林間学校に待ち受ける異次元のワナ

Ryo

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8.そして、昨日

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 グラグラする。体が揺れている。
 なんだかちょっと……いや、とっても気持ちがいい。
 でも、そんな場合じゃないような?
 すごく大事な、絶対にしなければならないことの途中だった気がするけれど……。

「ケンは!」

「うぉあ!」

 叫びながら体を起こすと、すぐとなりで誰かがめちゃくちゃ驚いた声を出した。

「なんだよ、驚かすなよ」

「ケン、なんでいるの……?」

「はぁー?」

 思わず口に出した言葉に、盛大に顔をしかめてすっとんきょうな声をあげたのは、ケンだ。

「ゴメン、そうじゃなくて、ええと、無事?」

「夢でも見たのか? 無事に決まってるだろ。カズキこそ大丈夫かよ?」

「ああ、うん」

 ぼくらはバスに乗っていた。
 進行方向には山、そして後ろにはビル群が見える。
 記憶が間違っていなければ、これは行きのバスだ。

「そういえば、今日ってなん日だっけ?」

「お……おい、マジで平気か? 先生呼ぼうか?」

「違うって、ちょっとホラ、寝ぼけているだけでさ。で、なん日?」

「九月二十八日だけど」

「そうか、間違いない」

 ぼくは急いで窓際で眠りこけているドクを起こし、後ろの座席に並んだサツキとユリにも声をかけた。

「みんな、起きて! 振り出しに戻っているよ、林間学校初日だ!」

 三人とも、五秒くらいはなにがなんだかわからないという顔をしていた。
 寝ているところをたたき起こしたんだから、しょうがないよね。
 でも、バスのなかを見回し、窓から前後の景色を確認すると、みるみる驚きの表情になっていった。

「カズキ、これって……」

 うわごとみたいにつぶやくドクに、ぼくは大きくうなずいて見せた。

「そうだよ、まだぼくらはコトリ荘に着いていない。そして、ケンはまだここにいる」

「ちょっと、ケン! 心配したじゃない!」

 後ろからサツキが、ものすごいけんまくでケンにつかみかかった。
 ほかのクラスメイトも、何事かと振り返って見ているじゃないか。
 あまり目立たないようにしてもらえませんかね、なんちゃって。

「サツキ、安心するのは早いよ。ここからが問題だ」

「なんでよ。アレがなかったことになったんだから、メデタシメデタシでしょ?」

「ボクはそうは思えないなぁ」

 どうやらドクは、ぼくと同意見らしい。

「このまま行くと、たぶん同じことが起こると思う。山の中でバスのナビが壊れて煙に包まれて、今夜ケンが消えてしまう」

「ええっ? オレ、消えんの?」

 ボクとドク、それにサツキとユキはさっきまでの――地袋に入るまでの記憶があるらしいけれど、ケンはそれがないみたいだ。
 自分が煙に包まれて消えてしまったことを知らないというか、事件が起こる前のケンなんだと思う。
 つまり、時間が巻き戻ったってこと。

「だから、それを止めないとダメなんだ。どうすればいいと思う?」

「いっそバスジャックして、山中湖に行かせなくしちゃうのがいいんじゃない?」

「サツキ、過激だねぇ」

 うん、ぼくもビックリしたよ。
 でも、なんとしてもケンを消えさせまいとする強い気持ちは心に響いた。
 そのとおりだ、絶対にケンを忘れさせてなるものか。
 そう思いつつ、とりあかずサツキをなだめることにした。

「ぼくらがメチャクチャ怒られるのを覚悟したとしても、ほかの無関係なクラスメイトから林間学校の思い出を取り上げるのは……最後の手段にしたいかな」

 これといったアイデアが出ない間も、バスは高速道路をスイスイと進んでいく。
 少しずつ山が近づいてきて、ときおり畑が見えてくる。
 もうあまり時間はなさそうだぞ。

「考えるにしても、ゴールが見えないと何もできないじゃない。どうできればいいの?」

「たぶん、あの山道に入らなければいいんじゃないかなぁ」

「そういえば、昨日の運転手さん、あの山道は古い道っていっていたよね。ということは、もう一つの、正しいルートで行けばいいんだ」

 よし、だんだん見えてきたぞ。なにをすればいいのか、が。

「今考えるべきは、どうやって正しい道でバスに進んでもらうか……か。難しいわね」

 サツキの言葉に、今のところ黙ってうなずくしかないのが情けない。
 ケンが消えてしまうという出来事を先生にいったところで、絶対に信じてもらえないことくらいわかる。
 ぼくが大人だったら、出来事のややこしい部分は伏せたまま、何となく進路を変更してもらえるようにできたかもしれない。
 けれども悲しいかな、ぼくは子どもなんだよね……。

「仮病……使ったらどうかな?」

 バスのエンジン音にかき消されそうな声はユリのもの。
 そして仮病という言葉に、ぼくの脳の中で電流のようなものが走って一つの計画を導きだしてくれた。

「ユリ、その作戦……アリかもしれないよ!」

「先生! 安川さんが、お腹痛いって泣いています!」

 サツキの鬼気迫る声に、バス車内がどよめいた。
 先頭の座席で石原先生が立ち上がり、こわばった顔つきでぼくらのほうへとやってくる。

「安川さん、どんな具合なの? 熱はある? 気持ち悪い?」

「熱はわかりません……少し、気分が悪いです……」

 ここで、車内のざわめきが一気に大きくなった。
 遠足なんかでも、経験あるよね。
 だれか一人が気分悪くなると、今までなんともなかった人まで気分が悪くなって……ってこと。
 あの大惨事が、先生をふくめた大勢の頭に浮かんだんじゃないかな。
 そして、絶対にそれだけは防ぎたいと思うはず。

「安川さん、我慢できそう?」

「……お手洗いに、行きたいです」
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