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レティシア15歳 輝く未来へ
第136話 入学祝い
しおりを挟むレティシアは勤務時間を終えたリディーと一緒に、モーリス商会をあとにする。
事務所を出ていくとき、見送る商会スタッフたちから温かい視線が向けられていたことに二人は気付かなかった。
既に日は落ちて空は昏くなっていたが、街灯に照らされた街はまだまだ多くの人々で賑わっている。
むしろ、飲食店が連なる繁華街はこれからがピークだろう。
なお、レティシアが外食することは、エリーシャがモーリス家に伝言してくれることになっている。
彼女としても二人の仲が進展することを願っていたので、かなり喜んでいたようだ。
それは、報告を聞くであろうアデリーヌも同様だろう。
「そんじゃ、どこ行く?」
「ここから近いところだと……『四季の風』はどうだ?」
「あ~、ランチは食べたことあるけど、ディナーも気になってたんだよね。じゃあ、そこで!」
モーリス商会のある西大広場から、大きな通りを入ってすぐのところにあるレストランだ。
レティシアはこれまで昼食では何度か訪れていたが、おしゃれな雰囲気の店なので、いつかディナーも行ってみたいと思っていた。
「よし、じゃあ行くか。ところで、今更なんだが……モーリス家でお祝いの予定だったんじゃないのか?」
「それは週末休みだね。父さんも兄さんも、入学式には来てくれたけど、そのあとは仕事があったからね」
「そうか、ならちょうど良かった」
突然の誘いだったので家族の団らんの時間を邪魔したのでは……と、彼は心配したが、それが杞憂であることにホッとする。
そうして二人は店に向かって並んで歩く。
レティシアは学園初日の様子を楽しそうに話し、リディーは穏やかな笑みを浮かべてそれを聞く。
ひと昔前であれば、その様子は仲の良い兄妹のように見られたかもしれない。
しかし今は、仲睦まじい恋人同士のよう……と思う者もいるだろう。
そして二人はレストランの前までやってきた。
「やっぱり昼間とは雰囲気が違うね。私、制服のままなんだけど……入れるかな?」
彼女が知る昼間のカジュアルな雰囲気と異なり、ディナータイムの落ち着いた店構えは、そこはかとなく高級感が漂っている。
自分の格好は少し場違いじゃないだろうか……と、彼女は少し不安に思った。
「別にドレスコードは無かったはずだ。あったとしても、学園の制服なら大丈夫だろう」
レティシアからすれば前世の女子校生と変わらない格好なのだが、そこは由緒正しき学園の制服である。
他の者から見ればフォーマルの範疇に入ると言うことらしい。
ちなみにリディーはスーツ姿だ。
彼も、ドレスコードがあったとしても問題ないだろう。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「ようこそ『四季の風』へ。お客様は二名様でいらっしゃいますか?」
「ええ。特に予約はしてませんが、大丈夫ですか?」
「はい、大丈夫ですよ。ではお席にご案内いたします」
二人は店員に案内され、街路に面した窓側の席につく。
まだ夕食には少し早い時間なのか、店内は比較的空いていた。
暖かな光が照らす店内は、外観と同じく落ち着いた雰囲気。
レティシアはランチタイムのときはテラス席を選ぶことが多いので、初めてのディナータイムの店内は昼夜の違いもあって新鮮に感じられた。
「さ~て、何にしようかな……」
渡されたメニューを見ながら、何を食べようかと悩み始める。
「遠慮しなくていいぞ。お祝いなんだからな」
「でも、ディナーはコース料理中心みたいだけど……大丈夫?」
彼女は公爵令嬢であまりお金に困る立場ではない。
しかし、彼女は前世の庶民としての記憶もあるし、自分で商会を切り盛りしてるので金銭感覚は比較的まともである。
ゆえにリディーの懐事情を気にしたのだが……
「心配するな。これでもモーリス商会の『副会長サマ』だぞ?値段なんか気にしないで、食べたいものを頼むといい」
いつぞやのレティシアのセリフを引用して、彼はそう答える。
(まあ、男としては女性に懐を気にされるのはあまり嬉しくないか……)
彼女はそのへんの感覚も分かるので、それ以上は気にしないことにする。
そして、再びメニューとにらめっこを始めた。
「ん~、どれも美味しそうで迷うなぁ……」
「ゆっくり選んでいいぞ。そうだな……俺は、この『四季の風スペシャルグリルコース』にしようか」
リディーはメニューをパラパラと少しめくっただけで、すぐに自分が頼むものを決めてしまった。
「お、さすが男子たるもの、ガッツリ肉系料理だね。それも美味しそうなんだけど、ちょっと私には多いかな……」
やはり前世の感覚的にボリュームのある肉料理も魅力的に思えるが、さすがに長年女子をやってるので、嗜好もかなり変わっている。
肉中心の脂っこいものより、どちらかといえば魚介や野菜中心のさっぱりした料理の方が好みではある。
そうして彼女は暫く悩み続けたが……
「あ、これにしよ!『旬の野菜と魚の東方風コース』!」
「レティは東方料理好きだよな」
「うん!」
前世の日本の味に近い料理はなかなか食べる機会がないので、あればつい選んでしまうのだ。
以前も誕生日のお祝いで東方料理専門店に行ったことをリディーは思い出し、それを懐かしむ。
そしてそれぞれが注文し、料理が来るまでの間はしばらく会話を楽しんだ。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「ふぅ~、美味しかったね~。また来ようね」
「ああ、喜んでもらえて良かったよ」
すべての料理を食べ終わり、二人は満足そうに微笑み合う。
そして、食事を終えたあとも二人は数々の美味しい料理の余韻に浸りながら、しばし会話に花を咲かせる。
「……それでね、結構たくさん友だちができたんだよ」
「良かったな。やっぱり学園に入って良かっただろう?」
「うん!ふふふ……これでもうボッチとは言わせないよ」
(気にしてたのか……)
彼女がかつて同年代の友人が少ないことを嘆いていたことをリディーは覚えているが、そこまで気にしてないとは思っていた。
実はそうでもなかったらしい。
(それにしても、交友関係が凄まじいよな……)
聞けば王族と高位貴族ばかりである。
レティシアは公爵令嬢なので当然といえば当然なのだが、改めてそれを認識させられるリディーであった。
それから、入学式のあとに友人たちとクラブを見学した話をしていたのだが……
「あ!そうだ!……大事なことを忘れてたよ」
彼女は唐突にそれを思い出す。
リディーに話しておくべきことがあったのだ。
「フィリップ様が先生なんだよ!」
「……は?」
彼は一瞬、何を言われたのか分からなかった。
「だから……フィリップ様が、学園の教師として赴任してきたんだ」
「……はい?」
やはり理解が及ばない。
しかし、それも仕方がないことだろう。
まさか一国の王子が、名門校とはいえ教師になるなどとは……彼の想像の範囲外だろう。
「臨時ってことで短期間だけみたいだけど。もともとアクサレナに来る予定だったから、その話も受けることにしたんだって」
「……まあ、あの人らしいと言えば、そうなのかもな」
密かにレティシアにも似ていると思っていた、あの人懐こい雰囲気の人物を思い出し、リディーはそう言う。
「鉄道関連で動かれてるみたいだから、あとで商会の方にもいらっしゃると思うよ」
「そうか……また、忙しくなるな」
リディーのその言葉には、様々な複雑な想いがこめられていた。
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