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レティシア12歳 鉄の公爵令嬢
第69話 ふたり
しおりを挟む「……レティ、落ち着いたかい?」
「う、うん……。兄さん、ごめんなさい……迷惑をかけて」
王城内にある庭園の四阿にて、レティシアとリュシアンは話をしていた。
所々にある照明や、夜会会場から漏れ出る光に照らされて、夜の庭園は幻想的な雰囲気を醸し出していた。
酔いを覚ますためなのか、何人かの人影がちらほらと確認できたが、賑やかな夜会会場と比べれば別世界のように閑散としていた。
レティシアがブチ切れて盛大にやらかしたあと。
国王夫妻の登場により、レティシアが我に返って事態は収拾した。
やらかし……と言っても、その原因はダミアンの失言であり、事情を聞いた国王夫妻の非難の矛先は彼に向いたのだが。
そうは言っても、注目が集まる中で貴族令嬢としてあるまじき醜態をさらしたことは事実なので、家族に迷惑をかけてしまった……と、彼女は反省しきりで落ち込んでいるのだった。
「気にすることはないよ。レティが怒ってなかったら、たぶん……父さんか母さん、じゃなければ僕がガツン!と言っていただろうからね。……いや、むしろ君が怒り出す前に僕がヤツを黙らせるべきだった」
ダミアンの言動に怒りを覚えたのは、レティシア以外のモーリス一家一同も同じだった。
なので、その言葉はリュシアンの本心である。
「リグレ公爵も放蕩息子にはほとほと手を焼いている……なんて噂もあったみたいだし、事情は周りの人にも伝わってるだろうし……むしろ君は被害者だと思われてると思うよ」
その話も事実ではあるのだが……
これ以降、彼女に恐れをなした男性たちから声をかけられなくなるのは……二人とも想像できなかっただろう。
「兄さん……ありがと。うん、もう大丈夫だよ」
レティシアは兄の言葉にそう返すが、まだどこか元気の無い様子であった。
「さて、もう遅いからそろそろ…………あ、ちょっと待っててくれるかい?すぐ戻るから」
レティシアも落ち着いたので、そろそろ帰ろうか……と言いかけたリュシアンだったが、彼は何かに気がついた様子を見せたかと思えば、一言言い残してその場を立ち去ってしまった。
「あ、兄さん…………行っちゃった。何だろ?」
一人残されたレティシアはわけが分からなかったが、『すぐ戻る』と言われたので、その場で待つことにした。
暫しの間、幻想的な夜の庭園の光景と、昼間よりも濃密に感じられる花の香りを楽しむ。
パーティードレスでは夜風は少し冷たく感じられたが、火照った身体にはむしろ心地よいくらいだった。
そして、それほど時間も経たないうちに、人影が四阿に近付いてくるのに気がついた。
体格や服装から見て、男性のようだ。
「兄さん、どこに行って…………」
リュシアンが戻ってきたと思い、彼女は言いかけたが……すぐに彼とは違う人物であることに気がついて、続く言葉を飲み込んだ。
(……だれ?暗くて良く見えない)
少し不安を覚えた彼女は、その場から立ち上がって身構える。
まっすぐに彼女の方に歩いてくる男性。
そして照明の光が彼の顔を照らしたとき、その正体が明らかになった。
「えっ!?」
予想外の人物の登場に、レティシアは驚きの声を上げる。
「なんで……リディーがここに……?」
そう。
彼女のもとにやって来たのは、リディーであった。
少なくとも、彼は夜会には出席していなかったはずだ。
その彼が、なぜここに現れたのか?
リディー自身も、少し戸惑った様子で事情を説明する。
「王城の会議室で、品評会に向けた最終確認の打ち合わせをしていたんだ。それで……少し遅くなったんだけど、何とかそれも終わって……」
……曰く、ちょうど帰ろうとしていたところ、レティシアの両親に捕まったらしい。
そして、わけもわからないままに連れてこられ、リュシアンと入れ替わりでここまでやって来たという事だった。
「そうなんだ~」
「ああ。その……大丈夫か?」
「……父さんたちから何か聞いたの?」
「いや、ただ何となく……元気がなさそうに見えたから」
とりあえず、リディーが『やらかし』の話を聞いてないことに安堵するレティシア。
そして、彼が心配してくれたことが嬉しいと思った。
「別に大した事じゃないよ。それに、リディーの顔を見たら、何だかホッとしちゃった」
「そ、そうか」
ストレートな物言いに、彼は気恥ずかしさを感じる。
そして、先程から彼の視線は定まらない。
そんな様子にも気が付かず、彼女は楽しそうに初めての夜会の様子がどうだったかを語り始めた。
どうやら本当に大丈夫そうだ……と、リディーは黙って話に耳を傾ける。
精力的に顔繋ぎを行っていたと聞き、もう少しパーティーそのものを楽しめば良いのに……と苦笑しながら。
そして、一通り話し終えたあと……レティシアは思い出したかのように言う。
「あ、そうだ。このドレスどぉ?ウチのメイド隊が物凄く気合い入れて準備してくれたんだけど。変じゃないかな?」
「ん……その、凄く似合ってると思うぞ。さっき初めて見たときに、ずいぶん驚いたよ」
「えへへ~、ありがとう。自分でもびっくりしたからね~」
特に意識するでもなく、しかし嬉しそうに彼女は微笑んだ。
それを見たリディーは、先程まで感じていた落ち着かない気分を再び思い出す。
彼女が美しく着飾った姿を見て、否が応でも女性として意識させられたのだ。
そして、そんな彼の想いも知らず、彼女は更に続けた。
「そうだ!!リディー、一緒に踊ろうよ。結構楽しいから。ダンス、出来る?」
「え?……まぁ、学院で少しだけ習ったが……そんなに上手くはないぞ?」
「大丈夫!私も本番は初めてだったし。私から誘うのは初めてなんだから、ありがたく思うよ~に!」
「……ふ、分かった。では……お手をどうぞ、お嬢様」
「うん!」
そう言ってリディーは手を差し出す。
レティシアは嬉しそうにその手を取って……
そして、夜会会場から漏れ聞こえてくる音楽に合わせて、二人は踊り始める。
最初はぎこちなかったが、少しずつ慣れてくると……二人とも楽しそうに、笑顔でくるくると踊り続けるのだった。
「いい雰囲気じゃないか。……どうやら、元気になってくれたかな?」
「ええ。でも、今後あの子には男の人は寄り付かなくなるかもしれないわねぇ……。リディー君はしっかり捕まえておかないと」
「もとより、あの程度で萎縮するような男などレティには相応しくないですよ」
四阿から少し離れた場所で、二人の様子を隠れて見守っていたモーリス公爵家の面々。
彼らは、レティシアが元気を取り戻したのを見て、ホッと一息ついていた。
「そうだね、私もそう思うよ。……それにしても」
アンリは嬉しそうに目を細めて言う。
「レティはまっすぐに育ってくれた。私はそれが嬉しいよ」
「ええ、本当に……」
アンリの言葉に、アデリーヌとリュシアンも頷く。
そして、いつまでも楽しそうに踊り続ける二人に、家族たちは嬉しそうに優しい眼差しを向けるのだった。
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