妖精猫は千年経った今でも歌姫を想う

緋島礼桜

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妖精猫は少女と出会った

その3

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 その次の日から、妖精猫ケットシーは毎日毎日飽きることなく酒場へと通い続けた。
 必ずステージから一番真ん前のテーブルに座り、同じ曲を何度も何度も聞いているというのに、妖精猫ケットシーはいつも初めて聞いたかのようにとても感激していた。

「にゃあにゃあ、今日もステキだよ、かわいいよ、キレイだよ、美しいよ!」

 誰よりも大きな拍手を送りながら、頭に浮かんだ全てのほめ言葉でほめちぎる。
 今日も歌が終わると同時に妖精猫ケットシーは尻尾を振りながらアサガオの傍へと駆け寄っていく。
 ゆっくりとステージを下りるアサガオはそんな大はしゃぎの妖精猫ケットシーへ、はにかんで返した。

「ありがとう…けどそんなすごくはないのに」
「そんなことないよ。アサガオちゃんはもっと自分の歌に自信持っていいんだよ」

 そう言ってアサガオを励ます妖精猫ケットシーだが、これでも最初の頃に比べれば随分と自信を持ってくれた方で。
 声の大きさも、震えも以前よりは良くなっている。これも全て妖精猫ケットシーが応援してくれたおかげだった。

「ぼくはもっと君の歌を色んな者たちに聞いて欲しいよ。あ、そうだ! 今度知り合いの妖精たちを連れてこよう!」
「そ、そんなことしなくていいよ…そこまでは上手じゃないから…それじゃあ、またね」

 そう言うとアサガオは顔を俯かせながらステージの奥へと逃げていってしまう。
 酒場の関係者だけが出入りを許されるカーテンの向こうへと消えてしまえば、妖精猫ケットシーはもう彼女を追いかけることはできない。

「にゃあ…どうしてアサガオちゃんは歌い終わったらすぐに逃げちゃうのかな。ぼくはもっと色んなお話しがしたいのに…友達なのに…」

 つまらなそうに尻尾をだらんと下げて、妖精猫ケットシーはちびちびと酒を舐め始める。
 と、そんな落ち込み気味である彼のもとへ、ハリボテがやって来た。

「よう坊主、今日も来てたのか。あれから2か月が経つってのに未だにお熱だなんて…流石の俺も驚いたぜ。よっぽどアイツのこと気に入ってくれたみてぇだな」
「にゃあにゃあ、ハリボテ。でも見ての通りだよ。歌が終わったらすぐに戻っていってしまうんだ…アサガオちゃんは、ぼくとお話ししたくないのかな…」

 しょんぼりと項垂れている妖精猫ケットシー。そんな彼の前へ、ハリボテはパスタとスープと干し肉が入った器を置いた。

「にゃにゃ、これはぼくへのなぐさめと見ていいのかな…?」
「んなわけねえだろ。これはアイツの―――アサガオの昼食だ。いつもは俺が持って行ってやるんだがな…俺は今忙しいから、たまには坊主に頼んでも良いかと思ってな」 

 確かに現在、昼を回った時刻だからか食事も提供しているこの酒場はお客で賑わっているようで。だが、その忙しさもピークを迎えて、ようやく少し落ち着いてきた状態であった。つまりは、ハリボテが昼食を持っていく余裕はあるはずだった。
 
「ぼくが持って行っても良いの? だってあの奥は関係者以外立ち入り禁止なんでしょ?」
「2か月間飽きもせず毎日通ってくれた奴はもう、無関係じゃねえよ」

 ハリボテの言葉に妖精猫ケットシーの尻尾はぴんと上がって揺れ動く。

「本当に!? ありがとうハリボテ! アサガオちゃんの昼食はぼくがちゃんと責任を持って運ぶよ!」

 そう言うと早速妖精猫ケットシーは置かれていた器を丁寧に持ち上げる。しかし足取りは今にも跳んでいってしまいそうな勢いで。
 そんな浮かれた様子でいる妖精猫ケットシーの頭をわしっと掴み、ハリボテは彼を制止する。

「ちょっと待った。その前に一つだけ約束しちゃくれねえか?」
「約束?」

 妖精猫ケットシーは足を止めるとハリボテの方を見つめながら首を傾げる。

「約束ってほどのもんじゃねえんだが…お前はまだ『相手に合わせる』っていう意味を解ってねえよな」
「うん、そうだけど?」

 彼の即答に深いため息をつくハリボテ。

「…前にも言ったが、アサガオはかなりの人見知りだ。お前のおかげでここ最近ちょっとは自分からしゃべり出すことも出来るようになった。歌も大分良くなった。けどな、それはお前が強引に引っ張ってってくれてるからなんとかこんとか出来てるだけのことなんだ」
「ぼくは強引に引っ張ってなんかないよ」

 そう言って頬を膨らます妖精猫ケットシー
 ハリボテはもう一度ため息をついて、話しを続ける。

「それはな、アサガオがお前のおかげで無理をしているんだって意味だよ」
「にゃにゃ!? そうなのかい? それはつまり、ぼくのせいでアサガオちゃんが疲れちゃっているってことだよね?」
「そうだ」

 ハリボテはそう言うと妖精猫ケットシーの隣へと並び、彼の背中を優しく撫でた。

「だからな。たまにはアイツの歩幅に合わせて隣に並んでみてやってくれ」 
「にゃあ…ハリボテの言葉はいつもいつも、ぼくには難しいよ」
「ま、そういうときはな、言われた通りにやってみりゃあ解るってもんよ」

 もう一度、妖精猫ケットシーの背中を、今度はポンポンと叩くハリボテ。
 妖精猫ケットシーは少しだけハリボテの言葉の意味を考えてみようとしたが、考えれば考えるほど頭がぐわんぐわんとしてきたため、考えを止めることにした。

「わかった。とにかくアサガオちゃんへ昼食を届けにいく。それから隣に並んでみれば良いんだよね」
「そういうこった」

 妖精猫ケットシーはハリボテに見送られながら、カーテンの向こうへと進んでいく。
 彼女に会える喜びと、ハリボテの言葉の意味を考えながら。






   
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