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深緑色の魔槍士

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「アイツが史上最強と謳われる理由は主に三つある。一つは圧倒的な魔力の量―――俺の何百人分どころか黄昏誘う魔女が十人いたとしてもアイツには叶わない」
「そんなに…?」

 思わずそう聞き返したアスレイだったが、ケビンの言葉が大げさだとは思わなかった。
 むしろ魔術に関してド素人であるアスレイでさえ天才魔槍士の膨大な魔力の気配を肌で感じているほどであった。




「悔しい悔しいッくやしいっクヤシイッ!! あたしよりガキの、顔だけの奴、カッコつけた奴なんかに…負けたくないッ! 負けたくないのにッ!!」

 一方で、愛しい傀儡を悉く土塊と還され、大人げない怒声と地団駄を踏むレンナ。
 と、手持ちの男たちを全て失った彼女は、激怒のあまり自ら突進し接近戦を選んだ。
 激昂した声とは裏腹に冷静な双眸でレンナは素早くパーシバルの懐へと飛び込み、ナイフを構える。
 その瞬発力と身長差も相まって、彼女の攻撃は見事な不意打ちとなった。
 が、レンナのナイフがパーシバルの胸倉を突こうとするより早く。瞬時に彼は体を翻し、彼女の間合いから飛び退く。
 刃先は寸でのところで彼には届かず、引き離されてしまった。

「逃がすかッ!」

 諦めずに追走するレンナ。
 相手がリーチの長い槍ならば、素早く懐へ入り込んでさえしまえばいい。レンナはそう踏んだのだ。
 休む間も与えず詰め寄り攻撃するレンナに、槍の柄で受け流し続けるパーシバル。
 レンナは素早い動きで死角や急所を確実に狙う。だが、パーシバルも同じ速度で攻撃をいなしていき、逆に彼女の方が先に疲弊の色を見せ始めた。
 それはまるで熟練の将に手ほどきを受けているかのような感覚。
 レンナは更に憤りを募らせ、力任せにナイフを振り回す。
 と、その憤慨が彼女の油断となってしまった。
 次の瞬間。

「しまッ―――!?」

 パーシバルは槍の間合いまで大きく飛び退いた。

「まずいっ!!」

 一旦体制を整えるべく、レンナも遠ざかろうとする。
 が、それより素早く地を蹴ったパーシバルは槍を回転させ、石突を先端にして構えた。

「ごぅっ…!」

 直後。レンナの胸部に抉るような激痛が走る。
 思わず噎せ返り、反吐が出る。
 パーシバルは風の魔術を利用し、まるで瞬間移動のような速度でレンナの胸部を鋭く突いたのだ。

「―――二つ目は…アイツが槍の使い手としても充分玄人である、ということだ」






 刃先ではないため致命傷には至らなかった。
 とはいえ、容赦ない一撃を突かれたレンナは後方へ吹っ飛び、横転する。腹部に走る激痛。彼女は蹲り、止まりそうになる呼吸を無理やり繰り返す。

「か、か弱い…レディに、こんな一撃、喰らわせる…ふ、つう……?」

 この状況下においても尚も強がるレンナ。
 パーシバルは冷酷とも言えるほど至って冷静に。

「知っていたと思うが、私は女子供にも手加減はしない」

 淡々とそう告げた。

「あ、っそ……マジ、最悪―――」

 空を仰ぎ諦めたように呟くレンナ。
 しかし、それはフェイクだった。
 次の瞬間、彼女はせめて一矢報いてやろうと懐に隠していた魔道具のペンを取り出し、渾身の力で地面に突き刺した。ペンに装飾されていたトパーズが怪しく輝く。
 その発光を目撃したアスレイは、それが魔術発動の合図だと察し思わず叫んだ。

「危なッ―――!!」

 だがその警告は杞憂だった。
 アスレイの声を塞ぐようにして、ケビンは言った。

「―――そして三つ目は、アイツは得意属性が『風』であるといわれているが…実際はそうじゃない。ということだ」




 レンナの思惑では、『大地から出現する土刃』の魔術により、パーシバルは不意打ちを喰らう。一矢報いてやるはずだった。
 そしてその瞬間。レンナが発動させた土刃は、間違いなくパーシバルの心臓目掛けて飛んだ。が、それは彼に届く手前で崩れ落ちてしまった。

「なっ…!!」

 またしても予想外の展開と呆気ない結末。それにはレンナも短い声を洩らすことしか出来ない。
 すると蹲ったままでいるレンナへ、パーシバルは躊躇なく槍を向けた。

「今度こそ、諦めて投降するんだ」

 月明かりによって翳るその端正な顔は一見穏やかに見えるものの、その内からは冷血な気迫が滲み出ているようで。それは彼女にも嫌と言う程伝わってきた。
 術を壊され、返され、奪われ。完膚なきまで、恐ろしいまでに負かされた。体験したことのない悍ましいほどの力量にレンナは恐怖すら抱き、思わず全身を粟立たせた。
 彼女は強く唇を噛みしめた後、フンと、吐き捨てるように言った。

「…アンタって、天才って言うより……あたし以上の、ただの化け物なだけ、じゃん……」

 惨めな抵抗として強がりの笑みを浮かべ悪態を吐くことしか出来ない。それはもう恐怖の魔女というよりは、ただの少女の悪あがきにしか見えなかった。

「―――知っている。私は自分自身を天才だと認めた事も、人だと思った事もない」

 それでもパーシバルは冷淡に、感情の込められていない台詞で返した。彼の呟きを聞いた直後、レンナは静かに笑みを浮かべながら瞼を閉じた。どうやら気を失ったらしく。それは魔女の敗北と天才魔槍士の勝利を意味していた。






「アイツの最も恐ろしいところは風の属性どころか土・水・火。基準である四属性全てを完璧に扱いこなすことが出来るということだ」

 先刻、レンナが仕掛けた最後の悪あがき―――土属性で作られた刃を、パーシバルは同じ土属性の魔術を用いて相殺した。
 レンナが術を発動させたあの瞬間、彼もまた同様に術を発動させていたということだった。

「その恐ろしく悍ましいくらいに完璧な能力、才能……そんな畏怖と嫉妬を込めて皆はアイツを『天才』と呼ぶんだ」

 パーシバルにとってその『天才』という肩書きは、栄光なる言葉ではなかった。圧倒的と言える実力差はときに、人々へ嫉妬、恐怖、絶望をも与えてしまう。
 そんな彼の通り名は『魔女』と同じく、才能を妬む者恐れる者たちから畏怖を込めて呼ばれるようになった異名だった。
 ケビンは静かにそう語った。






    
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