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第二篇 ~乙女には成れない野の花~

52連

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 ―――それから数日後。
 エミレスの部屋の扉が、ようやく開かれた。



 始めは、これまでの自分の行いの負い目や周囲の目から、エミレスは外に出ることを渋っていた。
 しかしラライの熱心な説得や、何よりも変わろうとするエミレス自身の意志があって、ようやく実現できた。
 ラライがバリケードにしていたソファや戸棚、机を除けて。
 そうしてようやく扉は開かれたのだ。



 開かれた扉の先でまず待っていたのは、感涙する侍女と微笑み頭を下げるクレアの姿だった。
 エミレスはその意外な待ち人に目を大きくさせた。
 世話役はゆっくり彼女の傍へ歩み寄り、そして手を握った。
 優しい温もりが、エミレスの手の中に広がっていく。

「お待ちしておりました、エミレス様」

 そう言って、クレアはもう一度頭を下げた。
 静かに上げられた双眸からは涙がそっと零れ落ちる。

「申し訳ありませんでした…今まで、私たちはエミレス様の気持ちを何も考えず…『王女』という肩書きに接していただけでした……病気だと言われればその言葉だけを信じて、エミレス様の言葉に耳を傾けていませんでした」

 動揺するエミレスは思わずラライの方を一瞥する。
 しかし彼女の後方に立つラライは、頼るなとばかりに顔を背ける。

「本当に申し訳ありません…エミレス様が申し上げ下されば嫌がることは一切強要しません…ですから、どうかこれからも私たちにエミレス様のお世話をさせてください」

 良かったと安堵し、謝罪しながら涙を流すクレア。
 彼女の姿を見て、エミレスもいつの間に泣いていた。

「わ、私の方こそ…ご、ごめんなさい……」

 侍女たちも同じようにすすり泣き、自然とエミレスの側に歩み寄る。
 そうして暫く皆で涙した後、侍女たちは静々と部屋の掃除を始めた。
 ラライはその様子を少しだけ眺めた後、ひっそりと姿を消した。
 そこに居る必要はないだろうと、彼自身が判断したからだ。
 彼が姿を消した後、部屋からは時折楽しげな彼女たちの笑い声が聞こえてきた。








 それから、エミレスは徐々に変わっていった。
 変わるよう努めるようになった。
 始めは、何をするにも拒んだ顔で戸惑った様子で拒否していた。
 だがいつしか、部屋でとっていた食事が大食堂で食べられるようになっていった。
 勉学も、マッサージも、その他の教養も。
 少しずつ少しずつ。
 彼女は心を許し、進んで「やってみる」と言えるようになった。

「―――いきなり色々やり過ぎじゃないか? あんまり無理はすんなよ」

 そう心配するラライに、エミレスは頭を振って微笑む。

「嫌ならいつでも部屋に戻りますから。それに…嫌な兵士がいてもラライが注意してくれるから…」

 エミレスが最も恐れていたものは、孤独以上に王城を行き交う貴族たちや兵士たちの視線であった。
 未だ彼女を冷ややかな目で見ては、陰で嘲る者も少なくはないからだ。
 目の当たりにした分、ラライは彼女以上に目を光らせるようになった。
 結果、些細な悪口にすら食って掛かる『恐ろしく凶暴な護衛』とラライの方が噂の的へと変わっていったわけだが。

「ま、流石にこないだのはやり過ぎだったかもしれないな……」

 当の本人は全く以って気にしてはいなかった。
 今回の成敗もゴンズに厳しく灸を据えられたというのに、誇らしげに語って見せた。

「ラライこそ…あまり、無茶なことはしないで下さいね…」

 そんな彼を隣に見つめながら、苦笑するエミレス。
 彼女の忠告を受け入れつつも、ラライはふんと鼻息を荒くさせる。
 
「あー、ちょっと熱く注意してるだけだ。手を出しているわけじゃないんだが、『眼つきが怖い』と相手が勝手にビビってるだけなんだがな…俺としちゃあじいさんの雷の方が重罪で重罰だろ」

 そのときの状況を思い出し、二人はほぼ同時に笑った。







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