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賑やかな旅路
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しおりを挟む商店街通りから数分ほど歩いた先にあった酒場。そこにアスレイは案内された。
この酒場は、昼間は食堂として営業しているらしく、店内は簡素で落ち着きのある雰囲気を醸し出している。
ちなみにこの店の人気メニューは塩レモンと旬野菜のチキンピラフとのことで、昼夜問わず必ず注文されるメニューらしい。
アスレイもそのピラフを頼み、丁度運ばれてきたところだった。
「いただきます」
持ったスプーンでピラフを口にかき込み、確かに人気メニューと言われているだけあると納得に口元を緩める。
と、向かい合わせの席でアスレイと同じメニューを堪能していた男が静かに口を開いた。
「ところで君は…」
「あ、俺はアスレイ・ブロードって言います」
男は「そうか」と呟いてから自己紹介をする。
「俺はケビン・ウォードだ。それと会話はタメ口で構わない」
そう言うとケビンは自身の掌を差し出す。
アスレイはそれを一瞥した後、控えめながら自分の手を差し出し、二人は握手を交わした。
「…ちなみに一つだけ聞きたいんだけど」
「なんだ?」
「ケビンって、彼女とどういう関係かなって…?」
握手が解かれて早々、抱いていた疑問を単刀直入にぶつける。
外見的に兄妹といった親族関係でないことは明らかで、しかし恋人や夫婦といった雰囲気のようにもアスレイには見えなかった。
するとケビンは一瞬目を見開いていたが、直ぐに苦笑に変えて答えた。
「いや、アイツ―――ネールとはただの旅仲間と言ったところだ」
アスレイはそうなんだと、片手を顎下に添えながら吐息を漏らす。
その流れで「どうして二人は旅をしているのか」と尋ねようとしたが、それよりも先に今度はケビンの方が尋ねてきた。
「アスレイは何故こんな時間まで町中を歩いていたんだ。情報収集という風にも見えなかったが…?」
彼の質問にアスレイは途端、照れ隠しの笑みを浮かべ、それまでに起こった経緯をケビンへ話す。
王都に向かう馬車は満車で明日、別の地から王都へ行く事にしたこと。そのためクレスタで一泊する事になったわけだが、何処の宿も満室であったこと。結果泊まる場所がないため、酒場で閉店時間まで過ごそうとしたことをアスレイはかいつまんで説明した。
本来ならケビンにそこまで説明する必要もないのだが、余りの不運な境遇を誰かに愚痴りたくなったことと、ケビンの気さくさについ話し込んでしまっていた。
話を終えた頃には二人とも食事も終えており、テーブルには空の皿が二枚重なっていた。
ケビンはグラスの水を一口飲み込むと、アスレイへ視線を向け、口を開いた。
「宿がないのなら俺たちの泊まっている部屋に来ないか?」
その意外な提案にアスレイはきょとんとした顔でケビンを見つめる。
「え?」
思わず声を大にして聞き返してしまったほどに驚愕するアスレイ。
ケビンは驚き過ぎというくらいに驚く彼を苦笑交じりに見つめながら、丁寧に答える。
「借りた部屋の都合で丁度一人分のベッドが空いているんだ。折角だから誰か寝てくれた方が助かる。無論強制ではないし、嫌ならば断ってくれても構わない」
威圧感を与えがちなケビンの双眸だが、今は何処かアスレイを試している様にも見えた。
アスレイはそんな彼の瞳を少しだけ眺めた後、大きく頷いて言った。
「いや、願ってもない話だよ。ケビンの言葉に甘えて、お世話なります」
そう言ってしっかりと頭を下げる。
「…もしかすると君を騙すつもりかもしれないんだぞ。ちゃんと見極めたのか?」
ケビンの表情が何処か意地悪めいた笑みへと変わったことで、内心やっぱりかと確信しつつ。
アスレイは曇り一つない眼差しで、ケビンを見つめた。
「ケビンは騙すようなことはしない人だよ。それに、俺を本当に騙すつもりならこの時点で疑わせるような事を言うはずがない。だろ?」
推察された彼の台詞にケビンは瞳を僅かに大きくさせる。
確かにアスレイのような信じやすい人間を騙すならば、わざわざ動揺させる言葉を投げかける必要はない。
「意外と賢いようだな」
「意外と、は余計だろ」
苦笑するケビンに対し、両手を腰に当てながら即座に突っ込むアスレイ。
「…成る程な、アイツが気になるのもわかるな…」
それからケビンは口元を押さえながら、アスレイに聞こえないような小声でポツリと呟いた。
と、アスレイが不満げな表情を見せたことに気付く。恐らく嫌味か皮肉を言われたと思ったのだろうと解釈し、ケビンは笑みを零した。
「すまない、気を悪くしたなら謝る」
そう言いながらケビンは席を立ち上がると、そのままカウンターへ向かった。
懐から食事代である銅貨を取り出し、それをカウンターに置く。
だが、よく見るとその銅貨は二皿分の金額で支払われていた。
「え、それ…」
ケビンの後ろで支払いの準備をしていたアスレイは枚数の多さに気づき、彼を見つめる。
「気にするな。これは昼間連れが迷惑を掛けた分だ」
「けど昼間も奢ってもらったみたいだし…」
「昼のはアイツからの奢り、今は俺からの奢りだ。これくらいは勘ぐる必要はない。素直に受けとけ」
それだけ言うと彼は麻袋を両手に持ち、アスレイを一瞥してから酒場を出て行く。
一人取り残されたアスレイは暫くぽかんとしていたが、直ぐに慌ててケビンを追いかけ酒場を飛び出した。
「ありがとうケビン!」
夜中だと言うのにケビンどころか周辺一体にまで聞こえるような、そんな大きな声を出しながら。
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