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キャンスケットの街

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 斡旋所で紹介されたヤーズ・モレという人物を訪ねるべく、アスレイは地図に記載されていた場所を目指す。
 地図上にあった〇印の場所は、町外れにある大きな木製の建物であった。
 建物の隣には馬車が何台も止まっており、そこには配送所らしく出荷用であろう果物入りの木箱がいくつも積み重なっていた。

「すみませーん!」

 掛け声と共にアスレイはその建物のドアを叩く。
 が、返事はない。
 もう一度声を掛け、今度はドアを恐る恐る開けてみることにした。

「あのー、斡旋所の紹介で働きにきたんですけどー」

 屋内は机がいくつか並び、書類などの山が積み重なっていた。
 どうやらそこは事務所のようだが、何故か誰の姿もなく。しんと静まり返っていた。

「誰もいないのか…」

 おそらく仕事で皆出払っているのだろうと思い一旦出直そうとした、そのとき。

「いらっしゃい、荷物の宅配かい?」

 アスレイが踵を返した丁度目の前に、突然現れた女性。
 赤いバンダナが特徴的な茶髪の中年女性だった。
 突然登場した彼女に驚いたアスレイは、驚き目を見開いた。

「ウワアッ!」

 そして、思わず後退りながら悲鳴を上げてしまう。
 当然そんな化け物にでもあったかのような態度に、気分が良い訳もなく。
 女性は眉間に皺を寄せながら腰に両手を当てた。

「なんだいこれくらいでビビって」

 呆れ顔でため息を漏らす女性。
 と、アスレイの持っていた用紙に気付くなり、彼女はその顔色を変える。

「ああ! もしかして働きに来てくれたんだね」

 満面の笑顔に表情を変えた女性は、アスレイに近付くなり、その背中をバンバンと力強く叩いた。
 咽せてしまうような威力であったが、貧弱だと思われたくないためアスレイはそれをぐっと堪える。
 そんな様子から察した女性は口を大きく開けて笑った。

「私はカレン・モレ。ここの管理者のヤーズの娘だよ」

 ちなみに彼女の父であるヤーズ・モレは丁度ギックリ腰による療養中のようで。そのため人手不足で困っているところだったらしい。 
 彼女がころっと笑顔に変わったのはどうやらそんな理由があったからのようだ。

「猫の手も借りたいくらいだったから大歓迎だよ。期待させてもらうからね!」

 白い歯を見せながら、カレンはもう一度ドンとアスレイの肩を叩く。
 油断していたアスレイはその鈍痛に、思わず表情を歪めてしまう。 
  
「ああ、ごめんごめん!」

 そうは言っているものの、カレンは全く反省している様子もなく。
 彼女は早速とばかりにアスレイの背を押し、仕事場へと案内した。





 カレンに案内された仕事場は事務所らしき建物の隣にあった。
 木造の倉庫内には沢山の積み荷が置かれており、それを数人の人間が忙しそうに馬車内へと乗せているところだった。

「今は大体クレスタ行きばかりでね。そこらにある荷物をあの馬車に積んでくれりゃ良いよ」

 積み込みが終わった後は運搬専門の御者が目的地へ荷物を運んでくれるとのことだ。

「後の詳しいことはそこのルーテルとリヤドに聞いてくれ」

 じゃあ頼んだよ。そう言い残すとカレンは慌ただしくその場を立ち去ってしまった。
 いきなり中途半端な形で置き去りにされたアスレイは、仕方なく周囲を見渡し、それらしき人たちに声を掛けた。

「あの…短期で働きに来たアスレイ・ブロードですけど」

 アスレイの声を聞くなり、二人の人物がおもむろにアスレイを見遣る。
 茶色髪のショートヘアの女性と、金髪を結っている少年だ。

「ああ、そうなんだ。よろしく」
「こちらこそよろしく」

 淡々とした口振りでそう言うと女性は社交辞令とばかりにその手を差し出す。
 握手を求められたアスレイは、慌てて自分の手を出し、彼女の手を握った。

「僕はリヤドです、よろしくお願いします」

 と、彼女の隣にいた少年が今度は自己紹介をし、深々と頭を下げる。
 にっこりと笑うと八重歯が特徴的な子で、それによって更に幼さを感じられた。

「隣はルーテルです。彼女はここの一番の古株なんですよ」

 そう丁寧に説明する少年だが、何故か彼の方が鼻を突き出して得意げな顔をして見せている。
 一方でアスレイは、意外な古株に目を丸くさせた。

「こういった力仕事の場所で女の子が古株なんて、意外だな」

 それを聞いた途端、ルーテルは不機嫌そうに眉を寄せる。

「女性が古株で悪いってのかよ」

 突如、男勝りな口振りで彼女はアスレイに近寄り、睨みつける。
 ぐっと近付けてくる彼女の威圧感に、思わずたじろぎ冷や汗を浮かべるアスレイ。
 どうやら今のは禁句だったらしいと内心そう後悔する。
 このまま胸倉をも掴みかかってきそうな勢いであったが、此処で丁度良く助け船がやってきた。

「そこまでですよ、ルーテルさん」

 よく見るとリヤドはルーテルの背後で彼女の腕を引っ張っていた。
 ルーテルはリヤドを一瞥してからため息を吐き、謝罪も何もなくアスレイから離れる。
 そして、彼女は再び黙々と作業を始めた。
 呆気に取られているアスレイ。と、そんな彼へリヤドは、彼女に代わって深々と頭を下げた。

「すみません。ルーテルさんはって言われるのが好きじゃなくて…」
「いや、俺も偏見で物を言ったところがあったから。ごめん」

 素直にそう言って謝罪するアスレイは、不意にルーテルへと視線を移す。 
 彼女は悪びれる様子もなく、淡々と果物の詰まった木箱を威とも容易く運んでいく。
 確かにと言ってしまうのは偏見であったとアスレイは反省した。

「でも根は良い子なんです。ルーテルさんはみんな直ぐに音を上げてしまうこの仕事を文句ひとつ言わずにずっと続けてるんです」

 お世話になったモレさん親子のためにって。
 そう告げる少年の横顔は、まるで姉を思う弟のそれと変わらない。
 容姿から見てこの二人に血の繋がりはないと思われるが、それ以上の信頼関係があると思われた。

「うん。働いている姿を見ればよくわかる。仕事がって言うよりこの場所が生き甲斐っていう感じだから」
「はい、そうなんです」

 アスレイの言葉にリヤドは大きく頷き、言った。

「此処で働いてる人たちってみんな、家族みたいだなって思うんです」
「家族か…」

 そう誇らしげに話すリヤドを見やり、アスレイは自然と笑みを零す。
 先ほどから彼が見せていたその自慢げな様子はつまり、彼にとってルーテルは自慢の姉のようなものだからなのだろう。
 リヤドは視線をルーテルに向け、何かに気付いたのか突如彼女の方へ歩き出す。
 アスレイの元から去る際、最後に彼は一礼してから彼女の方へと向かって行った。

「その荷物はこっちですよ」

 遠くから見るとその光景はより一層姉弟のように映った。

「あっ―――それで俺は何をすればいいんだっけ?」

 そんな二人のやりとりに笑みを綻ばせていたアスレイであったが、本来の目的を思い出すなり慌てて彼はリヤドたちの方へと駆け寄っていった。






   
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