上 下
47 / 87
少年が追想する時

しおりを挟む
      







「…ネール、頼みがある」

 そう言って突如席から立ち上がるアスレイ。
 真っ直ぐにネールを見つめる彼の瞳には、もう先ほどまでの迷いという曇りは見られない。
 空気の変わった様子のアスレイにレンナは若干の困惑を抱きつつも、内心は『これこそいつものアスレイだ』と、何処か安堵にも似た感覚を抱いていた。

「俺と勝負してくれ」

 が、しかし。
 予想外とも言えるそんな申し出を耳にし、申し込まれた本人ではないレンナが思わず素っ頓狂な声をあげてしまった。

「はあっ!!?」

 彼女の裏声に肩をびくつかせ驚くアスレイ。
 どうやらレンナとケビンの存在に、気付いていなかったようだ。

「レ、レンナ…どうしてここにいるんだよ」

 心配していたからだ。とは素直に答えず。
 急速に紅くなる顔を慌てて背け、「たまたまよ、たまたま!」と強い口調でレンナは叫ぶ。
 が、すぐに視線を戻すと、眼光鋭く彼女はアスレイを睨みつけた。

「っていうか、どうして急に勝負って話になるわけ? さっきまでヘコんでたんじゃないの?」
「確かにそうだけど…何か色々考えてたら頭がパンクしてきそうでさ。だからこういうときは気分転換! 体を動かして心身共にスッキリさせないと」

 だったら普通に運動なり体操なりをすればいい。なのにどうして勝負なのか。
 レンナはそう尋ねようとしたが、それよりも先にアスレイが続けて言う。

「それに…どうせ動かすなら一石二鳥の可能性を狙いたいしね」
「一石二鳥って…」
「もしかして忘れてた? 俺の本来の目的は史上最強と謳われている『天才魔槍士』に会うことだって」

 そう言ってけらりと笑って見せるアスレイ。
 そんな彼の言葉にあんぐりと口を開けることしか出来ないレンナ。
 最早、『忘れていたのはお前だろ』という突っ込みさえも浮かばなかった。




「というわけで、俺が勝ったら天才魔槍士について知っている事を教えてもらうよ」

 彼の視線がレンナからネールへと移される。
 口元に僅かな笑みを見せると、ネールは静かに頷いた。

「ああ。では互いに食事を終えてから場所を移して行うとしよう」

 そう言い残し、ネールは踵を返すと近くの空席へと腰掛ける。
 片や「よし!」と食堂中に響くような声で意気込むアスレイはその場に座り直し、先ほどまで手付かずでいた食事を再開させる。
 そして、本当に先ほどまで食欲がなかったのかと、疑いたくなる程の速さで料理を口に運んでは食べていった。
 一人取り残されたレンナはこの流れを、状況を呑み込めず。顰めた顔でアスレイとネールを交互に見やる。
 それから深いため息を吐き出して呆れた声で言い放った。

「ホントもう…これだからガキは意味わかんない…っ!」








 勢いのままかき込むように食事をしているアスレイと、不満げに彼と向かい合わせの席へと腰掛けるレンナ。
 その二人とはまた別に、ネールとケビンの二人も、そこから少し距離を置いたテーブルに座る。
 慣れた手つきでメニュー表を取り、それを見つめるネール。
 と、前方からの視線に気付き、ネールは顔を上げた。
 見上げた先ではケビンが目を細めさせ呆れにも近い顔付きでいた。

「どうした?」

 痛いくらいの視線を向けられているが、気にする事なくネールは再度メニュー表に視線を落とす。

「…始めから気付いていたんだろ、彼のこと」
「確証はなかったがな……あの夜、動揺こそしていたが、そこまで自虐的な性格でもないだろうと考え直してな。だとするならば、彼はただ自責の念からふさぎ込んでいるだけではなく、彼の中で至ったを口にするべきかどうかで迷っているのではと推察したまでだ」

 メニュー表を眺めたまま、淡々と語る。
 そんなネールの話を聞いたケビンは「なるほど」と漏らしながら背凭れへ背中を預けた。ギシリと椅子の軋む音が聞こえる。

「だが、それが解っていたならせめて予め俺にはそう教えといてくれ。それと、何度も言ってるが少しはオブラートに包んで話すことを覚えろ…」

 彼のぼやきにネールは顔を上げる。
 見つめるその表情はキョトンとした様子だ。

「優しく諭したつもりだったが」

 その返答に今度はケビンがキョトンとした顔を見せる。
 それから深いため息を吐き出し、彼は額に手を添えた。

「あれじゃあ、ただ怒りを逆撫でているようにしか見えん。まったく、無自覚でこうも火に油注げるものなのか…」
「次からは気を付ける」

 そう言って平静な様子で、ネールはウエイターに料理を注文する。
 そんな様子を眺めながら、ケビンは思う。
 これは絶対気をつける気がないな、と。
 もう一度ため息を洩らして、彼もまた料理を注文した。






   
しおりを挟む

処理中です...