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純然とした田舎漢

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 酒場を後にした彼女の歩調は早く。人気の多い通りから裏路地へ、颯爽というよりは忙しなく移動していく。

「おい…ネール!」

 と、後方からそう呼びかけながら追いかけてくるケビン。
 が、名前を呼んでもネールは返事はせず、立ち止まる素振りも見せない。
 仕方なく彼はもう一度、大きな声を出して呼び掛ける。

「ネール!」

 そこでようやくネールは足を止めた。

「あれ程目立つ行動はしないようにしていたというのに…一体どうしたというんだ…?」

 駆け寄りながらケビンは呆れた声を出す。額に手を当てた姿はいかにも頭が痛いと言った様子で。
 ネールは振り返るとケビンを見つめた。

「すまない、ケビン」

 そう言ってネールもまた吐息を漏らす。眉尻を下げる彼女の表情を見つめ、ケビンは思わず苦笑を洩らした。

「…あのな、それほど天才魔槍士の名を利用されていたのが嫌だったのか?」

 するとネールは彼に返すように苦笑を作って見せ、「そうかもしれない」と答える。傍らに並ぶケビンから視線を外し、ネールはポツリと呟いた。

「それに…ああいったもの珍しい人間を見るとつい、放っておけなくてな…」

 独り言のような小さな声であったが、それを耳にしたケビンはフッと笑みを零し、なるほどなと脳内で思う。

「確かにお前はああいった性格の人間には弱いからな」

 からかう様なケビンの口振りにネールの表情は変化し、僅かに眉を顰める。

「そういう訳ではない」

 強めの口調でそう言いながら、ケビンに顔を見せないようさっさと先を歩く。そんな彼女のごく僅かな反応に再度ケビンは苦笑を浮かべ、後を追う。

「とにかく、今後ああいう行動は慎め」
「わかっている。私たちの目的のためにも…目立つ行動は命取りなのだからな」

 カツカツと小気味よい足音を響かせ、路地裏を歩いていく二人。
 その会話は誰かに聞こえるわけでもなく、二人の姿は陰の中へ紛れようとしていた。



 が、しかし。
 人気がないはずの通りの向こう側から足音が聞こえ、二人はその場で止まった。
 二人は敢えて、人の通らないような道を選んで歩いていた。
 通るとなればそれは猫かネズミか。はたまた―――。

「やはり来たか…」

 ネールはそう呟き、静かに吐息を漏らす。
 立ち止まる二人の目の前へ現れたのは、先ほど酒場で出会った、あの三人組の男たちだった。

「さっきはよくも小バカにしてくれたな…」
「覚悟は出来てんだろうな?」

 男たちの手には、それぞれ武器として持って来たのだろう木の棒や鉄パイプが握られている。完全に酔いの醒めた眼差しは、興奮気味に血走っており、見るからにそれらが威嚇や警告用のものではないと報せていた。

「追いかけてくるとは思っていたが、こんなにも早く出て来るとはな」

 だが男たちの形相に驚きも怯える素振りもなく。ネールは淡々とした口調でそうぼやく。
 ネールもケビンも、彼らが後をつけて襲撃してくるだろうことを予測していた。そのため、このような人の来ない通りを選んで歩いていたというわけだった。

「随分と余裕だな…さっきは店の中だったから手を抜いてたけど、今度はそうはいかないぜ?」
「謝るなら、今のうちだが許してやんねーけどな」

 男たち三人よりも屈強な体格を持ち合わせているケビンがいるとはいえ、数的には二対三。
 それ故に彼らは既に勝ち誇っている様子で、言葉も先刻よりも強気であった。
 と、ケビンが前へ出ようとするよりも先に、ネールの腕がそれを制止した。

「待て、お前が出る必要はない。これは私の責任だ」

 そう言ってネールは一歩、前へと出て行く。

「だから、ここは私一人で片付ける」

 その言動は武装している男たちに対して侮辱とも取れるものであったのだが、ネールを倒せればそれで良い彼らにとっては、最早プライドや手段などどうでも良くなっていた。
 むしろ一人で相手をすると言ったネールへ感謝さえしたいほどだった。

「ありがてぇなあ。俺たちの為に一人でボコボコにされてくれんのかぁ」
「おい、後ろの野郎! 何があってもされてても絶対に手ェ出すんじゃねぇぞ!」

 念のためであろうケビンへと釘をさす男たちだったが、当のケビンは腕を組んだまま微動だにせず。既に何が起ころうとも静観する構えを見せていた。
 ケビンが内心心配しているのはネール、ではなく。むしろ男たちの方にであった。

(やり過ぎなければ良いが…)

 そう思う脳裏には、先ほど敗北したあの少年の姿が浮かぶ。
 恐らく、この男たちはあの少年以上の怪我を負うことになる。
 ケビンはそう確信していた。

「―――最後に一つだけ聞きたい事がある」

 と、ネールはおもむろに男たちへ尋ねる。
 直ぐにでも飛び掛かって一発お見舞いしたい彼らであったが、余裕の表れからか素直に質問に答えた。

「なんだよ」
「…先ほど、少年に『天才魔槍士』の居場所を知っていると言っていた…あれは、実際事実だったのか…?」

 予想外の質問に目を丸くする男たち。同様にケビンも驚きを隠せず、ネールを見つめる。
 男たちはきょとんとした顔を見せ、暫くと沈黙した後。大きな声で笑った。

「あんな話、信じる馬鹿いるかよ普通!」
「あーほんとうけるぅ」
「天才魔槍士の居場所なんか俺たちが知ってるわけねぇだろ、ばぁか」

 腹部を抱えて笑い、大きく口を開き、暴言を吐く。明らかなる挑発的態度。苛立ちを掻き立てるその言動は先ほどの仕返しとばかりにわざと誘っているようにも見えた。
 少年に対しての侮辱だとしても、その目障り耳障りな姿にネールの顔には陰りが生まれる。

「なるほどな…やはり彼には見極める目はなかったという訳か…」

 一人納得したように、その口元は僅かに笑みが零れる。
 男たちの挑発に至って冷静な反応を見せるネール。そんな言動が気にくわなかったらしく、彼らから笑みが消えた。

「んじゃそろそろ良いだろ?」
「俺たちに何されようが」
「後悔すんなよな」

 そう言った次の瞬間。男たちは各々が持っていた武器を掲げながら、ネール目掛け駈け出していく。
 人目がないとはいえ、女性一人に男三人が一斉に飛び掛かる姿は最早、醜態以外のなにものでもないと、ネールは呆れたため息を漏らし、そして言った。

「お前たちこそ―――魔道士を相手にした事、後悔しないようにな」







   
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