名前は……焦れば焦るほど名前が出てこない。確か外交官であるお父様を持つ……。

「私はルートヴィヒ・ダーティアン」

「すっすみませんルートヴィヒ様。お名前がすぐに出てこなくて」

「大丈夫だよ。一日でクラスメイト全員の顔と名前を覚えるなんて不可能だし、それに僕は国外にいたしね。知らなくて当然さ」

 朗らかにルートヴィヒ様は笑う。良かった怒っているわけではなさそう。それにしても公爵子息様の名前が出てこないなんて失態だ。

 知らなかった、覚えてなかったでは許されない。貴族の顔と名前は全員覚えて当たり前なのだから。

「ねえ、もう一度聞くけど何を調べているの?」

「妖精についてです。自分が契約した精霊が妖精だったので。でも、自分が知っている以上の知識は書物から得られなかったので水魔法は何があるのか調べようと……」

「君の契約精霊は水属性の子だっけ?」

「そうです。ルートヴィヒ様の精霊は風属性ですよね」

「そう、風属性。とてもすばしっこいんだよ。しかも好奇心旺盛で興味があるものを見つけるとあっちこっちに行ってしまう。さっきも教室とは反対方向に行こうとしたのを慌てて掴まえたんだ」

 苦笑しながらルートヴィヒ様は妖精が飛んでいく身振り手振りを加える。

「お名前は何て言うのですか?」

「ラトルだよ。リーティア嬢の子は?」

「アリアです」

「いい名前だね」

「ありがとうございます。ところでルートヴィヒ様は何故図書館に?」

 彼は私の隣にいつの間にか座っていたようだけど、テーブルの上には何も置かれていない。

 それに学園の図書館はとても大きく、勉強や調べ物がしやすいよう至る所に座るスペースがある。今も閑散としていて座る場所は余っているのに何故私の隣に座っていたのだろうか……。

「静かな所に行きたくてね。図書館だったら話す人はいないから静かだろう?」

「ですが何故私の隣に? 席なら沢山空いてますよ」

 ガラガラの席を指すとルートヴィヒ様は「まあそうだね」と言った。

「まだ本格的な授業が始まっていないのに図書館でクラスメイトを見かけたら何をしているのか気になって。それにリーティア嬢とは話をしてみたかったから」

「私と……話を……?」

 ルートヴィヒ様の事をあまりよく知らない私からしてみれば、話をしたいという理由が分からない。

「君は他の人と違う気がするから。あっ勿論良い意味でね」

 言いながら目線を合わせてくるルートヴィヒ様に少し胸騒ぎする。何だろう他国にいた方だからか他の人と纏う雰囲気が少し違う気がする。

 ギュッと本を抱えながら私は無意識に一歩後ろに下がっていた。

「ありがとう……ございます……?」

「……そういう所が他の人と違う。そこでお願いなんだけど私の友人になってくれないかな」

「友人ですか? いきなり?」

 唐突に何を言い出すのかと思ったら友人……? しかも異性である私に? 他の子息の方にお願いした方がいいのでは。と口から出る寸前で止める。

「そう。私はほとんど国外で暮らしてたからこちらに親しい人がいなくて。男性とも女性とも交流関係を広げたくてね。勿論リーティア嬢がよかったらでいいんだけど」

 ダーティアン公爵家は外交関係を担う家で、代々外交官として他国にいることが多い家系。お父様はもう少し高位貴族の結束を固めたいと言う理由で、中々会うことが叶わないダーティアン家との繋がりを欲しがっていた。

(もし、私が彼と友人になれば少しはお父様の助けになるかしら……)

 それに、違和感はあるけどルートヴィヒ様は悪い人ではなさそうに思える。
 私も他国の事を知りたいし、友人になるのは悪くないかもしれない。まあ直感だから間違っているかもしれないけど。

「……いいですよ。ですが一つだけお願いがあります。私にルートヴィヒ様が暮らしていた国の話を教えて頂けませんか?」

「勿論お易い御用だよ。聞き入れてくれてありがとうリーティア嬢。それと、妖精に関してならその本よりもあの本棚の上から三段目にある書物の方が詳しく書かれているよ」

「えっ」

 席を立って出口の方に向かうルートヴィヒ様は私が持っている本を指さし、その後に本棚を目で指定して去っていった。

 私は慌てて本を元の場所に戻し、ルートヴィヒ様が指していた場所から妖精に関しての本を取り出す。

(さっきの本よりも詳しく書かれてる。私が知らなかった内容も。でもなんでこの図書館を使ったことが無いはずのルートヴィヒ様が知っているの?)

 パラパラとめくりながら驚いているといつの間にか時間は過ぎ去り、午後の授業の予鈴が鳴ったのだった。
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