上 下
123 / 298
第二篇 ~乙女には成れない野の花~

51連

しおりを挟む








「あー、泣かして悪かった…どうにも他人への接し方が面倒というか苦手というか……その…」
「…違うんです…ごめんなさい…」
 
 返ってきた思いもよらない言葉に、ラライは目を見開く。
 彼女は涙を頬に流しながら、静かに口を開いた。

「…ずっと…目の恐い人だと、思って…嫌な人だと思ってて……でも、本当は…辛いこともあったのに……こんなに私のこと…心配してくれて……私、何も、知らなくて……ごめんなさい…ごめん、なさい…」
「いや、違っ……!」

 エミレスの言葉にラライの顔はみるみるうちに赤くなっていく。
 彼は慌てて自分の顔を隠す。

「謝る必要、ないだろうに…」

 そして同時に理解した。
 彼女の流した涙は恐怖から来るものではなかった。
 自分がしてしまったことの罪悪感からの―――懺悔の涙であった。
 かつて、ゴンズは言っていた。

『エミレス様は枯れた花にも涙するような優し過ぎる子だった』

 涙を流し泣くエミレスを一瞥し、ラライは静かに吐息を洩らす。
 彼女の双眸は、ようやく生気が戻ったかの如く輝いているように見えた。
 
 



 
「―――なあ、何なら変わってみないか…?」
「え…?」

 突然の言葉に驚いた声を上げるエミレス。
 意外な提案だったらしく、彼女は戸惑いを見せていた。

「周りの言葉なんか気にすんな…って言えば嘘になるな。傷つくかどうかなんて自分のさじ加減でしかないだろうし、我慢にも限度がある……だから、此処に逃げ籠った姫様の気持ちは解るし、間違いだったとも言えん」

 そう語るラライに、エミレスは黙ったまま耳を傾ける。

「だがな…姫様は変われる人間だと、オレは思う」
「…私には、わからない…です…」

 エミレスはそう返し、ゆっくりと頭を振る。
 既に先ほどより随分と“変わっている”ことに気付かない彼女を見守るように見つめ、ラライは話を続ける。

「変われるさ。オレが保証してやる。だから、先ずは此処から外に出てみないか? 行きたい場所があるならオレが連れて行くし、嫌な奴がいたらぶっ飛ばす。会いたい奴がいるなら…会わせてやる」

 会いたい人。
 その単語を聞いたエミレスの目が輝く。
 ラライは心当たりを察しつつも、気付かないふりをする。


「嫌だと思ったら、此処に戻ってきても良い。あーまあ、そのなんだ…オレも一緒に……面倒くさいが、この面倒くさがる性格を改めようと思う、から…」

 だから、一緒に変わってみないか?
 彼は頬を僅かに紅くさせ、照れ臭そうに目線をエミレスから逸らして言った。
 


 フェイケスに会わせてくれる。
 望みを叶えてくれる。
 それらの言葉よりも、エミレスは『一緒に』という言葉が嬉しかった。
 ちゃんと対等に、自分を見てくれている言葉が、エミレスは何よりも嬉しかった。
 嫌だと思って何もかもから逃げてしまった自分を、無理やり引っ張り出すわけでもなく、『一緒に変わってみないか』と向き合ってくれた言葉が、ありがたかった。
 その瞬間、エミレスの目から涙が溢れ出し、止まらなかった。

「…ありがとう……ありがとう……」
「…泣くほどのことじゃないだろ……ったく…」

 そう言って顔を背けるラライは暫くエミレスを見ることはなかった。
 振り返ることもなく、泣くなと言うこともなかった。
 二人はその後暫く、その静かな時の中をすすり泣く音と共に過ごしたのだった。
 

 





しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

王妃から夜伽を命じられたメイドのささやかな復讐

当麻月菜
恋愛
没落した貴族令嬢という過去を隠して、ロッタは王宮でメイドとして日々業務に勤しむ毎日。 でもある日、子宝に恵まれない王妃のマルガリータから国王との夜伽を命じられてしまう。 その理由は、ロッタとマルガリータの髪と目の色が同じという至極単純なもの。 ただし、夜伽を務めてもらうが側室として召し上げることは無い。所謂、使い捨ての世継ぎ製造機になれと言われたのだ。 馬鹿馬鹿しい話であるが、これは王命─── 断れば即、極刑。逃げても、極刑。 途方に暮れたロッタだけれど、そこに友人のアサギが現れて、この危機を切り抜けるとんでもない策を教えてくれるのだが……。

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

【完結】後妻に入ったら、夫のむすめが……でした

仲村 嘉高
恋愛
「むすめの世話をして欲しい」  夫からの求婚の言葉は、愛の言葉では無かったけれど、幼い娘を大切にする誠実な人だと思い、受け入れる事にした。  結婚前の顔合わせを「疲れて出かけたくないと言われた」や「今日はベッドから起きられないようだ」と、何度も反故にされた。  それでも、本当に申し訳なさそうに謝るので、「体が弱いならしょうがないわよ」と許してしまった。  結婚式は、お互いの親戚のみ。  なぜならお互い再婚だから。  そして、結婚式が終わり、新居へ……?  一緒に馬車に乗ったその方は誰ですか?

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

目が覚めたら夫と子供がいました

青井陸
恋愛
とある公爵家の若い公爵夫人、シャルロットが毒の入ったのお茶を飲んで倒れた。 1週間寝たきりのシャルロットが目を覚ましたとき、幼い可愛い男の子がいた。 「…お母様?よかった…誰か!お母様が!!!!」 「…あなた誰?」 16歳で政略結婚によって公爵家に嫁いだ、元伯爵令嬢のシャルロット。 シャルロットは一目惚れであったが、夫のハロルドは結婚前からシャルロットには冷たい。 そんな関係の二人が、シャルロットが毒によって記憶をなくしたことにより少しずつ変わっていく。 なろう様でも同時掲載しています。

孕ませねばならん ~イケメン執事の監禁セックス~

あさとよる
恋愛
傷モノになれば、この婚約は無くなるはずだ。 最愛のお嬢様が嫁ぐのを阻止? 過保護イケメン執事の執着H♡

【書籍化決定】断罪後の悪役令嬢に転生したので家事に精を出します。え、野獣に嫁がされたのに魔法が解けるんですか?

氷雨そら
恋愛
皆さまの応援のおかげで、書籍化決定しました!   気がつくと怪しげな洋館の前にいた。後ろから私を乱暴に押してくるのは、攻略対象キャラクターの兄だった。そこで私は理解する。ここは乙女ゲームの世界で、私は断罪後の悪役令嬢なのだと、 「お前との婚約は破棄する!」というお約束台詞が聞けなかったのは残念だったけれど、このゲームを私がプレイしていた理由は多彩な悪役令嬢エンディングに惚れ込んだから。  しかも、この洋館はたぶんまだ見ぬプレミアム裏ルートのものだ。  なぜか、新たな婚約相手は現れないが、汚れた洋館をカリスマ家政婦として働いていた経験を生かしてぴかぴかにしていく。  そして、数日後私の目の前に現れたのはモフモフの野獣。そこは「野獣公爵断罪エンド!」だった。理想のモフモフとともに、断罪後の悪役令嬢は幸せになります! ✳︎ 小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しています。

処理中です...